第31話

 夜月家と俺のマンションは真逆の方角にある。

 そのため本来一緒に下校すると言っても校門でさようならになる。

 しかしながら、今日はそういうわけにもいかなそうなので、俺は夜月家の方まで付いて行くことにした。


「ごめんね。なんかわざわざ」

「いいよ。色々あったんだろ?」

「うーん。別に特に悩みはないけど、とりあえず宮田には話しておきたいなって思ってさ」


 見慣れない道を歩きながら、俺は芽杏の横顔を見る。


「ごめんね。別れた」


 そんな事だろうとは思った。

 というか、先ほどの俺の問いに対する表情で大方想像できた言葉だ。


「……別に俺に謝ることないだろ」


 何故別れたのか、いつ別れたのか。

 聞きたいことはどんどん溢れてくるが、俺の口を初めについて出たのはそんな言葉だった。


「宮田が相談に乗ってくれて、仲直りさせようとしてくれたのを台無しにしちゃったから」

「仲直りだなんて、嘘ついてお節介したのは俺だ。むしろ文句言ってくれてもいいんだぞ」

「そんな。宮田には感謝してる」


 俺に向かってはにかむ芽杏がまぶしい。

 その顔は俺じゃない誰かに向けてほしかった。


「で、喧嘩別れか?」


 気まずいので話を進めると、芽杏は晴れ晴れした顔で首を振る。


「ううん。普通に仲良く別れたよ」

「意味が分からん」

「あたしたち友達の方がいいよねーって談笑したんだよ」

「……」


 俺は今、自分がどんな表情をしているのかわからない。

 そもそもどういう心境で聞けばいいのかわからない。

 教えて杏音先生。

 辺りを見渡して助けを乞うが、当然彼女はいなかった。


「まぁとにかく、お互い話してスッキリしたから。機会を設けてくれてありがとね」

「円満解決か」

「そう。宮田のおかげ」


 確かに小倉の方も気落ちしている風はなかったしな。

 どちらかというと冬休みの時より明るかったようにも思える。

 当人間が良いならそれでもいいか。

 はぁ、俺の気遣いと葛藤はなんだったんだ一体。


 車の音がやけにうるさい通学路を歩きながら、ため息を吐く。


 そういえば杏音は何も言って来なかったな。

 一応連絡先も交換しているというのに、教えてくれなかったというのは彼女も知らないという事なのだろうか。

 いや、わからない。

 あの女の事だ。

 変な気を利かせた可能性も高い。


「ってなわけで早くもフリーでございます。交際期間一か月、初めてのお付き合いは失敗しました」

「何だその口調」

「あはは」


 おどけた調子で話す芽杏。


「いやー、恋愛って難しいね」

「知らん」

「あ、そっか。宮田って彼女できた事ないんだっけ?」

「……」


 チラチラと横目で挑発してくる。

 そんな仕草も若干可愛いのが腹立たしい。


「まぁ君にもきっといい子が見つかるよ。うんうん」

「黙れ馬鹿が」

「あー、怒ったー。心配しなくてもお姉ちゃんとくっつけてあげるからー」


 久々に無邪気な顔でニヤニヤする彼女を見てふと思う。

 そう言えばこの勘違いは訂正しなくていいのだろうか。

 もう俺は芽杏と関わらないと宣言したため、杏音の思惑も意味をなさなくなっている。


 いや待てよ。


 俺のあの宣言・決意は小倉と芽杏の恋を拗らせない——そして自分がこれ以上二人のイチャつきを見て心を壊さないようにする、というのが目的だった。

 そして現在は拗らせるどころか関係は解消。もはや俺が身を引く理由も二人を気にする必要もない。

 そのため芽杏といても俺の心が掻き乱される事もなくなった。


「おろ?」

「どうしたの?」


 人斬り抜刀斎みたいな声が漏れ、芽杏に聞き返された。


「なんでもない」


 適当に答えて、俺はまた考える。


 今芽杏が言った通り、彼女に恋人はいない。

 俺が欲した彼女の隣の席は空いているわけだ。


 って、何考えてんだ俺。

 ないない。

 もうあり得ないんだよその世界線は。


 とりあえず今の俺のメンタル状況で恋愛なんてできない。

 現に今芽杏と一緒に居て、以前のようなときめきはないし。


「なに、急に黙ったかと思ったら首をぶんぶん振って。ハエでもいた?」

「あぁ、ちょっと脳内に嫌なハエがいたんだよ」

「きもちわる~」


 謎の言葉にも大した興味を示さない芽杏。

 そうだ、こいつも俺の事なんて意識してない。

 それでいいのだ。


「あ、そういえばさ。もうそろ中間テストだね」

「げっ」

「何その反応。もしかしてテストヤバいの? あたしと一緒だね~」


 芽杏はそう言って呑気にパーカーのひもを弄る。

 しかし俺は顔面蒼白にして固まった。

 つくづく嫌な事を思い出させる天才だな、この女は。


「どしたの?」

「中間テストで点数取れなきゃ留年するかもしれないって担任に言われた」

「えぇぇぇっ!? なんで? やばっ!」

「課題の提出状況が悪いからって」

「そっか、冬休み課題も……って、あたし達が変な騒動に巻き込んだのが原因とかじゃない……よね? え、ごめんほんとに!」

「気にすんな関係ねーよ」

「そんな! 気にするよ! これで宮田が来年同じフロアに居なかったら後味悪すぎるって!」


 確かにそうかもしれない。

 今回の件は蓄積された不良行為が原因なためアレだが、実際冬休みはこいつらとの問題で精神ぐちゃぐちゃったし。


 と、どう説明したものかと頭を掻く俺に、芽杏は近づいてくる。

 うお、距離が近い近い!


「あたしに任せて!」

「な、何がだよ?」

「勉強マスター紹介してあげるから!」

「はぁ?」

「うち来てよ。親いないから!」


 えっちなお誘いにしか聞こえないが馬鹿なこいつの事だ、無意識なのだろう。

 でも芽杏の家で勉強って。

 こいつ学年ワースト5とかだし、流石の俺も教えてもらうようなことはないんだけど。


 訝しげに眉を顰める俺に、芽杏は自信満々に言った。


「うちにはいるんだよ、勉強マスターが。そう、孤高魔女がね」

「……あ」


 なるほど、そういうことか。


 嫌な顔をして俺を睨む魔女の顔がありありと浮かんだ。

 ただ確かに適任かもしれない。


「どう? 来るよね?」

「あぁ」


 話したい事は他にもあるし、丁度いい機会だ。

 たまにはあちら側のテリトリーでお話しするのもいいだろう。


 そうして俺は高校に入って初めて、女子の家に行く事になった。

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