第19話

 久々の実家は、記憶にある匂いとは少し変わっていた。

 一人住む人間が減ればこうも変わるものなのだろうか。

 父一人に対して母、中二の妹、そして二十歳の姉だし、かなり男女比の偏った構成となっている。

 お父さんはさぞ肩身の狭い生活を強いられている事はずだ。


 そう言えば高校入学以来八ヶ月も顔を見せてなかったな。

 合鍵を使って勝手に侵入した俺に、ドタドタと足音が近づく。


「泥棒!」

「誰がだよ」

「ってなーんだお前か。びっくりさせないで」

「不在時に侵入するあんたよりマシだろ」


 出迎えてくれたのは、ついこの前顔を見た姉だった。


「彼氏の家に泊まるのはクリスマスまでだっけ?」

「いや、一応今日も泊まる予定なんだけど、なんか今日は実家に誰か来る予感がしたから帰って来てたの」

「ジャストなタイミングだな。流石はブラコン。俺たちの心は繋がってるね」

「相変わらずきもちわるぅ」


 玄関先で早くもおえっと嗚咽を漏らされる俺氏。

 泣いていいですかね。

 とても歓迎ムードとは言えないが、足先が冷えるので勝手に上がらせてもらう。


「そう言えば例の心の傷はどうなの?」


 廊下を歩いて自室に向かう俺に付きまとう姉は、若干心配した顔を向けてきた。

 だから俺は笑顔を返すことにした。


「抉られて悪化しました」

「……何があったの?」

「まぁ色々と」

「困ったらいつでも言いなよ? 相談乗ってあげるから」

「はいはい」


 なんだかんだ優しい姉ちゃんだ。

 先程弟に向かって失礼な態度を取っていた女子大生には見えない。


「姉ちゃんはどうなの?」

「何が?」

「彼氏との同居だよ」

「そりゃー毎日楽しいよ。欲望のままにってね」

「ズコバコやってんの?」

「そりゃ勿論……って何言わせるのー、恥ずかしいじゃーん」

「はいはい」


 アットホームでいい家族だな、俺達って。

 少し姉の情事を想像して気持ち悪くなったのは内緒だ。

 ってかこんなペチャパイでよく彼氏さんも満足できるな。

 っとだから具体的に想像するな俺。おげぇぇえ。


「そう言えば天薇そらは?」

「部屋じゃない?」

「ふぅん」


 天薇は俺達の妹だ。

 現在中学二年生である。


「久々に可愛い妹の顔が見たくなった?」

「まぁな。って、顔は姉ちゃんとあんま変わらないけど」

「そうそう。わたしに似て可愛いもん」

「ハッ」

「何その反応、サイテー」


 妹の天薇は顔を中心とした容姿が姉の梨乃そっくりだ。

 背も低く、童顔なためロリ体型である。

 しかしながら。


「呼んだ?」

「おぉ、ただいま天薇」

「……おかえりなさい」


 俺の部屋の前にある妹の部屋からちょうど出てきた天薇と出くわす。

 ついでに幼い容姿に不相応な大きく実ったモノとご対面。また育ったな。

 そう、姉との唯一の大きな違いは、その胸部装甲である。

 いわゆるロリ巨乳というジャンルになるな。

 年齢的にもまだロリなため、こういう言い回しは本気で危うい雰囲気だが。

 おまわりさんこっちこないで。


「学校はどうだ?」

「……普通だし」

「そっか」

「うん」


 妹は若干コミュ障だ。

 今も久々に会う兄に対する態度に困っているらしい。

 ははは、可愛い奴め。


 そんなこんなで、感動の再会を果たしたのだった。




 ‐‐‐




 その日の晩の事、事件が起きた。


 年頃の妹がいる家庭ではお決まりのシチュエーション。

 そう、風呂場で偶然妹に出くわすという最悪のイベントが発生した。


 普段一人暮らしなため、自分のタイミングで風呂に入る俺。

 今日も何の気なしにフラッと風呂に立ち寄った。

 謎に電気のついた浴室に『誰が電気つけっぱなしにしてんだよ……』なんて呆れながらだ。

 なぜそこまで頭が回りつつ、誰かが入浴している可能性に考えが至らなかったのかは全くの謎である。

 もはや神の悪戯に違いない。エロとラブコメの神の悪戯だ!


 浴槽を勢いよく開ける俺。

 そして同時に聞こえる小さな悲鳴。

 悲鳴の次に俺の五感が感知したものは大きな胸だった。

 実際に見ると思ったより育っていて戦慄を覚えると同時に、何故か冷静な脳が『動画や画像で見るのとは全然違うなぁ』なんて語りかけてくる。

 しかしながら意外とエロい気分にはならない。

 当然か、だって相手はクソを漏らしている頃から見てきた妹だし。


 妹の裸体をぼーっと見ていた俺は口を開く。


「なんでいるの?」

「……お風呂入ってるからなんだけど」

「そうだな」

「……うん」

「ごめん。出ていくわ」


 静かに謝り、浴室の扉を閉めた。


 そして自室へ帰った今に至る。


「やばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばあばあば」


 終わった。

 え? 俺サイテーじゃん!


「ちょっと、悪気はなかったんだよ。でも、ほんとごめんね? うえぇん。泣きたいのはお前だよな、ごめんね。うえぇぇん」


 壁と情緒のおかしな会話をしながら、俺は暴れまわる。

 幸運なことと言えば、まだ両親が帰って来ていないことだ。

 これが親に知られれば、俺は実家にすら居場所がなくなる。

 妹の裸を覗くってのはそういう事だ。

 プライバシーってもんが人間にはある。

 立派な人権侵害行為、犯罪、そう、俺は性犯罪者だ。


「ごめんごめんごめんごめんアメンホテプ四世」


 日頃の癖で突発的に謎ワードが出るが、俺は本気で悪いと思っている。


 ちなみに姉は既に彼氏宅へ行ってしまった。

 もう頼れるものは何もない。


 あぁ、神よ。どうしてあなたはいつも私に試練を与えるのですか……

 何? 試練は乗り越えられるものにしか与えられない?

 まさか、私に乗り越える力があると仰りますか!

 それならばこの宮田悠、未熟ながら精一杯奮闘する所存であります!


 ……こほん。誓って言うが俺は真面目だ。

 と、懺悔しているとノックされる。


「……お兄ちゃん?」

「はい」

「入っていい?」

「……おう」


 部屋に入ってきた妹は当然だが服を着ていた。

 真面目な顔の天薇はそのまま俺の隣、すなわちベッドに腰かける。


「さっきは、ごめんな」

「別にいいよ。どうせお兄ちゃんだし」

「そう言ってもらえると、助かる」

「お母さんたちにも黙っててあげる」

「……ッ!?」


【朗報】俺の妹が天使過ぎる。

 いつもの三割増しで可愛く見えてきた。

 背中には羽のようなものが薄っすら……見えないな。


「いきなりでびっくりしたんだから……」

「そうだよな。悪い」

「……見た?」

「何を?」

「……なんでもないし!」

「おう」


 恥ずかしいのか顔を赤くして怒る妹。

 全ては僕の不手際でございます。


 しかしながら、大きくなったな。

 女子の中学二年と言えば、身長の伸びも終わりを迎えかける時期。

 三センチくらいは伸びたかなって感じだ。

 まぁ大きくなったと言っても元の身長が小さすぎたためにアレだが。


「高校楽しい?」

「普通だな」

「なにそれ。彼女とかいないの?」

「……」


 だから何故姉や妹ってのは、ピンポイントで急所を突いてくるんだろうか。


「いないよ」

「……そっか」

「何だその反応、いてほしかったのか?」

「どっちでもいい」

「あぁそう」


 興味無さげに短い前髪をいじりだす天薇。

 お兄ちゃんちょっと悲しいです。

 しかし、せっかくコミュ障なりに話を振って来てくれたのだ。

 ここは俺が腕を見せよう。


「天薇は彼氏とかいないのか?」

「……いない」

「好きな人は?」

「……いないもん!」


 ふぅん、いるのか。

 羨ましい奴だな、こんな可愛い子に好かれるなんて。

 ちょっと魔女を連れて教育に行こうかしら。

 勿論、恋愛が生む二次災害を目の当たりにさせ、トラウマを植え付けるのが目的だ。


「で、その子とは付き合わないのか?」

「い、いないって言ってるじゃん!」

「はいはい。で、どうなの?」

「……告白できない」

「なるほどねぇ」


 つまるところ、俺と同じでビビりらしい。

 顔を赤らめ俯く妹。実に可愛い。


「じゃあ告白させればいい」

「どうやって?」

「中学生男子なんて性欲お猿さんだからな。ちょっと隙を見せたらイチコロさ」

「隙って、ち、痴女じゃあるまいし!」

「じゃあ他の女に取られるのを指咥えて見てるのか? 最悪、俺みたいに一生恋人ができないルートに突入するぞ?」

「それもやだ!」

「おう……」


 迷いなく言われて傷つく。


「お前にとって恋愛ってなんだ?」

「え、なにそれ」

「アンケートだよ。色んな人に聞いて回ってるんだ。天薇も回答協力頼むよ」

「うーん」


 聞くと彼女は小さな体をよじった。

 そして数秒唸った後、口を開く。


「幸せなこと、かな」

「ほう。それはなぜ?」

「えっと、だいちゃんのこと考えると、幸せになるから……」

「へぇ、だいちゃんって奴が好きなんだな」

「あっ、ちょっ! だめぇぇぇぇ!」

「自分で漏らして何がダメなんだよ」


 馬鹿な奴である。

 せっかく追求しないでやったのに、自らバラすとはな。

 よしよし。後でお母さんに名簿表借りて確認しよーっと。


 横目で妹を見ると、可愛そうになる暗い顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべていた。

 うわ、ちょっと罪悪感が出てきたぞ。


「おにいちゃんのいじわるぅ……」

「ごめんごめん」

「ふぇぇん。でも付き合いたいぃ……」

「そうかそうか」


 さらさらな髪を撫でてやりながら、俺は考える。


 妹もまた、恋愛の壁にぶち当たっているようだ。

 中学二年。

 確かに難関だな。

 ここでどう過ごすかで今後の人生展開の難易度が変わりそうである。


 俺は失敗した。

 指を咥えて女の子から言い寄ってくれるシチュエーションを待っていた結果、無様に失恋。

 こうはなってもらっちゃ困る。

 杏音は……彼女は引くほどの男運の悪さが原因なため、ちょっと問題が違うけどな。


「よしよし、お前は大丈夫だよ。可愛いから」

「……ありがと」

「はいよ」


 俺は姉に、妹は俺に。

 うちのきょうだいは自給自足な慰め合いによって成り立っている。

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