第3話 さくらと亮太
さくらと亮太は大学卒業と同時に結婚した。周囲からはまだ早いと言われたが他の選択肢は考えられなかった。さくらのお腹には亮太の子が宿っていたから。
さくらの妊娠が判明したのは卒業間近のまだ寒さが残る日だった。一人で受診した帰り道は行き以上に足取りは重く曇天の空はまるでさくらの心の中を映し出しているようだった。これからの人生の全てが決定してしまった気がした。何とか獲得した就職先も辞退するしかなかった。産まないという選択肢も頭をよぎったがその児の心臓が拍動している様を医師からエコーで見せられた瞬間にその考えは消え去った。自身の体内であっても別のひとつの、一人の生命なのだと気付くと産む以外の選択肢は無くなった。
反面、亮太はさくらが妊娠を伝えると手放しで喜び「そうか、そうか。ここにいるんだね」と、言ってまだ大きくないさくらのお腹をさすった。
新居はマンションとは名ばかりの古いアパートのような部屋だった。新卒で働き出したばかりの亮太の経済力からすると妥当だったのだが、日中でも薄暗い室内をさくらはあまり好きではなかった。
さくらの妊娠判明以降はそれぞれの親への挨拶に挙式、引っ越し、就職した亮太の新人研修と慌ただしく時が過ぎていった。
そして、木の葉に色がつき始めだいぶん秋らしくなった頃にさくらは女の児を産んだ。少し平均よりも小さめなその児は顔を真っ赤にして全身を使ってよく泣いた。
その赤ちゃんらしい様子を見て亮太が言った。
「なあ、この子の名前は
「えっ、」
「だってこんなに真っ赤だろ、なんと言っても秋に生まれたからさ。さくらも春生まれだからその名なんだろう。母と娘でいいんじゃあないかな。」
その言葉を聞いたさくらは何故だかはっきりとはわからないがモヤモヤとした。
「うーん、、、」とだけ返事をしてその理由を考えた。
「ごめん。何だか短絡的に感じる。それに、、、」
「それに何、」
「うーん、自分の名前の季節がいつも良い思い出ばかりになるとは限らないよ。その季節が辛いことも。私は桜の頃は、、、ごめん」
「いや、謝らなくても。俺はこの子が幸せに成長してくれたらそれでいいよ。さくらは何か思う名前があるの」
「うん、
「ゆかりかー。ゆかりちゃん。うん、いいと思うよ。あっ、でもそれなら漢字よりもひらがなの方が可愛いい気がするな」
ベビーベッドにすやすやと眠る小さな我が子を見つめ亮太とさくらは囁いた。
「ゆかりちゃん、可愛いゆかりちゃん」
「いっぱい、いっぱい幸せになってね」
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