第53話 雨の中で

 雨の中、タツについていく。

 建物を回って裏手に入ると、均されただけの土の空間。

 車を置いたり、寺に併設している空手・柔道教室の練習場所に使ったり、まぁ、そんな広場らしい。


 その片隅。

 小さなテントが1つ。

 人の気配はするけど、小さなろうそくの明かりすら、ない。

 テント自体は、この世界の量産品、みたいだけどね。


 「おー、いるかぁ?」


 そんなテントへタツは声をかけながら近づいていく。


 むくり、と、立ちあがる気配。

 ぱらり、とテントの入り口が開けられる。

 大きな身体を縮めながら這い出るように、彼は出てきた。

 前回会ったときと同じ、TシャツGパンで・・・


 そう。


 予想どおり、というべきか。


 そのテントから出てきたのは、ベリオ、だった。



 「シオン・・・」

  ずっと詩音のステータスでいたからか、私には気付いていなかったようで、私を視認して驚いているよう。

 それにしても・・・・老けたな。


 処刑から15年以上経った。

 彼らが地球に来て、5年。

 この世界の魔法絡みの組織に、リーゴやマリーブは最初っから潜り込んで、それなりに生活をしてきたみたいだけど、こいつはどうなんだろう、そんなことをふと思う。

 確か、サーミヤが開いた転移の魔法陣に、消える前に強引に飛び込んだ、みたいなことを聞いたから、こっちに来たのは、リーゴたちとほぼ同じ頃。時間の流れに狂いがない、としてだけど。



 一瞬、俺の名前を口にして、固まったベリオは、だけどすぐに深く頭を下げると、俺のいるのとは逆の山の方へと走り去ろう、とした。


 「おい、待てよ!逃げるんじゃねぇ!!」

 ついつい、叫んだのは、アレクシオンの言葉、だったか・・・・


 ピクン、と、身体を震わせ、止まるベリオ。

 「おまえ、俺を守るとかって言ってなかったか?だったら逃げてどうするよ?」

 そう言う俺に、おそるおそるって様子でこっちを振り返る。


 ああ。こんな姿、見たくなかったな。


 ベリオ。

 不壊、なんて二つ名もあったっけ。

 人類最強の盾、最強の守護者。

 いつもすべての前に立ち、堂々としていて。

 俺たちのチームにとっちゃ、由一無二のリーダーで。

 ああしろこうしろとうるさかったが、だが、その後ろ姿はいつだって頼もしく、こいつがいればどんな無茶だって受け止めてくれる、そう思えたから、何も気にせず飛び出して剣を、魔法を振るえたもんだった。


 なのに、なんだ?

 なんだ、これは?


 先日会ったときには、まだ覇気があった。

 けど、今は雨にうたれ、濡れそびれ、肩を落としてコソコソする、中年のおっさんだ。

 今時、こっちの世界の50歳なんて、こっちが引くぐらいテンション高いのにな、なんて、詩音とシオンの気持ちが一致する。


 「ああ、シオン。お前の守護はそちらの方が請け負っているのは分かってる。俺を見たくないという気持ちも分かる。もう姿は見せない。悪かったな。」

 ああもう!そういうことじゃないって。

 「ああ、なんや。そのな、シオン。このおっさんは、影ながらあんさんを守ろう、思てるみたいやわ。」

 タツが取りなすようにそんな風に言うけれど・・・・

 私を・・・守る?


 すっごく老けて、肩を落とすベリオは、うらぶれた元プロレスラーって感じで、しかもステータスだって、随分下がってそうだ。

 こんな調子で、一体誰が守れるっていうのか。


 「なぁ、あんた、本当に俺を守ろうって思ってんのか?」

 「・・・・ああ・・・・」

 「ふざけんな、ふざけんなよ!!!」

 なんか頭にきて、俺は、ステータスをシオンに振り替える。


 ボワンって感じがして、いろいろな感覚が入れ替わる。


 それを見て、ベリオは目を見開いた。

 「シオン・・・」

 「ああそうだ。シオン・グローリーだよ。俺のステータスは、あのときの、魔王を倒したあのときのまんまだ。あんたは?あんたはどうしたってのさ?俺を守る?ふざけんなよ。この俺の剣をあんたの盾は受け止められるのか?フン。今だったら一切の身体強化なしでも、盾ごとぶっ飛ばせるぜ。」


 あ・・あ・・・・あ・・・・


 ベリオは、目の焦点が定まらない様子で、訳の分からないうなり声を出している。

 それにかまわず、威圧を乗せて、やつを睨む。

 逃げ出したいのに身体が動かない、そうとでも言いたそうな様子だ。


 しばらくそのままの状態を続ける。と、がくん、とベリオは膝をついた。

 威圧だけで、すべてを消耗した?

 というより、心が諦めたか。


 とにかく、逃げはしなさそうだな、そう思い、威圧を解く。

 そうして、俺は、詩音にステータスを戻した。



 「もう、あんさん、見かけによらず脳筋やさかい、かなわんなぁ。で、これ、どういうこっちゃ?」

 黙って腕組みをして見ていたタツが、頭を掻きつつ、言った。

 「誰が脳筋よ。えっと・・・とりあえず、話がしたい、かな?」

 「分かった。せやけど詩音もおっさんも、雨でべちょべちょやで。もちろん儂もやけどな。まずは風呂入らんか?」

 「それは・・・いいわ。乾かすから。」

 私は、もう一度シオンのステータスに戻し、温めた風で3人の身体を包んだ。


 簡易のドライヤーみたいな使い方は、リーゴが編み出したもので、旅をしていたときに、ずぶ濡れだと宿へ入るときに嫌な顔をされるから、と、リーゴが創って、俺も覚えさせられたものだ。

 といっても、それなりに時間がかかるし、匂いや泥なんかは取れないけどな。

 ただ、濡れてると入れてくれない宿も多く、着替えることを強要するのも少なくなかった。雨の日は、旅人が軒先で裸になって着替えてから宿へ入る、なんていうシュールな光景は珍しくなく、さすがに姫が同行する俺たちは、衝立なんてのも用意して貰ったりすることが多かったけど、うちの女性陣は水を切る方法に頭を悩ませたってわけだ。


 全属性を一応は使える俺も、時短のために覚えさせられた、っていう、そんな魔法が今更役に立つとは・・・


 男担当、ってことで、ベリオにもしょっちゅうかけてた魔法を、今またベリオにも注ぐと、どうやらベリオも当時を思い出してるのか、懐かしそうにしている。


 「行くぞ。」


 半乾きまでだけど、とりあえず、あっちの世界で入室を断られない程度に水を飛ばした俺は、そう声をかけると、二人を引き連れて、さっきの応接へと、戻っていった。

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