第26話
初詣から帰ってきた翌日。
俺は高校の駐輪場にいた。
勿論だが三学期はまだ始業していないし、成績不振で呼び出しを食らっているわけでもない。
俺の隣にはもう一人男子高校生がいる。
浅黒い肌をジャージに包み込んだ部活終わりのイケメン。
小倉俊哉はぼーっと無人のグラウンドを眺めながら呟く。
「来るとは思わなかった」
「確かに普段なら未読無視して逃げてたな」
「ふぅん」
今日の呼び出しは痴情の縺れ。
何故か巻き込まれた俺は、仕方なくやってきたのだ。
「来たって事は、話をする気があるって事か?」
「話ってのはよく分からんが、まぁ芽杏関連だろ?」
「あぁ」
「いいよ。別にやましいことはないから」
はっきりと無罪を主張する俺に、渋い顔の小倉。
「……どこまで知ってるんだ?」
「お前らがダブルデートからカラオケに向かう途中に口論になって、その際に芽杏の不用意な発言でお前が俺と芽杏の仲を疑い始めてるってとこくらいまでだな」
「……それで、やましくないってか」
「あぁ」
返事をすると、小倉は溜息を吐き出す。
そして頭を掻きむしった。
「そりゃそうだよな。お前が好きなのは孤高魔女なんだもんな」
改めて言われると気に障る発言だな。
だがしかし、ここで否定するとまた厄介な話になるため俺は頷く。
「前から芽杏とお前って仲良いからさ、嫉妬してたんだ」
「へぇ」
「へぇってな……恥ずかしいんだぞ。こういう事言うの」
「へいへい」
小倉にもそういう感情があるとは驚きだ。
だとすれば、芽杏の前で堤紗樹と話したことはよろしくないな。
想像力をもっと働かせる必要がある。
「……お前、芽杏に俺との話聞いてるのか?」
「話って?」
「いや、愚痴ってかさ」
こういう場合の返答は困るな。
嘘をつけば今後面倒な展開になる。
かと言ってはいそうですと言ってしまえば、今からが厄介だ。
どうして仲を取り持ってくれなかったんだと言われそうだし。
「知ってるよ」
だが、俺は後者を選択した。
と、小倉は気まずそうに笑う。
「知ってて俺達の関係に過度に踏み込んでこなかったんだな……気遣い助かる」
「おう」
小倉は良い奴だな。
変に突っかかるどころか、感謝してくれるとは。
まぁそれがこいつの美点か。
「はぁ、あんなこと言わなきゃよかった。紗樹との話を持ち出されて、それまでの嫉妬を無様に晒しちまった」
「それも恋愛じゃないか?」
「はは。宮田は恋愛マスターだな」
「やめろよ、キモい」
何が恋愛マスターだよ。
誰よりも恋愛なんてわかっていないというのに。
そもそも付き合った経験すらないし、昨日だって姉に説教されたばかりだ。
「小倉はまだ芽杏の事好きなのか?」
シンプルに聞くと、小倉は頬を掻く。
「当たり前だろ」
「付き合っていたい?」
「あぁ」
恥ずかしさはあれど、その言葉は真っ直ぐに俺の胸に届いた。
まぶしい。
俺達とは逆サイドの人間の思想だ。
「あと、芽杏に謝りたいんだ。冷静に考えれば、あの場で紗樹と話し過ぎだったよな。デリカシーに欠けてたわ」
「そうだな」
「お前は気付いてたんだな。だからあの日、芽杏の事を大事にしろって忠告してきたのか」
「そうだよ」
ここ数日でかなり考え込んでいたらしい。
そして答えに辿り着いた。
そこまでわかってしまえば小倉側はもう大丈夫だろう。
「はぁぁ。あの日は緊張してたんだよな。あいつ可愛いから、二人じゃ間が持たなくてさ」
「……急に惚気んなよ。おっげぇぇぇぇ」
「吐くな吐くな。まぁ、あの日は俺も気がおかしくなっててさ、だから紗樹と会った時、話題になると思ってしまったんだよな」
そんな事だろうとは思った。
まぁ頭が真っピンクになるとそういう判断ミスもあるだろう。
俺だってあいつといる時に、ちょっとドキドキし過ぎて思考が加速した経験はあるし。
まぁ付き合うには至ってないけど!
今目の前にいる男にとられたんだけどな!
鼻息荒く睨んでいると、小倉は首を傾げる。
ふん、こいつは俺の気持ちなんて知らずに暢気なもんだ。
このまま隠し通してやる。
「ってかお前は昔も彼女いただろ? 恋愛初心者じゃあるまいし」
「関係ないぞ。初デートはいつでも緊張するんだよ」
「ふぅん」
「そう言えばお前はあの先輩といる時、やけに落ち着いてるよな?」
「あぁ……一緒に居ると落ち着くんだよ」
「あんな美人相手に落ち着けるお前が羨ましい」
そうか、確かに美人だよな。
でもこいつは知らない。
あの女の本性を。
そして何より、俺と彼女の出会いはものすごく刺激的だったからな。
きったない汚水塗れの姿というのは、意外に忘れられない。
俺にとって、彼女は美人であるという以前に、ドブにハマっていたメンヘラ馬鹿というイメージが強い。
当然だがそんな相手にドキドキはしない。
「芽杏、会ってくれるかな」
「話し合う決心がついたか?」
「あぁ」
小倉はようやくサッカー部っぽい眼差しに戻った。
「最近メッセージに既読も付かないんだよ」
「末期だな」
「……家まで行くしかねーかな」
「それはやめておけ」
行動力は流石だと思う。
そしてそれを実行しようと言えるメンタルも大したものだ。
だが確実に愚策と言うほかない。
俺は溜息を吐いた。
「仕方ない。俺がどうにかしてやる」
「え、いいのか?」
「もうなんでもいい。ここまで相談に乗ってたら、気持ち悪い終わり方は俺もごめんだからな」
言うや否や、そのまま駐輪場を後にする俺。
良いことをしている、という謎のアドレナリンに盛られて俺は意気揚々と自宅へ戻った。
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