2023年8月15日(火)
──夏。
じわじわと降り注ぐ太陽の鼓動と一緒に、短い生を謳歌する
やっぱりここはいつ来ても変わらないなと思いながら、あまりの熱気に草木が溶け出したような濃い
ちょうど盆の時期だというのに、盆地という名の大釜の底で茹でられているかのごとき酷暑のせいで、久しぶりに足を運んだ
されど俺の足取りがにぶることはなかった。あと少し。あと少しだ。
俺がこの神社で刺されたあの日から、三年。より正確には二年と半だが、ここへ戻ってくるまでずいぶん長い時間がかかってしまった。
彼女はまだ、俺を待っていてくれるだろうか。
半年前、仙台の病院でおよそ二年ぶりに意識を取り戻した俺は、やっとのことで白石に帰ってこられた。眠っている間の時間の感覚は曖昧だが、それでも長かったと心の底からそう思う。絶望的と思われていた昏睡状態から一転、ある日ふと訪れた俺の覚醒は、多くの医療関係者から「奇跡だ」と褒めそやされた一方で、以前のように自らの足で歩き、悠々自適の生活に戻るのはおよそ不可能だと宣告された。
事件後、現場に救急車が駆けつける前に一度心肺停止に陥った影響で、脳に重い後遺症が残ってしまったためだ。しかし俺はそんなものはやってみなければ分からないと、医師や家族の心配を押しのけてリハビリを受けることを決意した。
そのためにより高度な治療と指導が受けられる千葉の病院へ転院し、同時に彼女には自分が目を覚ましたことも、これからつらいリハビリ生活が始まることも黙っていてほしいと家族に懇願した。何しろ俺には意識がない間も、たびたび見舞いに来てくれた彼女の声が聞こえていたからだ。
意識がないくせに何故分かるんだと言われても、分かるものは分かってしまったのだから仕方がない。看護師の母
実際、母が看てきた患者の中にもかつて似た例があり、だから家族にも彼女にも見舞いに来たときは積極的に声をかけてやってほしいと頼んでくれていたらしい。
おかげで俺は眠りながらにして家族や彼女の近況を知れた。俺の知る未来では特にやりたいこともないからと友達にくっついて進学しようとしていた
まるで過去を改変する前の俺の人生を、彼女がなぞり始めたような奇妙な感覚。
けれども俺は、彼女がかつては入学すら果たせなかった大学に通い、心理師になりたいという夢に向かって歩き出したのを嬉しく思う一方で、彼女が時折口にする自責の念に心を痛めた。俺がいつまで経っても目を覚ませないばっかりに彼女を苦しめてしまっていることも、不安にさせてしまっていることも耐えられなかった。
だから自分の足でもう一度会いに行けるようになるまで、俺は彼女とは会わないことに決めたのだ。俺が他県に移ってリハビリに専念するなんて言えば、彼女は自分の夢や人生を
だって俺はそんな彼女を救うために、遥々
そして俺は今、ここにいる。三年ぶりに帰省した故郷の土を踏み、田舎の夏のにおいで胸をいっぱいにしている。本当に、やっとこの町へ帰ってこられた。
奇しくも死者が黄泉の国から帰ってくると言われる季節に──いつかの俺が神様からの贈り物を握り締め、彼女を救おうと走り出したのと同じ日に。
そうして門をくぐった先の神域にも、やはりまったく人気がない。しかし俺は迷わず本殿の前を通りすぎ、神社のはずれの、鎮守の森へと続く道を行く。
そこで見つけた。
気まぐれな三度目の神様は、今日も俺たちに微笑んでくれた。
されど彼女はまだこちらに気づいていない。いや、気づいてはいるけれども、杖をついて歩く足音で、地元の年寄りが来たとでも思われているのかもしれない。
そうして一心に天満宮へ手を合わせ、何事か念じている彼女の横顔を見つめて俺は
まずはあの夏、三年前の君を取り戻した奇跡について語ろう。
(了)
あの夏、三年前の君を取り戻した奇跡について語ろう 長谷川 @es78_
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