第21話
電車に揺られて着いたのは近所にある大きめの神社。
丁度昼時であり、三ヶ日は過ぎたと言うのに人でごった返しである。
冬の寒さに頬が痛い。
神社の鳥居に向かって一礼する姉妹に合わせ、俺も頭を下げる。
あまり初詣に来た経験がないため、作法はよくわからない。
そのまま俺達は砂利の道を歩いた後長い階段をのぼった。
参拝する前に、手水舎で手と口を清める。
これもやり方がイマイチわからないため、杏音がするのを見ながら真似した。
「初詣来たことないの?」
凝視する俺に居心地悪くなったのか、顔を引きつらせながら杏音が聞いてくる。
「小さいときはありますね。まだ小学校低学年くらいでしたっけ」
「毎年神様に手を合わせないと不安にならないの?」
「別にならないですね。無教徒ですし」
「……罰当たりな人」
罰当たりか。
確かに仮にも神社でこんなこと口にするべきじゃなかったかもな。
通りすがりの神様がぶちギレそうだ。
これ以上俺の人生をハードモードにするのはよしてもらいたい。
「でも、何かある時だけ神頼みする人も罰当たりじゃないですか? 普段はクリスマスやら他の神のお祝いしてる連中が、毎年一回だけ顔見せて、五円投げるだけで後利益をっていうのはなかなか都合いいと思いますけど」
「それもそう」
「特に受験生とか」
うちの姉がそうだった。
ロクに受験勉強なんてしてないくせに、高三の時だけ彼氏と神社に行き、受験に受かりますようにとお願いしていた。
結局第一志望の大学は落ちていたが。
ついでにその時の彼氏とはお参りに行った翌週に別れていたが。
なるほど、これが罰当たりな人間の末路か。
「まぁなんでもいい。とりあえず行くよ」
「はいはい」
テキトーに相槌を打ちながら、先へ進む。
と、すぐに人混みにぶつかった。
「なんすかこの人達は」
「参拝客ね。ほら、順番待ちよ」
「嘘でしょ? これ全部並んでるの?」
どこのコミックマーケットだ。
というか、新型のリンゴ社のスマートフォンが発売される日でもこんなに並ばないだろう。
34年前の神ナンバリングタイトルⅢ『そして伝説へ…』の発売日はこれくらいの行列ができていたかもしれないが。
まぁ俺が生まれてない時代の話だ。
俺と杏音が会話をしている中、芽杏は口を開かない。
いつもは明るい笑みを絶やさない彼女には珍しく、ずっと無表情を貫いている。
めちゃくちゃ気になる。大丈夫だろうか。
チラチラと芽杏の様子をうかがっていると、見透かされているかのように杏音にすました表情を向けられる。
チッ、俺にどうさせたいんだこの女は。
「そう言えばここの神様は何を司る方なんですか?」
意識を変えるべく、そう口にすると杏音は平気で言ってのける。
「恋愛」
「……嘘だろあんた」
「正気ね。というか近くの神社なんてここくらいだし」
「だからって言って、タイミングってものがあるでしょうが」
「ん? ジャストタイミングじゃない? ねぇ芽杏」
「え? えっと何の話?」
完全に上の空。
真横にいる俺達の会話が全く耳に入っていなかったらしい。
何を考えていたのやら。
ふと周囲を見渡す。
言われてみればカップルが多い気もするな。
よく見れば目の前の客もカップルだった。
会話が聞こえてくる。
『人が多過ぎて気分悪くなりました……』
『大丈夫?』
『ちょっと頭撫でてください』
『ほんと君って甘えん坊だね』
高校生カップルなのだろうか。
シンプルな服装の男に対し、彼女らしき女は着物姿。
横顔が若干見えるが、目を見張るほどの美少女だった。
杏音や芽杏と同じくらい可愛いような気がする。
『笹山さんは何お願いするんですか?』
『んー? 涼太は?』
『俺は笹山さんといつまでも一緒にいたいなーって』
『はぁ、部活で試合に出れるようにお願いしたら?』
『俺は笹山さんとマネージャーするのも大好きですから』
『もうっ!』
パシッと背中を殴られる彼氏さん。
かなりの迫力に、当の本人も背中を丸める。
うおお、暴力彼女だ……
見た目や物言いとは裏腹に、意外とパワー系だな。
「カップルの会話盗み聞きなんて趣味が悪いね」
「杏音だって聞いてたでしょ?」
「まぁね」
「どう思いました?」
「別に。どうでも」
「ふぅん」
素直じゃないな。
本心では爆散しろ、タヒねと思ってるくせに。
ほら、口元がプルプル痙攣してる。
そうこうしているうちに順番が回ってきた。
賽銭箱に向けて五円玉を放り投げ、鈴を鳴らす。
そして適当に手をたたいて頭を下げた。
お願いはただ一つ。
『恋愛恐怖症を治してください』
せっかくの恋愛の神なら、これくらいは朝飯前だろう。
お願いを終え、周囲を見ると芽杏は既に顔をあげていた。
杏音はしばらく頭を下げっぱなしにしている。
「何お願いしてんだか」
「お姉ちゃん毎年お願い長いんだよ」
「欲張りさんだな」
魔女と神様か。
なんとなく相性が悪そうだな。
そんな事を想いつつ、俺達は参拝を終えた。
‐‐‐
適当にベンチに座り、そばの露店で買った焼き鳥を食べる。
寒い時に食べる焼き物とは、なぜこうも上手いのか。
至福を味わいつつ、俺は杏音に聞いた。
「何お願いしたんですか?」
「成績が落ちませんように、変なトラブルに巻き込まれませんように、それと……」
彼女は俺にだけ聞こえるようそっと『恋愛恐怖症が治りますように』と囁いた。
俺と同じ願いをしていたわけだ。
「芽杏は?」
「えー、内緒だよー」
「ケチだな」
「宮田が言ったら教えてあげる」
「……」
無邪気な顔で豚バラにかぶりつきながら言う芽杏に、俺は言い淀む。
これは上手い防御線を張られてしまったな。
恋愛恐怖症などというワードは知られたくないし、参ったぜ。
まぁいいか。
彼女がどんなお願いをしていようが、無理に聞きたいほど興味はない。
黙っていると芽杏は頬を膨らませる。
「知りたくないの?」
「だって俺が言わなきゃ教えてくれないんだろ?」
「んー、宮田キモい。サイテー」
「なんでだよ」
謎のタイミングで罵られ、動揺する。
若干悦んだりは……してないぞ、断じて。
誓って俺はドMではないのだ。
「恋愛って何なんだろうね」
「この前も聞いてたな」
「最近の悩みだもん」
「ふぅん」
俯く芽杏。
俺は杏音と顔を見合わせる。
別にその悩みに直面しているのは芽杏だけではない。
俺もそうだし、杏音もそう。
そして恐らく小倉も。
ついでに言うなら実家の妹だって悩んでいる。
人類共通の問題だと言っても過言ではない気がする。
恋愛っていうのはそういうもんだ。
「まぁなんとかなるさ」
「無責任だね」
「そりゃそうだ。なんでお前の恋愛観に俺が責任を持たなきゃならんのだ。知ったこっちゃないさ」
「……それもそう」
突き放すような俺の発言に芽杏は顔をあげる。
その顔には困った笑みが浮かんでいた。
気持ち悪い奴だ。
「さて、リア充どもを片っ端から踏みつぶしていきますか」
「賛成」
「ちょっと、お姉ちゃんたちサイテー」
薄暗い目で歩き始める俺達に、芽杏は苦笑しながら駆け足でついてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます