第22話 一念

 ジョージの部屋を出た僕たちは、止めていた自転車の所まで歩いていく。


「凄いことになったな」


 太田が、興奮した面持ちで、僕を見た。小川も口を開く。


「ジョージのやつ、自信満々で言っていたけど、貴子さんを盗むって、どういうことや?」


 太田が、身を乗り出す。


「そやそや、まさか貴子さんを連れ去るつもりちゃうか?」


 太田のその一言に、僕たちは思わず見つめ合った。僕は、ムキになって反論をする。


「いや、そんなことはないよ。ジョージは、心配しなくて良いよって言ってたし……それに、笑わせるって、言ってた」


 太田が、ジョージの言葉を思い出すように、宙を見つめる。


「確かに、そう言っていたな〜」


 小川が、腕を組みながら、口を開く。


「ジョージが何を考えているのかは分からないけど、予告状っていうのは面白いアイデアや。ミステリー好きの貴子さんなら、興味を持ってくれるかもしれん」


 僕は、不安げに小川を見つめる。


「お祭りに、来てくれるかな?」


 小川が、僕を見る。


「正に、そこがポイントやな。貴子さんが出てきたら、後はジョージに任せるしかない。貴子さんの気持ちを、動かせるか動かせないかは、俺たち次第やってことや」


 僕たちは、自転車に乗った。貴子お姉さんの家に向かって漕ぎ始める。走りながら、小川が僕に問いかけた。


「その予告状、どうやって渡すんや。また、窓からか?」


 僕は考える。この間は、窓を叩いても貴子お姉さんは出てくれなかった。今回も同じ方法なら、空振りに終わる危険がある。僕は、深呼吸したあと、力強く言った。


「直接、家のベルを押す」


 太田が、僕の言葉に反応する。


「そうやな、俺もその方がええと思う。礼儀正しく、正々堂々と、正面突破や」


 僕は貴子お姉さんの家に向かいながら、ジョージが言っていた、一念岩をも通す、という言葉を思い出していた。僕の強い一念て、どんな気持ちだろう。僕のお姉さんに対する想いって何だろう。僕は、また、お姉さんの笑顔が見てみたい。喜んで欲しい。そんなことを、心の中で反芻していると、お姉さんの家に到着した。


 自転車を停めると、僕たちは西村という表札が掲げてある家の前に立った。僕の心臓は、かなりバクバクと鳴っている。家のベルを押すだけなのに、なんだか怖気づいてしまう。このベルを押すことで、返って貴子お姉さんを悲しませることになるんじゃないのか。そんなことも考えてしまった。その時、僕の背中を、太田がドンと突いた。


「なんだよ」


 ぼくは、ビックリして振り返る。


「俺らもついてる」


 前にもこんなことがあった。あの時は、太田が貴子お姉さんを紹介しろって、迫ってきたんだった。僕の中の緊張が、溶けていく。何だか笑い出したくなった。


「ここが、勝負の分かれ目やな」


「そういうことや」


 僕は、大きく深呼吸をした。息を吐き出すと、迷わずベルを押す。暫くすると家の中から、おばさんの声が聞こえた。


「はーい」


 廊下を歩く足音が聞こえたあと、玄関が開かれた。おばさんが、僕を見て驚く。


「あら、ヒロ君。お友達もご一緒に……どうしたの、貴子に用事?」


 僕は、一歩踏み出した。


「ええ、貴子お姉さんと、明日、お祭りに行きたくて、誘いに来たんです」


 おばさんは、少し困ったような表情を浮かべる。


「あらそう、貴子、出てくるかしら。最近はクラブにも行こうとしないのよ」


「大変でしたもんね……」


 暗い顔をした僕に、おばさんが悪戯っぽい笑顔を見せる。


「でも、まー、ヒロ君なら、出てくるかもしれないわね。この間は、本をあげていたみたいだし、大会の時は、張り切ってサンドウィッチも作っていたからね。ちょっと、呼んでくるわ」


 おばさんは、体の向きを変えると玄関に消えた。


「貴子ー、あんたに会いに、ヒロ君たちが来てくれているのよ〜」


 家の中から、おばさんの元気な声が聞こえてきた。僕は、期待に胸を膨らませる。暫くすると、階段を駆け下りる足音が聞こえた。でも、一つの足音しか聞こえない。僕は、拳を握りしめて、玄関が開くのを待った。出てきてくれたのは、またしても、おばさんだった。


「ごめんね。貴子ったら、口を噤んだまま動こうとしないのよ。折角来てくれたのに、貴子ったら……」


 おばさんは、申し訳なさそうに僕たちに、そう告げる。貴子お姉さんは、出てきてくれなかった。僕は、すがるような気持ちで、叫んだ。気がつけば、そうしていた。


「貴子お姉さん! 怪人二十面相から、予告状を預かってきたよ。明日、貴子お姉さんを盗み出すって。本当だよ。大切な予告状だから、必ず読んでね。絶対だよ!」


 僕は、目の前で、吃驚しているおばさんを他所に、叫びきった。近所迷惑なんか、関係なかった。僕は、真剣な目で、おばさんを見つめる。


「お願いします。この手紙をお姉さんに渡してください。明日の川添まつりに、お姉さんに来て欲しいんです。きっと、お姉さんに喜んでもらえると思います」


 おばさんは、突然のことに驚いていたけれど、僕に微笑んでくれた。僕に顔を寄せると、小さな声で囁いた。


「どんな計画かは分からないけれど、貴子を盗み出してちょうだい。ずっと家に籠ったままなのよ。折角の夏休みなのにね。応援しているわよ」


 おばさんが家の中に消えると、僕は力が抜けたように、息を吐いた。そんな僕を、小川が支えてくれた。


「会えなかったけれど、やれることはやった。上出来だよ」


 太田が、僕にぶつかってきた。僕の体が、グラリとよろめく。僕の首に、腕を絡ませると、ニヤリと笑った。


「美味しいところを、持っていったな〜」


 僕は、二人を見て、顔を赤らめる。自分の行為を思い出して、なんだか照れてしまった。


「明日、来てくれると良いな……」


 僕が呟くと、小川が僕の肩を掴んだ。


「きっと、来てくれるよ」


 太田が、自転車に跨った。


「じゃ、俺たち帰るわ」


 明日、午前中に、皆でジョージに会いに行く約束をして、僕たちは分かれた。家に帰ると、母親が驚いた顔で、僕を見る。


「家の前で叫んでいたけど、何かあったの」


「別に……」


 僕は、二階の子供部屋に、駆け足で上がって行く。部屋の中にある青銅の魔人を、手に取った。中から、貴子お姉さんの幼い頃の写真を取り出す。祈るような気持で、僕は呟いた。


「明日、お姉さんを盗み出すからね」

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