第34話 ナマズ、来襲

 タツによって位相のずらされた世界。

 大きなナマズ、にも思えるエネルギーの塊が、ゆっくりと泳ぐように近づいて来る。

 こうやって、シオンの感覚でその力を追っていると、さっきタツが言った「あやかしではない」という言葉に、なんとなく納得がいく。

 あやかし、というのは魔物みたいなもんだろう?

 土蜘蛛や河童と出会って、魔物のように人間と敵対している、というわけではない、というのは分かっている。そういうのは置いておいたとしても、ある種の生物、しかも魔力優位の、てことでは似たようなもんだ。

 けど・・・・

 これは違う。

 そう、本能が言っている。


 「ほう、さすがにシオンは分かったみたいやなぁ。」

 「分かった、というか、なんだか生物・・・生命体?そんな感じがしない・・・」

 「ビンゴ!せやねん。生きもんとちゃうねん、あいつは。」

 タツはそう言いながらも、ナマズをこちらへと誘導しているようだ。

 タツから溢れる力に引かれて、ナマズがゆっくりとこちらに進路を変えている。


 「シオン。あんたは、詩音として生きてきて、こっちの世界の常識もあるんやんなぁ。ナマズが地震起こす、ちゅう言い伝えも知っとったやろ?」

 「まぁ。」

 「ナマズ、ちゅうんは、今やってくるのんみたいのを見た人間の認識、ちゅうやつや。昔の人間は今の人間より、目も良うてな、普通に幽霊やらあやかしやら、あんなエネルギーも見えるんも、山ほどおってん。」

 それはなんとなく分かるような気がする。文明の発達と同時に霊的な才能は退化した、ってこの前、中川さんも言ってたし。

 「あれ見てな、シルエットでナマズ言うたし、溢れる力からあやかしや、思てる人間も多い。中川の嬢ちゃんらもそう思っててんやろ?」

 中川さんとと岩永さんが頷いている。


 「3人とも、龍脈って知ってるか?外国の人とかこまっしゃくれたやつらはレイライン、とか言うてるかもしれんけどな。」

 タツの話が唐突に飛ぶ。

 いつものこととはいえ、微妙に緊張したこの雰囲気で、こういうのはやめて欲しいな、と思う。


 「龍脈、ですか?霊道とも言います、あれ、ですか?」

 岩永さんが、首をかしげつつ、そんな風に答えた。

 うん。私もマンガかラノベか忘れたけど、そんなので読んだ気がする。

 「えっと、地球の中にある霊力の通り道、みたいな?」

 「へー、詩音ちゃんでも知ってるか。そのとおり。この星には、地面の中に、火も風=空気も、水も内包されとる。それだけやのうて、霊力も内包されとるんや。それらは、場所によっては留まり、場所によっては流れる。そのうちで霊力が流れとる場所を龍脈、ちゅうんや。」


 軽口を言うような感じの口調だけど、タツの目はひたり、と、ナマズを見つめていた。ここにきてナマズが行き先を確信したように、スピードアップしている。


 「龍脈は常に流れている。多少早くなったり遅くなったりはするけど、ほぼ一定にな。ほんでもって、霊力のたまり場っていうのは龍脈から外れたところにできることもある。たまたま凝ったとか、霊力使って激しい戦闘が行われた、とか、原因はいろいろやけどな。そんで、霊力っちゅうんは、より強い霊力に惹かれる性質があるんや。そやから近くに龍脈があったら、そっちに引っ張られて、そんなに大きい塊になることは少ないんやけどな・・・」

 さらに、ナマズの速度が速くなる。


 「そやけど、たまぁに、龍脈と離れた所に凝ってもってな、それはそれで勝手にでかくなって、近くの霊力を吸って、まぁ雪だるまみたいにな、どんどん霊力くっつけていって、しまいには意志があるみたいに動き出しよる。それが、物質界にもくっきりと影響を出し始めたのが・・・」


 パキン!


 このタイミングで地面から飛び出した黒い塊。

 タツは誘導していたような力の展開を、我々の前にバリアよろしく薄く広げ、そこに塊が頭から突っ込んだ。

 音ならぬ音が、肉体外の聴覚に爆ぜる。


 タツのバリアに激突したそいつは、しかし、大きく弾かれて、予想以上に大きく後退した。


 「こいつや!!」

 タツが、言葉を繋ぐ。


 それは、真っ黒な塊で、前方が横広がりの球体。上から見れば三角形のように後方に向かい、細くなっている。

 ナマズ。そういわれれば、ナマズのシルエットを巨大化したかのよう。

 しかし、それには目や口といった器官も、エラやヒレといったものもなく、全体的にはコールタールで作られたかのよう。どろりとして、輪郭は揺らいでいるのか、曖昧だ。

 ただし。

 その力は疑いようがなく。

 まさに巨大なエネルギーの塊。


 今は、タツに弾かれて、彼我の距離は30メートル程度。それでもヒリヒリと力を感じるほどに、強烈で・・・


 「嬢ちゃんに運転手はん、できるだけ下がっとり。」

 タツの言葉に、自分の後ろにいた二人が、座り込んでいるのが見えた。

 俺の背中にツーッと冷たい汗が流れる。

 ハハハ。この嬢ちゃんってのは、俺のことじゃないよな。俺が下がっても?

 期待せずにチラリとタツを見る。

 「あほか。シオンはこっちや。」

 言葉に出さなくても、どうやら心の内はバレたようだ。

 まぁ、前世を考えると、この程度のやつなら・・・ハハ。強がりだ。

 魔王と対峙したときほどじゃないけど、これ、やばくないか?

 そもそも俺は、魔法剣士、というか、魔法も剣も、それだけなら、パーティメンバーでもっと強い奴がいた。だいたい、俺の前ではタンク役の・・・はぁ、よそう。無い物ねだりをしたって、状況は変わらない。

 中川さんと岩永さんは、なんとかお互いを支え合って、後方へと待避したようだ。


 「車、放置だけど、帰れるの、と思っただけだ。」

 一応、強がりを言う。

 「ハハハ。余裕やなぁ。ちなみに、霊力の通ってないもんは、壊れへん。盾には出来るし、武器にもできるけど、もとの次元にある方は、そのままや。便利やろ?」

 「へぇ。そりゃすごい。で、だったらこの辺の物は使い放題、ってことでいい?」

 「こっちの世界では壊れるで。それと、一応微妙に繋がってるから、もとの世界で影響がゼロっちゅうことでもない。まぁ、そのうち現象が同期するから、壊さんにこしたことはないわなぁ。」

 「結局、壊れるけど、壊れるまでに時間がかかる、と。」

 「森の木は、いったん壊れても儂らの力である程度は元に戻せるはずや。自己修復、ちゅう形やけどな。」

 「できるだけ、穏便に、てか・・・まぁ、あれだけの化け物、ちょっとぐらいは勘弁な。」

 「なぁ、シオンはん。ひょっとしてあれ蹴散らせるんか?」

 「蹴散らす?」

 「見て分かると思うけど、あれは単なるエネルギーの塊や。いっちゃんええのんは、あのエネルギー自体を消してしまうことや。」

 ちびちび削り取るか、魔力で相殺するか。

 どっちにしても、かなりキツいなぁ、そんな風に俺は頭の中で計算した。こっちの世界の霊能者ってそんなことができたのか。バカにはできないな。


 「ちなみに、いっぱしの霊能者でも、蹴散らすんは難しい。いや、ほぼ無理や。霊力の強い、神レベルのあやかしと共闘で蹴散らしたことはあるけどな。あとは儂ら神だけで、とかな。」

 「だったら他にも方法があるのか?」

 「蹴散らす、いうんは、まぁ、消滅させるってことやなぁ。もう一つに封印、ちゅうのがある。」

 「封印?」

 「こいつは今まで封印されとったんや。要石を使って、大地に縛り付ける、いう方法やな。シオンがこの前見たやつや。現実世界とこっちの世界を結びつけた場所に縫い付けるんやな。」

 「でも、それが壊されたんだろ?」

 「そうや。こんだけでっかいナマズも、そうそうないからな。消滅できへんで、当時の法師が封印したんや。動かへんようにして、また、霊力を集められへんようにして、っていうやり方や。長い年月でそうすれば徐々に霊力も散っていくかもしれへんしな。そやけど、今回、それが壊された。ほんましょうもない話や。」

 「だったら、封印より消滅にしなきゃ、また同じ騒ぎになるかもしれないよな。」

 「うん。できるんやったら消滅させたい。まぁ、最悪は、封印やな。せやけど、封印なら、技術がいるんや。一応、声をかけてるけど、準備も必要。最低一週間ぐらいは、なんとか儂らでとどめとかなあかん。」

 「一週間!?」

 「ああ、安心しい。シオンはできるだけこれを小さくしてくれたらええ。あとは儂がなんとかするさかい。」

 「なんとか、って、どうするんだ。」

 「まぁ、これでも、儂、神さんやし?がっぷりよつに組んで、力比べや。なぁに、数日押しとどめるぐらいならなんとかなる。せやけど、エネルギーが小さいほど楽やさかいな。そこをシオンに頼みたいんや。」


 あのエネルギーを真正面から押さえるって?

 ヘラヘラ笑ってるけど、まともじゃないぞ。神だかなんだか知らないけど、タツが無傷ってわけにはいかないはず。

 「あ、そんな顔せんといてえな。腐っても神や。こっちが消滅させられへんかったら、何年か寝てたら元通りや。」

 「何年か?」

 「消耗具合によって、1月か1年か。100年以上になってまうかもしれんから、シオンと次会えるんは来世になるかもしれんけどな、ハハハ。」

 ・・・

 冗談じゃない。

 笑ってるけど、タツの奴、100年どころか、もっと消えるつもりだろう。死、じゃなくても、ほとんど変わらないじゃないか。神、にとっちゃ些細なこと、かもしれないけど、なんか、そんな犠牲は、嬉しくない。


 だったら・・・


 仕方ないよな。


 どこまでやれるか分からないけど、削る、じゃない。

 削りきってやるさ。

 S級冒険者、なめるんじゃねぇよ。

 俺は、その手に愛用の剣を呼び出した。

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