第37話

「随分天薇ちゃんに気に入られてるんだね」

「俺もちょっと驚いてるよ」


 まさか姉と喧嘩したとはいえ、俺を訪ねてくるとはな。


 芽杏と杏音には事情を説明した。

 恥ずかしがる天薇に対し、二人は親身になって相談に乗ってくれた。

 そして今はお風呂中だ。


 杏音が一緒にシャワーを浴びてくれている。

 裸の付き合いという奴だ。


「なんかお姉ちゃんの方が気に入られてるみたい」

「なんだかんだあの人は気遣いできるからな」

「なにそれ。あたしが空気読めないみたいじゃん」


 ぐいぐい仲良くしようとする芽杏に比べて、大人しく話を聞いてくれる杏音に安心できるのか、既に天薇は杏音にべったりになっていた。

 それが面白くないようで、芽杏は頬を膨らませている。


「ってか悠の妹なのになんであんな可愛いの?」

「知らん。喧嘩売ってるなら買うぞ」

「いくらで買ってくれる?」

「五円」

「駄菓子も買えないじゃん」


 ちなみに五円チョコなるものがこの世には存在するが、単体売りは終了しているらしい。


「好きな子取られるってどんな気持ちなんだろ。あたし経験ないし、周りでもそういう話聞いたことがないからわかんないや」

「……」


 丁度目の前にいるんだすが。

 それにあなた自体が当事者なんですが。

 しかし、これは墓場まで持っていくと決めたことだ。

 黙っておこう。


 そう言えば芽杏は失恋経験すらないと言っていたのを思い出した。

 恋愛経験もロクに無さそうだし、天薇の気持ちは分からないかもしれない。


「お姉ちゃんはどうなんだろ」

「さぁな」


 その手の失恋話は聞いたことがないな。

 ただ彼氏を全員他の女に奪われているってのは、ある意味片想いからの失恋より傷が深そうだ。

 いや、どう考えてもショックだな。


「悠はどうなの?」

「何が?」

「好きな子取られたことあるの?」

「何が?」

「だーかーらー。失恋経験について聞いてるの」

「何が?」

「もーイラつく」


 徹底抗戦に耐えかねたのか、怒ってしまった。

 いくら拗らせた恋愛恐怖症とは言え、当事者に抉られると俺もぼろが出そうだ。

 許してほしい。


「天薇ちゃん可愛いのになー。勿体ないよねその男子」

「あいつより可愛い女子くらい山ほどいるだろ」

「こんな兄を持った天薇ちゃんが不憫で仕方ない」

「言ってろ」


 事実、顔だけなら別に美系ではない。

 そっくりな姉もただのロリって感じだし。

 ただ、男目線で語る天薇の良さは顔だけじゃない。


 中学生の童顔巨乳はレア価値だし、仮に引っ込み思案でもモテはするだろう。

 多分その男子がたまたま天薇以外と付き合ったってだけで、天薇の事を意識している男子は多くいると思う。

 俺の中学時代はそうだった。

 天薇や芽杏みたいなタイプの容姿の女子がモテていた。


「芽杏は中学時代モテたろ?」

「ん? そうでもないと思うけど」

「告られたりしなかったのか?」

「いやそれはあるけど」

「何回くらい?」

「そんなの覚えてないよー。いちいち覚えてる人いないでしょ」


 こいつのヤバい所はこれを悪意なく言っているところだ。

 数えきれないくらい告白されてるだなんて、超絶モテてた証明じゃないか。

 恐らく学年トップレベルだし、裏でファンクラブとかできてる規模だぞ。


「え、悠は?」

「何が?」

「だから告白されたことあるでしょ?」

「何が?」

「また始まったよ」


 お前が何度も俺の地雷を踏みぬくからだ。

 もはや狙ってるだろ。

 いい加減にしないと、その柔らかい部屋着で無防備な胸を揉むぞこの野郎。

 ……とかなんとか言ってても特に興奮はしません。

 なんだかんだ妹が心配でございます。


 しかしやはり立証された。

 胸がデカいと中学時はモテるのだ。

 つまりはそういう事。


「それにしても、お姉ちゃんのあんなに優しげな顔久々に見たなぁ」

「まぁいつも機嫌悪そうだしな」

「ほんとにそう! 家にいる時も卑屈っていうかなんて言うか……頭良くて運動できて、美人なのに勿体ないよね」

「やめてやれ」


 そういう長所がさらに彼女の思考をダークサイドに落とすのだ。


 なんて話していると、二人が脱衣所から出てくる。

 天薇はすっかり懐いてしまって、先ほどの泣きそうな表情がニヤニヤ顔に変わっていた。


「随分仲良くなったんだな」

「うん。杏音ちゃん優しいから好き」

「だ、そうですけど」

「……悪い気はしない」

「あんまり俺の妹を誑かすのやめてもらっていいですか?」

「なんでよ」


 どんな会話をしていたのやら。

 杏音も満更ではないらしく、表情が緩い。

 こんなに優しそうな顔の杏音は初めて見たかもしれない。


「天薇ちゃんこっちおいでー。髪乾かしたげる」

「……はい」


 若干固い天薇を後ろから抱きしめるように、ドライヤーをかけてあげる芽杏。

 そんな二人を遠巻きに眺めながら、俺は杏音と話す。


「何話してたんですか?」

「別に。悠がいかに馬鹿かって話をしてただけよ」

「……なんてことを」

「深くは話してない。でも興味津々だったし、兄妹仲が良いってことはわかった」

「うちは姉も俺も妹も仲良しなので」


 くすぐったそうに肩を竦める天薇に、笑いかける芽杏。

 どっちも髪型、シルエットが似ているので見ていて微笑ましい。

 ちらっと隣を見ると、杏音もにこやかに笑っていた。


「なんかいいですね」

「何が?」

「笑ってる杏音、可愛いですね」

「……ありがとう」


 いつもみたいに暴言を返されると思ったが、本当に機嫌が良いらしい。

 風呂上がりで若干上気した頬がちょうど照れてるみたいに見えて面白い。

 ただそんなことを指摘すると本気で怒られそうなため、黙っておいた。

 空気は壊さないようにしないとな。


「天薇ちゃん、恋愛恐怖症にはならなさそう」

「どうして?」

「色々話してたら、今度は頑張ってみるって言ってたから。まぁ残機が一なんて死にゲーじゃないんだし当然だけど」

「まだあいつは一度目の失恋ですからね。あと二回同じことを繰り返すと俺になります」

「だからそう伝えた。そしたらあの子『それは絶対やだっ』って言ってたよ。物凄く可愛かったんだから、あの時の顔。……ってどこ行くの」

「ちょっと殴ってこようかと。教育に多少の暴力は必要です」

「何言ってるの。どこが教育なの。ってか天薇ちゃんに手を上げたら殺すよ」


 何が天薇ちゃんだよ、このクソメンヘラ女め。

 すっかりメロメロじゃないか。

 でも。


「そうですか。大丈夫そうですか」

「うん」


 まぁ悪い気はしない。





 ◇


【あとがき】


 お世話になっております。瓜嶋 海です。

 本日新作ラブコメを投稿いたしました。

 不穏なタイトルと一話目ですが、本作と違って拗らせた魔女も出てこない、ほのぼのした作品を書いていくので、よかったらぜひ!

 ↓のURLから飛べます。


 金髪ロリだったツンデレの元カノが黒髪巨乳美少女になって三年ぶりに俺の前に現れた。丁度いい機会だから嫌味な双子の妹を見返してやろうと思う。

 https://kakuyomu.jp/works/16816927861054636465



 当然ですがこれからも本作の連載続けます。

 毎日更新を目標に駆け抜けるので、こちらの応援もよろしくお願いします。

 では、次話か新作でまた。

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