7,




 「退屈ね。アタクシ、どうにかなっちゃいそうだわ」


 ぐぐっ、と伸びをして、彼女は不敵に笑った。鉄の隙間から見える彼女の目は赤黒く、そこに光などなかった。吸い込まれるほどの深淵が、そこにある。視線が揺れる。予想外と言わんばかりの隙を一瞬見せた、かと思いきや、また口角をあげ、にやりと笑う。


 「あら、いたの。椿ちゃん」


 檻の中の彼女は、少女に気付くと声をかけた。憧れであった人を目の前にして、少女は帽子の唾をきゅっ、と掴む。紡ぐ言葉は無いようで、ただ沈黙を貫き通している。


 「……独り言。聞いていたのでしょう? 付き合ってちょうだいよ、暇潰しに」


 椅子から立ち上がり、ヒヤリとした鉄格子に手をかける。まるで、現実の世界では無いところから引き込もうとしている、悪魔そのものだった。

 投げ掛けられた甘くも闇もあるその声に、椿は動じなかった。目もくれず、彼女の妹への態度とは真逆の対応をした。


「……それは私の仕事では無いので」


 「……つまらない子ね。アタクシのファンだったはずなのに、これが通じないなんて」


 吐き捨てた言葉は彼女の全てを物語っていた。思わず動揺してしまうような、素直な悪が顕になる。


 「詩織に唆されたのかしら? 確か一昨日来たって言ってたわね。それ以前の貴方は反抗なんてしなかったじゃないの」


「ご想像にお任せ致します。そんなに知りたいならお得意の潜在能力、使えばいいじゃないですか」


 こめかみを指で トントン、と叩きながら、冷めた目で香織を見すえる。香織はさらに黒く淀んだ目で視線を交わした。重い空気と共に沈黙は続く。


 瀬戸家の人間には何かしらの能力がある。にわかには信じがたい話ではあるが、現実で起こりうる程度の能力が。

 ある者は、少ない情報から真実に辿り着く力。ある者は、人々をまとめあげ一つのルールを変えるほどの力。

 ――そしてこの女、瀬戸香織は人の意識や記憶を辿り、にしてしまう。それが彼女の演技に繋がっている。

 人の脳を全て見る、という訳では無い。流石に神のような力ではない。だから彼女は洗脳するのだ。持ち前の仮面を駆使して。それが分かれば、自分を守ることが出来る。だがしかし、守れる人など居ないのだ。彼女の裏は、画面の隔たりによって閉ざされているのだから。


 一束白く染まった髪をくるくると指で弄び、彼女は笑う。


 「そろそろ詩織、テレビの向こう側の住人になるわよ、椿ちゃん」


 椿はピクリ、と肩を揺らし、目を見開く。それを見て更に香織は笑う。


 「あら、動揺したわね。嬉しいわ」


 ぐっ、と小さな声を漏らして、表情を強ばらせる。眉間に皺を寄せ、きっと睨み、


「どうしてそんな事が分かるんです?」


と問う。

 その顔が見たかったのよね、なんて呟いて香織は返す。


 「仕組んだから。アタクシが」


 殆ど予想通りだった。だからこそ恐怖を感じた。死んでもなお画面に執着するその姿に。妹までも利用しようとするその図々しさに。


「……恐ろしい人、本当にどうしてこんな人が世間に愛されてんだろう」


 冷や汗混じりの声は、悪魔の大好物のようだ。純粋なその悪意は静かに笑う。


 「アタクシがだからよ」






 

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