第16話 洞窟の先にて

 「・・・ほんでな、ややこしいんは、そのアホがなんや力を持っとる人間や、ちゅう話やな。」

 ズズズズーと、音を立ててお茶を飲みながら、タツはそう言って、こちらに笑いかけた。



 状況を整理しよう。


 俺は、洞窟内の結界をタツが言うように右に抜けて、隠された道へとたどり着いた。と言うほども冒険をしたわけではないんだが・・・

 そして、そこに現れた、白い着物の女。明らかに人間ではない気配を持つその女に案内されて、俺はこの屋敷にいる。


 いや、さすがにはしょりすぎか。


 その女は人間の言うところの妖怪で土蜘蛛と称されるモノだ、と名乗った。

 今は龍神の庇護下にある、ということで、どうやらタツの眷属扱いらしい。

 なぜに、と思うが、

 「いやぁ、ご近所さんやったさかいなぁ。」

 と、笑っている。

 元々は奈良県の葛城あたりに居を構えた一族で、妖怪といっても人間とかなり近い種族なのだという。元の世界で言う獣人的なものなのだろう、俺はそうあたりを付けた。


 タツ曰く着物の女は土蜘蛛の姫なのだという。

 しかも、どうもその父であり、頭領であるはずの者とは会っただろう?、そうタツが言った。

 まさかの、番頭さん?

 ここまで車を出してくれた人が、あの旅館の番頭さんであり、彼女の父親らしい。

 ここ数十年は、あそこで番頭として人間世界に根を下ろし、必要な物資を調達しているとのこと。村の人間は、彼が人外であるということは理解しているのだそうだ。タツ、という前例があり、そのタツが連れてきたのですんなりと受け入れられたのだとか。

 龍神村、という存在自体がそもそもタツのお世話をするために出来たものだというから、村の創世時よりタツは顕現していたらしい。

 「少なくとも50年に1回ぐらいは顕現しとかんと、儂が神さんや言うことを信じひんようになるやんか?そやから、最低でもそのぐらいに1ぺんはこの恰好で顕現したってんねん。そやから、むっちゃ信心深いで、この村の連中は。」

だそうだ。


 それにしても、頭領自ら働いてるの?と思わず聞いてしまったが、理由を聞いて納得だ。

 彼らは、むしろ蜘蛛に近い本体なんだそうだ。

 そして、霊力、まぁ俺たちで言う魔力だな、が強ければ強いほど、姿を変えることが出来る。彼らは人間の聴覚では聞き取れない音で会話をするが、逆にいうと聞き取れる音を出すのは非常に難しく、人化することにより、発声器官が人間に近くなるため、人に聞き取れる音を出せるのだと、土蜘蛛の姫は話してくれた。

 霊力が高くなければ人化してしゃべれないなら、一般人(?一般土蜘蛛というべきか?)が人に交じるのは難しいだろう。こうやって俺の案内に姫が出てきたのも同じ理由らしい。

 急に大きな蜘蛛に包囲されたらびっくりするでしょう?そう言ってルックスに合わず思いの外明るい声で姫は笑った。



 土蜘蛛の姫と出会ったその後。

 彼女案内されるままに洞窟を歩いたが、すぐに違和感に気付いたのは、間違いない。が、それなりに気を張っていた俺は、どこからその違和感のある空間に入ったんだ?、と、首を傾げてしまった。


 気がつくと、違う世界を歩いていた、比喩ではなく、事実そのままだ。

 クスクス、と、俺が気付いたことに気付いた姫は、小さく笑った。

 その声が、消え入りそうなみせかけを大いに裏切っていて、少々困惑をしたのだけれど・・・


 困惑のまま気付くと目の前に、武家屋敷か、と言いたくなるような、重厚な日本家屋が、でん!と現れていた。

 この登場も意表を突かれた。

 洞窟だと思ったら、気がつくと、何もない空間を歩いている。足下はいつの間にか石畳のようになっていて、ちょっと気がそれたと思ったら、目の前にはお屋敷だ。

 石畳がそのまま大きな門のまえに繋がっていて、俺は間抜けな顔をして、その門を見上げていたのだろう。

 「どうぞ、お入りください。」

 そう促されて、この何畳あるんだ、という畳の部屋へ。

 入ったときは、何もなかったと思ったのに、気がつくと、フカフカの座布団に座っていた。そして、大きな机の上に日本茶の入った湯飲みとまんじゅうの入った器。そして、取り皿用だろう小皿に小さなフォークが。


 時間が飛んでる?


 一瞬そう思う。


 「ちゃうで。霊術や。ここは彼らの空間やさかいな、こんなもんなんとでもなるねん。」

 は?

 それこそ、いつ現れた?

 タツが、俺の正面に座り、お茶をズズズーとすすりつつ、素手でまんじゅうを掴んで食べていた。


 「ハハハ。待たせて悪かったなぁ。ほんで本題なんやけどな、この子ら土蜘蛛っちゅう種族やねんけど、ちょっくらシオンの力を貸したって欲しいんや。」

 そう言ってタツが語ったのは・・・



 彼ら、土蜘蛛一族は古くからこの辺り、厳密には今の奈良県の山の中で暮らしていた一族だそうだ。昔、と言っても神話の時代。大和王朝前、というから、ちょっと想像が出来ないけど。

 その頃は人間も妖怪もなく様々な種族が共に暮らしていた。

 八百万の神。

 人は自分たちより優れた者を上《かみ》=神と呼んで崇めたという。

 神たちも時に人と寄り添い、時に災いをなしつつ、共生していたのだが、あるとき、人間の集団がやってきて、その神々を排除し始めた。

 はじめは原住民である人間を下し、彼らを助けようとした神々にも魔の手を伸ばした、というのが最初らしい。どうもその人々を率いた人間は強大な霊力を持っていて、それをもって神々をすら打ち捨てていったのだという。

 そうやって、闇のモノとして追いやられた古き神々は、人外や妖怪として、ひっそりと人から隠れて暮らすようになる。

 大和朝廷と妖怪の始まりだ。


 妖怪、と呼ばれ、闇に追いやられた彼らは、しかし、ひっそりと命を繋いできた。幸いというか、そういう存在だからこそ、というか、彼らは半霊体であり、物理法則の異なる異次元での住環境の構築ができた。モノによってはそもそも異次元の方が元の住処であったということもあって、全滅には至らなかった、というのが真相のようだ。

 生き延びた彼らは、時に人と交わり、時に人に仇なし、時に人を救って、歴史を紡いできた。

 彼ら土蜘蛛も、そういった種族の1つなんだという。


 「この土蜘蛛っちゅうんわな、元々が人間と同じ次元のもんやねん。あとから来た人間に散らされてもうたけどな、ほら、普通の人間より丈夫やし、なんせ土の中を移動できるっちゅう能力もあってな。しかも気配を消すのも上手いから、隠密には持って来いやっちゅうことで、結構人間の中に溶け込んで、役に立っとったから、それなりには生き残ったんや。まぁ、人間のえらいやつの下働き、ちゅうかんじやけどな。いうてもこの国の成り立ちに相当関わってんねんで。そやけどなぁ、この国も外の世界と交わるようになって、大きな戦争までやらかして、ほんでな、神やら妖怪やらっていうもんを忘れよった。ほんの100年ほどの話やねんけどなぁ。」


 長く生きてきたのだろう。初めてこんなしみじみとしたタツを見た。

 どこか遠くを見つめるその目には、いったい何が映っているんだろうか。


 「人間はな、このところあちこちの神域やら結界やらほこらなんかを次々と壊してもうた。それらはな、儂ら人外のよりどころでもあるんや。儂ぐらいになると、そんなんなくてもどうっちゅうことはないねんけどな。弱い奴は、最悪消滅してしもたわ。ほとんどのヤツらは抵抗もせんと消えよった。たまには祟りおこして抵抗したり、余所へ移動したり、なぁ。土蜘蛛は儂に頼ってきたさかい、ここにこの空間を作ったってん。」

 ああ、それで。俺はこの空間に何か覚えのある気がした。が、なんのことはない、今朝方タツと戦った空間と同じ感じがしたんだ。タツの作る空間の特徴なんだろう。


 「この空間でほとんどを過ごせるようにしたったんやけどな、一応元の次元、人間のおる次元やな、そこにおった生きもんやさかいな、あっちの食べ物とか必要やねん。でな、出入りも必要っつうわけや。そんでな、その出入り口を作って、保護をするために社を建てた。それがな、さっき上がってきた神社っちゅうわけや。」


 なるほど。

 そして出入り口があの洞窟ってわけか。


 「金もいるからちょっとした観光地として、神社をパワースポットやっちゅうて売り出してな、なんか名物いるやろからって、あの洞窟を胎内に見立てた通り抜けっちゅうか産まれ直しっちゅう施設にしてな、産まれるっていうたら赤子やさかい、って地蔵を売ったんや。秘境の神社っていうてそれなりに人気やねんで。」

 まぁ、景色も良いし、観光としてはなかなか悪くないと俺も思う。そんな話をしているのが、自称神様ってのがいただけないが。


 「そうや。そこそこ人気あるねん。立地も悪ない。なんせすぐそこが高野山やしな。ただなぁ、交通の便は悪い。なんかなぁ、麓の業者がそこに目を付けてなぁ、ここを開発する、言うんや。一応この辺の山は国有地でな、なんかずるがしこく手に入れたみたいでな、もうすぐここを切り開くんやと。洞窟も整備する、言うてんねん。そうなったら、この隠れ家も終わりや。」


 ・・・・


 なるほど。


 話は分かる。

 だけど・・・


 私は、単なる女子高生だよ?

 そんな話聞かされてどうしろって言うんですか?

 力を貸してくれ、っていうから、てっきりシオンの力で無双!なんて展開を考えていたんですけれど・・・?


 「大丈夫や。シオンなら、祟りを起こせるやろ?」

 ニタッと笑ったその笑顔は、神と言うより悪魔の気がした。

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