五月雨れ

「やっと、ついた」


 旧Fトンネル。国道をそれて小一時間のところにあるそれは、今ではすっかり使われなくなった歩行者用のトンネルだ。そんなところに、花の女子高生であるこの私が、丑三つ時迫る真夜中にお一人様でいったい何の用があるのかと聞かれれば。


「行きますか、"一人増えてる"恐怖のトンネル」


 肝試し、である。




 オカルト研究部。それが私の属する部活動である。


 「アニメやマンガでは珍しくないが、リアルに存在するのはあんまり聞かない。

  メタなところもオカルティックだろう?」


 などと。桜散る放課後、勧誘のチラシにまんまと誘い出された私へ向けて、部長の肩書を持つ先輩は言った。


 「それで、先輩以外の部員はどちらに?

  どうやらこの狭い部室にはいらっしゃらない様子ですが」

 「あぁ、みんなもう帰宅している時間だろう。

  どうやらこの狭い部室には彼らの青春はおさまららなかったらしい」

 「幽霊部員ですか。それでよくお取り潰しになりませんね」

 「学園 7 不思議、その2さ」


 ぶい、と手をだす部長を語る先輩。


 「まぁなんでもいいです。

  部として今年 1 年、存続する見込みがあるなら。それで」

 「1年生は入部必須、なんとも時代錯誤な話だよね。

  こちらとしては助かるけれども」


 私は"入部届"と書かれた紙を差し出し、先輩はそれを受け取った。


 「ご入部どうも。この部室は自由に使って。部会は毎週金曜、この時間ね」

 「はい。なるべく顔は出しますよ」

 「あれ、てっきりアナタも幽霊になるクチかと思ったけど」

 「……入部する以上、活動してるのであれば、義務は果たします」

 「ははっ、変なトコで律儀だね。じゃあ――こういうのは、興味ある?」


 これが、金曜深夜の裏部会。"肝試し"最初のお誘いであった。




 「イヤホンよし、スマホよし、靴紐よし」


 旧Fトンネル。ネットを中心に広がるその伝説は、曰く、数人のグループが喋りながら入ると、いつの間にか会話に1人、知らない声が紛れてくる、というものだ。それは、このトンネルが冥界につながっていて、あちらの人が遊びに来ているのだと言われている。

 大方、トンネルの反響で聞き慣れなくなった誰かの声を、そう錯覚した、というところだろう。しかし、もし、本当に一人増えるのだとしたら。私はそれを、確かめなくてはならない。




 「いやぁ、今回も面白いぐらい何もなかったな!」


 季節は進み、6月。オカルト研究部は、着々と活動を積み重ねていた。春先にはまだ、私と同じような一年生が数人、顔を出していたが、早々に幽霊と化した。結果、この狭い部室には先輩と私の二人だけが残された。


 「面白かないですよ。毎週毎週、深夜の歩け歩け大会。

  もっと近場のスポットは無いんですか」


 肝試し翌日の筋肉痛を思い出し、自慢の美足をさする。J支城跡の霊、G公園の遅咲き桜、旧旧F市廃病院の声、エトセトラ。どこもかしこも、小一時間かかる位置にある上、時間は深夜。交通機関は皆無だ。


 「近場ねぇ。あるにはあるけど、いまいちピンと来ないんだよなぁ」

 「お車を持つ協力者を探されては?」

 「常識的な大人が、深夜の危ない遊びを止めないワケがないだろう」


 そんな危険な活動、いっそお辞めになったらいかがです? ――そう返すことが出来ない程度には、私もこの非日常を楽しんでいた。そもそもが出席義務もない、むしろ校則違反でさえある裏部会である。最初から、断る選択肢は存在した。


 「さて、じゃあまぁ、今日も活動、始めますか」


 ヴン、と狭い部室にPCのファンの音が鳴る。先輩はモニターに向かい、デスクトップPCの電源を入れた。

 学校裏サイトならぬ、部活動裏サイト。F市内心霊スポットのリアルなルポがウリの、怪しい読み物。その運営がオカルト研究部の、というか先輩の、主な活動であった。

 カタカタカタ、と、一定のリズムでよどみなく打鍵する先輩。SDカードのハブがチカチカと光る。オーディオレコーダーとビデオから抜き取ったそれらには、面白いくらい何もないリアルな現実が入っているはずである。ヘッドホンをし、執筆に集中しはじめた先輩を後目に、今日出た課題を黙々とこなす。


 入部の動機は、単純に、楽そうで人が少なそうな部だから、というだけだった。もともと人が多い所はあまり好きでない質で、集団行動も苦手であった。とはいえ幽霊部員になったらなったで、家に居る時間が増える。それもまた私にとっては避けたいことだった。だから、活動がゆるく、幽霊部員の多いオカルト研究部は、渡りに船だと思った。

 実際、この部は私にとって都合が良かった。義務は果たします、などと啖呵を切ったが、そもそもが部員1名で成り立っている部である。調査・取材・執筆・編集・パブリッシュ。あれもこれも先輩だけで用は足りていた。課せられる義務など何もなかった。形だけの責任感は一瞬で崩れ、素朴な好奇心だけが残った。


 この先輩は、どうしてここまで熱心にオカルトを追うのか。


 単に好きだから、というのはあるだろう。先輩の知識は玄人はだしのそれである。愛、執着、何かしらの情念が源泉なのは間違いない。

 では、その場合、私の存在はどう解釈すべきか。一人きりで完結している情熱の世界に、私という異物を紛れさせる意味はどこにあるのか。

 最高学年になって、残していく部を憂いた? ――否。そうであるなら、手伝いの一つでも強要するのではいか。この二ヶ月で私の身についたのは、多少の体力だけである。

 一人が寂しくなった? ――否。少なくとも表面上は。肝試し、というフレーズのもつパーティ感ある側面を、先輩との活動に感じたことはなかった。スポットに付くまでは言葉も交わす。が、一旦ついてしまえば先輩は寡黙だった。


 うん、やはりまだ結論は出ない。訊けば答えてくれるかもしれないが、文化部の引退は12月ごろ。まだまだ長い付き合いになる人だ。秘密の一つも有るほうがうまくいくだろう。

 黙々と勧めていた課題も一段落したし、飲み物でも買って来ようか。先輩は何を飲むだろう、と。モニターに向かう先輩の横顔に目をやる。


 ――それは不吉で、禍々しい笑顔だった。


 その日、先輩は失踪した。




 時間は過ぎ、今。先輩の失踪から6ヶ月。旧Fトンネルの中、入り口から5メートルほど入ったところで、私はイヤホンの再生ボタンを押す。


 「ねぇ、オカルトって、本当にあると思う?」

 「なんですか、藪から棒に」

 「まぁまぁ。最近の若い子の意識調査、みたいなさ」

 「若いって、たった2つしか違わないじゃないですか」

 

 骨伝導で伝わる2つの声。先輩の失踪直前、肝試しで録った何気ない雑談。いつかの先輩は、旧旧F市廃病院へと向う道すがら、まさにこの場所で、そう切り出した。

 歩みは止めず、耳に入った言葉をそのまま、自分の口から吐き出していく。


 「霊魂とか呪いとか、そういうのって実際あるのかねぇ」

 「霊魂はともかく、呪いはあるんじゃないですか? たとえば、

  小学生のころ何気なく言われた悪口がずっと胸に残っている、みたいな」

 「はー、現代っ子な解釈だね。嫌いじゃあないけど」


 記憶にある通り、聞こえてくる先輩の声は明るく、数日後に失踪するとは思えない。だからこの録音は、調査を後回しにしてしまっていた。あの日、あの瞬間に先輩を変えてしまったのは、もっと劇的な写真や映像だとばかり思っていたから。


 「そういう、結果としての呪いは、まぁあるだろうさ。

  理不尽にもつきまとう負の総称。

  過ぎてしまったことを片付けるためのシステムとしての呪いはね」

 「はぁ」

 「でもそうじゃなくてさ、原因としての呪い、

  どうしようもなく説明のつかない始まりみたいな力。

  そういう呪いは、信じるかい?」

 「……なんだか難しくてよくわかりませんが、それなら――」


 努めて平静に。当時のように、なんでもない調子で。私の言葉で、それに答える。


 『私は▓▓と思います』


 自分のものとは思えない声が、重なった。


 「へー、そんなもんか、イマドキっ子は」

 「いやいや、納得しないでくださいよ。

  というか質問の意図をもっと噛み砕いてくださいな」


 トンネルの出口に差し掛かる。イヤホンからは、延々と二人の声が聞こえてきた。月明かりが、やけに目にしみた。

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