第17話 開発計画阻止計画(1)

 結界内では時間の進みが違うのか、それとも神の計らいなのか、体感的には1時間はいたであろうに、私とタツが洞窟を出たとき15分ほどしか経っていなかった。

 私たち二人のあとにすぐ、ナコも来たから、私たちがあんな空間にいたことなど、誰にも気付かれていないみたいだ。


 結局、そのあと半時間ぐらいかけて、全員が出てきたけど、初めての暗闇にみんな妙にテンションが上がっている。そういえば本当の真っ暗闇、というのは今世で初めて体験したかもしれない。


 暗い、といっても、月や星の明かりや、人の営みの明かりがどこかにあって、まったく見えない、なんていう事態はそうそうない。でも、今みんなが体験した洞窟の通り抜けでは、本当に何も見えない。自分の手を目の前に持ってきてヒラヒラさせても見えないのだ。

 なかなか楽しい体験だったなぁ、と、私は興奮気味に今の体験を話す友人たちを、にこにこと見ていた。



 「それにしても、きれいねぇ。」

 宿から借りてきた大きなビニールシートに、作って貰ったお弁当を広げて、私たちはのんびりと景色を見ていた。

 「し、詩音ちゃん、こ、これ、おいしいよ。どうぞ。」

 微妙にどもりながら、紙皿にウインナーとポテサラを入れて、タチバナがずりずりと這い寄ってくる。

 「はいはぁい。私がいっただきまぁす。」

 そう言って、捧げられたお皿を取り上げたのはミコ。

 「ちょっ!それは詩音ちゃんのために!」

 「ええー。じゃあしょうがないなぁ。詩音、あーん。」

 ミコが目の前で突っ伏しているタチバナの頭上で、私にウィンナーを差し出してくる。

 私が倒れた後、過保護、過干渉気味の双子は何かにつけて、物を食べさせようとしてくるから、私も条件反射のように、パクッと口に入れてしまう。

 「あ、あーーーー!」

 目の前で転がっているタチバナが、この世の終わりのような声で叫び、すごい腹筋で上体を起こすと、ミコから紙皿とお箸を取り上げた。


 「ア、アーン・・・」

 ポテサラをお箸にひとすくいしたタチバナが、私にミコと同じように差し出すけど・・・

 めちゃくちゃ手が震えていて、パラパラと落ちてるし。

 そもそもよく知らない男の子からアーンっていうのは、ささすがの私でも恥ずかしい。

 だから、

 「いや!」

 そう言って、顔を背けてしまった。


 「ヌ・・ノオーッ!!」

 皿を手放し頭をかきむしりながら、走り去るタチバナ。


 「おっと。落としたらもったいないやんか。詩音、あんたのために持ってきてくれたんやさかい、ちゃんと食べたりや。」

 地面に落ちる前に器用に皿と箸を救出したタツが、そう言いながら、がっつりとポテサラを掬って、私の口に入れた。

 うん、ふつうに食べちゃったな。

 その様子を見ていたタチバナがさらにノーノー言いながら地面を転がっているのを無視しつつ、みんなで楽しくごはんをいただいた。それにしても、めはり寿司っておいしいな。



 そんなばかばかしいことをしながらの楽しい昼食後、改めて景色を楽しんだ私たち。

 この景色は、その業者が来ると壊れるのだろうか。

 少なくとも土蜘蛛の出入りは難しくなるのか?

 「そやなぁ。まず計画では、道とこの辺を広げて観光バスが入れるようにする、言うてたわ。売店も作るらしい。ほんで洞窟は明かりを付けて舗装するらしいわ。」

 それは、良さが半減してしまうね。

 「何?なんの話?」

 ナコが聞きつけて、聞いてくる。

 「んー、麓の業者がな、ここを観光地にしようとしてんねん。観光とか来てくれるはええんやけどな、こことかさっき行った洞窟とか整備するんやて。」

 「えー、そんなことしたら、洞窟の良さなくなっちゃうよ。」

 「そやな。村のみんなもこのままでええ、いうてんねんけどな。」

 「なんとかならないの?」

 「そやなぁ。もうここは国から業者が払い下げられてるっちゅう噂やしなぁ。」

 「シッシッシッ、幽霊出た、とかはどうですかねぇ。」

 ナコだけじゃなくて、いつの間にかみんなが集まってきていた。

 そんななか、中川さんがいつもものように怪しく笑いながら、妙な意見を出す。

 「幽霊?」

 「幽霊騒動があったら、マニア以外来なくなるんじゃない?妙なのが集まるかもしれないけど、シッシッシッ・・・」

 「あ、そうか。中川さんてば賢い!だったらさ、私たちが幽霊を見たことにすればいいんじゃない?SNSとかでさ、拡散しちゃおうよ。」

 「ダメですよ、ナコさん。そんな嘘なんてついたら!」

 「じゃあ、ピーチはこのまま黙って見てろっての?」

 「そういうわけじゃないけど・・・でも、嘘はダメです!ねぇ香音さん?」

 「そうねぇ。SNSはねぇ。」

 「買った本人の小耳に挟む、ちゅうぐらいやったらええかもなぁ。」

 「え?」

 「たとえば、ここに幽霊が出たって騒いでる高校生の姿を、業者が見た、とかやな。」

 「そんなことぐらいで、開発やめるかしら?」

 「せやから、そのぐらいやったらいたずらレベル、ちゃうかな?思うんや。どうや、姉さん?」

 「まぁ、そのぐらいならねぇ。」

 「でも、そんなうまくいくわけないじゃないですか。」

 「ピーチはん、たとえば、や、同じ旅館でたまたま業者が耳にする可能性っちゅうんはないか?ちなみに、今日から、測量するチームが旅館にチェックインするはずなんやが。」

 イヒヒ、とタツが笑った。


 なるほどねぇ、ここまで、ひょっとして計画のうちって言うのかな?そんなんなのかなぁ。踊らされるのは、前世から好きじゃない。好きじゃないんだけど・・・

 少なくとも、みんなはものすごく乗り気みたい。

 タツを見ると、こちらに視線を向けていて、視線が合うと「かんにんな」と唇を動かすのが見えた。



 しばらくして、迎えの車が来る。

 運転手、いや、土蜘蛛の頭領である番頭さんが、ニコニコと迎えてくれる。

 私と目が合うと、私にだけ分かるように会釈された。

 はぁ、土蜘蛛は助けたい気はあるんだよなぁ。



 「かんにんやで。でもな、シオンの力を借りたいのはほんまやねん。ほんでな、さっきの小耳に入れるっちゅうのは、今思いついただけや。シオンらをたぶらかすつもりはなかったんや。せやけど、補強に使える思うて、つい巻き込んでもた。」

 「はー、いいよ、みんな楽しんでるみたいだし。で、あれだけってことないんでしょ?補強って言ってるし。」

 「そや。あんな、シオンには祟りを作って欲しいんや。」

 「祟りをつくる?」

 「そうや。実際、あやかしと神の望みやさかい、ほんまもんの祟りでええねん。」

 「そんなに必至にならなくてもいいよ。私も思うところはあるし、協力するって。で、どうすればいい?」

 「それはな・・・」


 みんなが計画を練っている間、少し離れて、私とタツはこそこそと、本命の作戦を打ち合わせていた。

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