第47話 リーゴ

 私が慌ただしく前世の知り合いたちと邂逅した、その翌日。


 私が奇跡的な再会を果たしたからと言って、日常が変わる、なんてことはなく。

 普通に学校はやっていて、の英会話の初授業、なんていうのが、私、というごくふつうのJKが遭遇する、一大イベント、だったりするわけで・・・

 元来が社交的で底抜けに明るいリーゴのこと、あっという間に男女問わずファンを作り、この学校の英会話教育は数段底上げされること間違いなし、を予感させた。



 付き合う、というタツの言葉を丁寧に辞退して、私は今、学校から寮としてあてがわれているという、某シティホテルの一室でお茶をしていた。


 「フフフ、緊張すると、鼻の頭にうっすら汗を掻くのは、転生しても変わらないのね。」

 そんな私の前には、この部屋の住人、ベティ先生ことリーゴが、同じくお茶を楽しんで、こちらにいたずら猫のような目を向けていた。


 「あのあと、ベリオに会った。」

 長い沈黙に耐えられなくなった俺は、そっけなくそう言った。

 気付いていなかったのか、それを聞いたリーゴは厳しい表情になり、いかんせん威圧まで放った。

 ったく、シオンにステータスが変わってたから良かったもんだけど、詩音だったら最悪気絶してたよ。この世界で無意識でもそのレベルの威圧は凶悪すぎる。

 俺は、非難の目をリーゴに向けた。


 「あ、ごめんごめん。まさかの仇の名に思わず、ね。へへへ。」

 「へへへ、じゃないし・・・。で、いきさつをあいつから多少聞かされたんだけど・・・」

 「チッ。どこまでも邪魔をするわね。本当はあなたが決断してから話そうと思ってたんだけど・・・」

 「そもそもは魔王の因子=種に気付かなかった俺たち全員のミスだ。」

 「え?魔王の種?」

 「えっ?て、え?・・・だって、そうだろう?あいつが持ち込んだからだろう?」

 「ちょっと待って。それ何の話?」

 「ベリオが言ってたぞ。サーミヤが種を隠し持って帰ったんだろ?」

 「ちょい待ち。・・・・って、マジ?」

 「いや。・・・奴がそう言ってたけど。って、知らなかったのか?」

 「・・・気付いたら、王都あたりに魔物が溢れてて、あれよあれよという間に陥落してたのよ。私たちだってずっと下界を見てたわけじゃないし、てか、あんたの成長をむしろ見守っていたからあっちの世界のことなんて、ほとんど気にもかけてなかったって言うか・・・」

 リーゴはなん早口に言い訳する。けど、マジあんたたち何やってんの?

 「なんか王が魔王だとかいうし、その魔王の力を取り込んだかなんかで、サーミヤがこの世界にやってきたって言うんで、私たち、慌てて女神に頼んで転移させて貰ったの。・・・でも、そういうこと?不思議だったのよ。聖女までいる王国の、しかも王都が簡単に魔物を寄せ付けたなんて、あり得ない、って思ってたけど、そう。サーミヤが・・・」

 リーゴが悔しそうにしている。

 てことは、詳細を知らずに、サーミヤがここに来たのを知って、やってきただけってことか?昨日の話を聞いて、てっきり、自分たちの失態をカバーしようと思ったんだと思ってたわ。


 でも、


 「マリーブも来てるわ。っていうか、ここに来たのあの子が先。サーミヤの存在が異世界転移をしてるのに気付いて、あの魂状態で飛んでこようとしたから、女神様も慌てて、もとの身体を復活させて転移させたの。だから、私もお願いの権利使って追いかけたってわけよ。」

 「あーーー。」

 微妙に納得。


 そもそも無口の研究バカだが、生来の頭の良さもあいまって、理知的に見える。

 だけど、その行動を見てたら分かる。実際は猪突猛進。こうと思ったら前しか見ない、ある意味脳筋タイプ。使うのが肉体じゃなく魔法だし、魔法は理屈っていうか、こっちの世界で言ったらプログラミング的要素のある、いわば理数系な分野だから、理知的に見えるだけ。

 そもそも知らない人とはしゃべらないから、その頭ん中でどういう理屈で動いているかわかんない。けど、俺は、まったく考えてなんかいないんじゃないかと思ってるんだ。

 考えなしとはいえ、頭は良いし、一番の興味が知らないことを知ること、っていうから、賢そうには見えるけど、知らないことを完全に理解した、って思った時点で、次の獲物を探す猟犬になる。その探す相手が、書物だったり、いろんなものの生態だったり。ただそれだけだ。

 猟犬になったあいつは、あらゆる努力を惜しまないし使えるものは使う。差し出すものは差し出す。知恵も力もいくらでも差し出すんだ。

 こうやって、天才黒魔術師マリーブ様はできあがり、って寸法だ。 



 「って、マリーブまで来てるのかよ。」

 ハハハ、これでナオルまでいたら、魔王討伐パーティそろい踏みだな。

 「ちなみにナオルはいないわ。彼は普通に遠征中に死んだから、普通に転生の流れに乗っかってるって。」

 俺の心を読んだみたいに、リーゴはそんな風に言った。

 こいつ、そういう力はないって言いながら、人の気持ちを簡単に察してくる。

 これをされると、なんとなく気恥ずかしくなって素っ気ない態度を取ってしまう。そうすると、クククってさも面白そうに笑うんだ。

 実際、今もジト目で見てしまった俺を見て、ククク、と笑った。

 なんというか・・・あのときに戻ったみたいで、懐かしいような複雑な心境になる。


 でも、そっか。ナオルは普通に死んだか。良かった、というべきなんだろうな。今はどこでとうやって過ごしているか知らないけど、君に幸あれ。


 「ナオルはいいよ。で、マリーブは?マリーブがいるんだろ?会えたのか?」

 「フフフ。当然。今彼女はイタリア、ローマにいるわ。情報共有したいし、あんたが、参戦するなら、ここに来ることになってるの。2,3日中にやって来れるでしょ。」

 「・・・そっか。・・・で、その、あいつは?」

 「フフフ。サーミヤ王女殿下、かしら?あなたのフィアンセの?」

 「はぁ?」

 「冗談よ。あんた気付いてないかも知れないけど、その可愛い顔でそんな怖い顔しないの。中身はあんたかもしれないけど、外見はかわいい女の子なんだからね。下手したらティーンにも見えないわよ。」

 「なんだよ、それ。普段は普通にJK女子だよ。外も中もな。」

 「ふうん。まぁ、もともとかわいい系坊やだったしね。フフ、奥手の童貞坊や。サーミヤ王女や私、マリーブがいなかったら、とっくに怖いお姉様方に喰われてたって知らないでしょう?あんた、旅の間中、オオカミの群れから守られてたのよ。箱入り娘も真っ青の、超過保護状態だったんだからね。」


 何、その真実?マジか?マジの話か?

 確かに、旅の途中、会った当初は親切にしてくれた女性がいっぱいいたが、いつも気付くと遠巻きにされてたけど・・・

 てっきり、自分がモテないからだって思ってた。そもそも人と話すのは得意じゃない。だから最初は魔王討伐パーティの勇者として近づいてみるけど、側で見たらつまんないやつと思われて、非モテ街道まっしぐら、だと思ってたよ。人生、一度もモテてたことないから、そんなもんだと思ってたし、俺の目にはリーゴしか映っていなかったから、ってこんなことバレたら目の前のこいつが調子乗るからな。

 まぁ、今更だが。


 どっちにしろ俺をからかうのに人生かけるような奴らだ。

 今だって、モテてた、なんて信じたら、嘘だよ~、あんたがモテるわけないじゃない、って笑い出しそうだしな。

 姫さんもよく言ってた。モテないあんたを私が慰めて上げるから傅きなさい、ってね。俺がモテてるはずなかったわ、ハハハ。

 乾いた気分で、心の中で笑う俺。

 前世よりは、ちょっとはモテそうな女の子に生まれ変わったのでは?なんて思ってるけど、そもそも特定の誰かを詩音として好きになったこと、ないしなぁ・・・



 「はぁ、まったく・・・まぁ、あんたが今何を考えてるか予想はつくけどね。ただね、あんたが前世で相当モテてたのは本当よ。けど、こっちの言葉でヤンデレって言うの?あんたはあんまり気付いてなかったみたいだけど、あの時分から王女のそんな気質はあったのよねぇ。すごかったわよ、あんたに色目使う女に対する態度。でも、まぁここまでやるとはねぇ。いい?サーミヤはマジでこの世界に来てはいる。大体5、6年になるわ。ただ、自力で来たからね、今はまだ活動できるだけの魔力を蓄えられずに、どこかに潜伏していると思う。どこにいるかとか、どの程度復活しているかってのは不明。けど、復活したら間違いなくあんたのところにやってくる。そこで、私たちが倒した魔王のレベルには全然届かないとしても、ううんたとえ下級魔物レベルでも、この世界で暴れたらどうなるか。あんたなら分かるでしょ?」

 俺は頷く。

 「私とマリーブは、この世界に私たちの世界のトラブルで被害を与えるべきではない、そう決意したの。私たちは戦うわ。たとえ昔の仲間だって、今はれっきとした自分の仇だしね。って、自分の仇っていうのも変な感じね。でもまぁそういうこと。あんたは、新しい人生をこの世界の人間として貰ってる。だから、本当はこの世界の住人として、その人生を全うして欲しい。正直言うと私たちの願いはそっちに傾いてるの。あんたのその外見見たらなおさらね。ただ、サーミヤは確実にあんたを襲うでしょう。前世の記憶があるなら、守られることを知っておいた方が、こっちもあんたもやりやすい。接触したのはそう思ったからよ。」


 だから俺は、ただ守られろ、と?


 ハハ、冗談。

 ベリオにしろ、こいつらにせよ、なんだよ、守る守るって。


 「やだよ。」

 「何言ってるの。あんたはこの世界の住人なの。平和で魔法のないそんな世界の住人で、その身体はこの世界のスペックでしょ。」

 「見た目は、な。なぁ、リーゴだって感じてるだろ?今の俺、そんなに、か弱いか?フフ、何の女神のいたずらか、記憶と一緒にステータスも戻ってる。アレクシオンのシオン・グローリーは、この吉澤詩音の中にいて、お互いの存在を行き来できるんだ。中も外もな。あいにく見た目は詩音で、体型差は否めない。しかし他は変わんねえよ。俺は、守る側の人間だ。なめんじゃねえ。」



 俺の言葉を聞いたリーゴの目から、大粒の涙が湧き出してきた。

 

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