第18話

 虚無感に襲われながら家に帰りついた。

 今日は晩飯を食べる気にならない。

 昼に食べた杏音のサンドイッチがおいしかったし、良しとするか。


 脱力感にフラフラしながらシャワーを浴びる。

 孤独な感じだ。


 身体もロクに拭かず、12月なのに暖房器具の一つも付いていない極寒の部屋に全裸で座り込む。

 虚無虚無プリンだぜ。

 はぁ……虚しい。


 気付けば既に夜も更け、寝るくらいしかやることがない。

 だけど、寝てどうするんだろう。

 明日も明後日も孤独だ。

 冬休みなんだから当たり前だし、昨日までは一人の時間が増えると楽しみにしていたはずなのにな。

 どうしても人間だから、他人と遊んだ後はおセンチな気分になる。


「独り身は辛いよ……誰か相手してくれぇ」


 我ながら現金な奴だと思う。

 でもそんなもんだろ。

 と、そんな事を考えているとスマホが鳴る。


「……芽杏っ!?」


 連絡してきたのはなんと芽杏だった。

 一瞬にしてどういう意図の連絡か思考を巡らすが、答えにはたどり着けない。

 ええいままよ。

 どうでもよくなって俺は通話に出る。


「もしもし」

『遅い。早く出て』

「なんだ、杏音ですか」

『あ、芽杏からの電話だと思ってドキドキしてた? ごめんね』


 思わず通話をぶち切ってやろうかと思った。

 しかし、そんな事をするのすら虚しくてやめる。

 というか芽杏の連絡先から電話されたら勘違いするに決まっているだろうに。


「なんで他人のスマホ触ってるんですか。キモいですね」

『今お風呂中なのよあの子』

「風呂中の人間のスマホを覗くって、浮気を疑ってる彼女みたいな事するんすね」

『別にトーク履歴を見たりしてない。悠に連絡したかったけど、私連絡先知らないから』

「芽杏に連絡先教えてもらえばいいでしょ」

『嫌よ。変な勘違いされるじゃん』

「俺が杏音の事好きだっていう勘違いは許容してるのに、自分のはダメとかわがままですね」

『私はずっとわがままだけど?』


 悪びれもせずによく言うよ。

 まぁいいか。

 さっきの本屋の時みたいなテンションで話されるよりはマシだ。

 俺は自身の連絡アプリのIDを教え、杏音のスマホに再度通話しなおす。


「で、何の用ですか?」


 夜も遅いので端的に目的を尋ねると、ややあって返事があった。


『いよいよ末期みたいよ。芽杏たち、カラオケには行かないで喧嘩してたみたい』

「はぁ? どういうことだってばよ」


 喧嘩って何だろう。

 殴り合いのファイトかな。グローブをはめ、ヘッドギアをつけ……っとそれじゃただのスパーリングだな。

 冗談はさて置き。


『公園で偶然会った女子の事で喧嘩になったらしい』

「堤紗樹か」

『そうそう。芽杏があたしより紗樹ちゃんが好きなの?って聞いちゃったみたい』

「なんでそんな事を……」

『なんでも道中紗樹ちゃん? の話ばっかりしてたらしくて』


 あー、なるほどなぁ。

 恐らく小倉なりの話題提供だったのだろう。

 共通の話題を提供することで、少しでも場を盛り上げたかったのか。

 しかしながらミスったというわけだ。

 あいつは今日、選択肢をことごとく間違えている。

 ギャルゲーならバッドエンド直行ルート間違いなしって感じだ。


『でも、芽杏がその話になった時に、以前悠に小倉君との仲を相談した話をしたみたいでね。それで今度は小倉君が、お前は宮田が好きなんだろって言いだしたらしくて』

「えぇ……」

『まぁ仕方ない話ね。私は悠に彼氏との恋愛相談をしてる時点で芽杏が迂闊だと思う』

「確かに」

『普通恋愛相談は女友達までに留めておくべき。『俺でよければ話聞くよ?』なんて言って狙ってくる男もいるんだし』

「まるで経験があるような物言いですね」

『私はない。そんなデリカシーなくて他人の気持ち考えられないような馬鹿女じゃないもの。リスク管理はする』

「人一倍他人の気持ち考えてるのに、性格悪い感じのキャラ付けなの可哀そうですね」

『別にいいし。友達なんかいらない』


 ほんと天邪鬼な人だな。

 毎度思うが、こういう素の部分を曝け出したら孤高魔女だなんて呼ばれて、避けられる羽目にはならないはずなのに。

 しかし性格が悪いことに違いはないか。

 優しいと性格の良し悪しは別問題だ。


『そこから最近の話になって、メッセージの返信が遅いとか、学校でもっと話しかけてとか、そういう些細な文句の言い合いになったんだって』

「へぇ」

『興味なさそうね』

「……じゃあ言いますけど、何が言いたいんですか?」


 わざわざ俺に報告をしてくる理由なんて一つしか考えられない。

 また人参をぶら下げに来ているのだ。

 本屋で曖昧な反応を見せた俺に、最後のチャンスを。

 芽杏と付き合うチャンスをチラつかせているのだ。


 しかしながら、杏音は悪戯な笑い声をあげながら言った。


『いや、自分が恋愛相談に乗ってる二人の仲は気になるんじゃないかと思ってね』

「……気になりますね」

『でしょ? 二人の友達なんだもんね?』


 そういうことを言ってくるのか。

 やはり相変わらず性格が悪い人だ。


「芽杏はいまどんな調子です?」


 尋ねると、スマホ越しに愉快そうな笑い声が聞こえた。


『どうしたの? 気になるの?』

「気になります」

『ちょっと泣いてたみたい』

「……そうですか」


 別に小倉を責めようとは思わない。

 というか、小倉も今頃傷ついているはずだ。

 あいつはあいつで芽杏と俺との関係を疑り始めてしまった可能性がある。


 はぁ、マジで面倒くさいな。

 しかし姉の言葉を思い出す。

 全て自業自得なのだ。

 俺が芽杏に告白さえしていれば、こんな痴情の縺れに巻き込まれることはなかったのだから。

 と、考えれば奴らの関係性悪化の原因は俺か?

 いやいや。

 そんな事あるわけないだろ。ふざけんな。


『電話かける? あの子に』

「やめときますよ。弱みに付け込むのは性に合いません」

『ふふ、悠のそういうとこ美点だと思う』

「……」


 急に褒められると気持ちが悪い。

 というか手のひらで転がされている感が否めないし。

 まるで二週間前、俺が彼女を泊めてあげていた時とは真逆の力関係だな。


 電話を切り、俺は再び一人きりの世界に戻る。

 しかしながら、不思議と虚無感や孤独感はない。

 あるのはたった一つの思いだけだ。


「よし、実家帰るか」


 そう呟き、俺は荷物をまとめ始めたのであった。

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