つままれて、つつまれる。

青海月

お稲荷さまの、言う通り?

 俺は国語が――特に古文が苦手だ。だからこの時間は、とても眠い。けど隣の席のの宗旦そうたんという女子が寝かせてくれない。俺が舟を漕ぎ始めると、コイツが何故か頬を摘まんでくるのだ。


「っ゛?!」


 しかも、そこそこ力が強い。せめてもうちょっと手加減して欲しい。



「なぁ、何でいつも起こしてくんの?」


「だって赤点取るのイヤでしょ?」


「うっ……。それは、確かにそうだけど……」


 その直後の昼休みに思い切って理由を聞いてみたら、普通に正論だった。実際に去年は毎回補習だったので耳が痛い。それを俺が水筒の熱湯を「赤いきつね」に注ぐ様子を涼しい顔で見ながらぶっきらぼうに答えやがったせいか、胸も痛い。そしてそれすらも絵になるほどの顔面偏差値の高さが、余計に俺の心を煽ってくる。


 ――そういえば、コイツにはもう一つ不可解な事がある。


「ところでお前、何でメシ食わないの?」


 そう、コイツは昼メシを食わないのだ。だから昼休みはいつもこうして、俺が「赤いきつね」を作って食う様子を見てる。ただただ、じーっと見てる。別に食べづらいわけではないが、さすがに気になる。


「えーっとね……そんなたくさん食べらんない体質、だからかな?」


 少し考えてから、彼女はそう答えた。


「ええっ、マジか……。腹減らない?」


「うん、大丈夫。アンタがそれ食べてるトコ見てるだけで、アタシもお腹いっぱい」


 何だそれは。一体どういうことだ。しかし食事があまりできない体質とは……何か、そういう病気なのだろうか。だとしたら――。


「同情しないで。命に別状は無いから」


「?!」


 思考を、読まれた、だと……? マジでどうなってんだコイツ。ムカつくし意味が分からない。でも可愛いから許――せる気がするのは何故だろうか。



 そんな日常を何回か繰り返した後のある夜、俺は溜息を吐きながら、シャッターだらけの商店街をトボトボ歩いていた。とうとう、今のバイト先の本屋も潰れる。いつかこうなる気はしてたが、こんなにも早く、そして急にその時が来るとは思ってなかった。


 月だけは綺麗な空が、懐を余計に寒く感じさせる。秋風に凍えながら歩いていると、不意に目の前に人影が現れた。それはこちらに向かって……走ってくる?!


「えっ、宗旦? 何で……何で!?」


 人影の正体は宗旦だった。しかし俺がそれに気付くより先に、コイツは俺を抱き抱えて走り出していた。その食い物をほぼ受け付けない細い体のドコに、そんな体力があるっていうんだ……。


「向こうの大通りで大きな事故が起きて、アンタが巻き込まれる未来を予知した。だから助けに来たの」


「はぁ?!」


 だが次の瞬間、何かが激しく衝突したような大きな音が聞こえてきた。大通りの方を見ると、煙も上がっている。コイツ、まさか本当に……いやまさか、そんな非科学的なこと……。



 ――なんてことをぼんやり考えている間に、近くの公園に辿り着いており、俺はそこで降ろされた。ひとまずお礼を言おうと、肩で息をする宗旦に向き直る。


「ありが、と――!?」


 だが彼女の顔を見た途端、口が動かなくなってしまった。何故なら……頭にモフモフの、キツネのような耳が生えていたからだ。


「ふぅ、バレちゃったか……。そうだよ。アタシ、人間じゃないの」


 深呼吸をして、彼女はそう語った。俺は脳の情報処理が追い付かず、フリーズしてしまう。だがそんなことはお構いなしに、コイツは話を続ける。


「今からずーっと昔、ウチらのご先祖様がこの辺りに住んでる人達に助けてもらったんだって。それ以来、ウチら一族はこの土地に住んでる人々を見守ってきてたの」


 そういえばガキの頃、死んだ爺ちゃんからも似たような話を聞いた気がする。


「そしたらアタシ、見っけちゃったんだよね。ウン十年に一度レベルでツキの無い同世代の男子を」


「もしかして、それって……?」


「そう、アンタのコト。だから気になって、近くで様子見とこうって思って」


 確かに俺は、どちらかと言えばツイてない方だと自分でも思う。でも正直、授業中に馬鹿力で起こされたりするのは余計なお世話だと思――。


「そーだね、勉強とか就職とかそういうのに関しては、アンタ自身の努力次第だと思う。けどお金のコトとか恋愛のコトとかは、どうしようもないと思うんよ。例えばバイト先の閉店とかって、アンタの力だけじゃどうにもならないでしょ?」


 また思考を読まれたが、そんなことがどうでも良くなるくらい、後半の発言が心に深く突き刺さった。


「じゃ、じゃあ、どうしろと……?」


 俺が尋ねると、宗旦は急に距離を詰めてきた。目の前に顔があり、今にも唇同士が触れそうだった。それだけでもどうにかなりそうなのに、コイツは更に抱き着いてきて囁いた。


「これ以上不幸にならないように、アタシが傍に居てあげる」


 普段なら上から目線な言い方にムッとしているところだが、今は心臓がバクバク言っていて、何も考えられなかった。


 ……呆然としている間に、温もりが離れていく。その後も暫くは放心状態だったと思う。意識が戻ってきたところで、彼女は俺にこう告げた。


「ちなみにだけど、アタシが人間になったら――人間の食べ物を口にしたら、結婚もできるようになるよ。だからもしその気になったら、『赤いきつね』を一個ちょーだい?」


「?!」


 ……そっか、だからメシを食わないのか。


「そうだな、俺の未来がお前の予言通りになりそうなら考えてやる」


 それを聞いた彼女はニッと微笑むと、何処かに姿を消した。その後もずっと、俺の心臓はバクバクしていた。

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