13:美少女キャラ人気投票で一位が有名少年漫画のキャラだとモヤる

 月曜日になり、新たな一週間がはじまった。


 商業漫画の原稿ファイルは、午前二時過ぎに出版社の編集部へ送信した。

 細部の手直しにギリギリまで手間取ったが、まず出来栄えは悪くないだろう。


 その後は朝まで四時間ほど寝て、欠伸あくびみ殺しながら登校した。

 午前中の授業は、相変わらず一、二時間目を居眠りして過ごす。

 だが三時間目がはじまる前、小休憩の時間になっても、眠気は抜けなかった。

 たぶん原稿〆切を乗り越えた安堵感のせいで、脱稿直後にはよくあることだ。



 ――今日は、次の時間も居眠りしようかな……。


 俺は、自分の席に座ったまま、そんなことを考えていた。


 ところが、意思とは反対に少しずつ目が冴えてくる。

 覚醒をうながされた要因は、教室内の状況にあった。


 俺の机から然程さほど遠くない場所で、クラスメイトが何人かで談笑していたせいだ。

 二年一組のリア充グループに属す連中が中心で、和気藹々わきあいあいと盛り上がっている。

 快活なやり取りと、時折起こる笑い声は、聴覚を刺激せずにおかなかった。


「――だから『今日はこれ食べよう』のドラマ、本当に面白いんだって!」


 活力に満ちた声音は、春海唯のそれだった。


東浜ひがしはま真人まさとの演技も最高だし、劇中に出てくる料理も美味しそうだしさー」


「マジかよー。でもオレはやっぱ苦手だなあ、漫画の実写化ってさあ……」


 すぐそばで会話に参加していた男子は、春海の意見に賛同できないみたいだ。

 ただし否定的な態度を取りつつも、あくまでさわやかな笑顔は絶やしていない。口振りも嫌味を感じさせず、聞き手を不快にさせるものはなかった。

 この男子の名前は、高城たかぎつよし。陸上部所属のイケメンだ。


「もー食わず嫌いしないで、高城も色々観てみなよー。最近は原作漫画のやつでも、凄く出来がいいドラマ増えてるんだからホント!」


 春海は、尚も食い下がって、漫画の実写化ドラマに関して力説している。


「『今日はこれ食べよう』の他にも、最近だと『生き恥』や『愛うず』だって元々は漫画原作ドラマなんだよ? ヒット作ばっかじゃん!」


 ……ちなみに『今日はこれ食べよう』の原作は、大人気女性漫画家の作品で、いわゆる「グルメもの」に属す内容だ。『生き恥』と『愛うず』の原作は恋愛漫画。

 いずれも女性向け作品だが、俺も一応タイトルぐらいは知っているし、実際に単行本で読んだものもある。

 もっとも残念ながら実写ドラマの方は、すべて未視聴だが。


「ふーん、そっか……。言われてみれば、たしかにそうかもなあ」


 高城は、軽く首をひねる仕草を見せたものの、やはりさわやかに微笑していた。

 次いで若干の間を挟んでから、他の仲間にも同じ話題を振ろうとする。



「ところで紘瀬は、なんか好きな漫画原作ドラマとかある?」


 高城が名指しで問い掛けたのは、朱里だった。

 リア充グループの視線が、そちらへ集まる。


「え、私? えっと、うーん。そ、そうね――」


 朱里は、多少あわてたような素振りをのぞかせた。

 そうして思案したのち、ぼそっと答えをつぶやく。


「……『花丸タイガー』とか、かな?」


「あー、あれかあ。たしかにドラマ面白かったかも。主演の芦辺あしべひとしハマってたし」


 春海は、得心したような声を上げ、大きくうなずく。

 しかし幾分、虚をかれたみたいな反応でもあった。


「ていうか少し意外な回答だわ。もっとキラキラしたやつが好きかと思ってたから」


「いや逆に紘瀬らしくね? だってあれ勉強の話じゃんか。やっぱ真面目だなって」


 春海の所見に対して、高城はやんわり反論する。


 朱里は「あ、あはは……」と、目を横へらしながら愛想笑いしていた。

『花丸タイガー』の原作は、一流大学合格者の輩出を目指す高校の奮闘を描いた漫画だ。

作中には実用的な学習テクニックも紹介されており、受験生が参考になる部分も多い。


「実はあれ、原作漫画も元々読んでて。それでドラマも観てたんだよね」


「へー! 漫画も読んでるんだ、なるほどねー」


 朱里が言葉を続けると、春海が感心したように再びうなずく。

 他のリア充グループの面子も、うんうんと相槌あいづちを打っている。

 それを控え目にたしかめてから、朱里はさらに話題を広げていった。


「うん、他にもいくつか原作漫画を読んでるドラマはあるんだけど――……」



 …………。


 俺は、相変わらず着席したまま、リア充グループの会話を聞くともなしに聞いていた。


 たびたび春海や高城は「ウソー」「そうなのか!」などと、朱里の話に感嘆している。

 うちの隣家に住む幼なじみが、思いのほかドラマの原作漫画に詳しくて、半ば驚き半ば喜んでいるらしい。


 ――まあ朱里が読んだっていう漫画、ほとんど俺が買ったやつなんですがね! 


 内心ツッコミを入れつつ、俺は一人で欠伸あくびする。

 そう。朱里は、うちへ来て部屋を掃除したあと、ちょくちょく漫画を手に取っていた。

 今話題にしている作品も、俺が書棚に並べていた単行本を、勝手に読んだに違いない。


 でもってリア充グループの面々は、そんな朱里の話に耳を傾けていた。

 誰もが「紘瀬さんって可愛くて勉強もできるのに、ドラマになるような漫画のことにも詳しいんだ~」みたいな言葉を口にしている。

 優等生の親しみやすい一面に触れて、ますます好感を抱いたのだろう。


 そういや以前、朱里は「みんなと感想で盛り上がったりするため」に人気漫画を読むと言っていたな。

 まさかマジでこうして、サブカルコンテンツをコミニュケーションに利用している場面にお目にかかるとは。


 でもこれは絶対メジャー漫画を朱里が話題にするからみんな盛り上がるわけで、もし俺がマイナーな美少女ラブコメ漫画とかをガチめに紹介したら絵を見ただけでも「おっぱい大きすぎてキモい」ってドン引きするやついるだろうし近年オタクという概念が一般化して社会の中で当たり前に認知されたと言われているけど本物のキモオタに対しては相変わらず人権が認められていないんじゃないかと思うわナメるな殺すぞ(思考時間〇・〇七秒)。



「そういや二組のよしのんもドラマの原作漫画、凄く詳しいんだよねー」


 にわかに春海が、思い出したように言った。


「あの子の場合は漫研所属だから、詳しいのも当たり前かもしれないけどさ」


「ふうん、漫研の子か。やっぱ春海も顔が広いな」


 高城が感心したようにうなる。


「漫研」か……。

 うちの学校の場合は、たしか正式名称「漫画イラスト研究会」だったよな。

 その名の通り、漫画やイラストを愛好する生徒が集まった課外活動団体だ。

 わりと活発に活動しているらしいが、所属しているのは女子部員ばかり。

 男子は居心地悪くて、なかなか入部する生徒がいないらしい。まあ女子だらけの空間に放り込まれて「ハーレムだ!」なんて喜べるのは、ラブコメの世界だけだよな。


 春海は、軽く肩をすくめて続けた。


「あたしよりも、よしのんとは朱里の方が仲いいんじゃない?」


「……あ、そうかも。中学の頃から友達だし」


 水を向けられ、朱里が答える。


 他のクラスメイトがそこへ口を挟んできた。

 鎌田かまた晋太郎しんたろうという、お調子者の男子だ。


「なあ、漫研の女子ってどんな感じ? けっこう可愛い子いる?」


「それ漫画の話と関係ある? 質問に下心しか感じないんだけど」


 春海が即座に切り返すと、鎌田は体裁悪そうに誤魔化ごまかしていた。

 リア充グループの中で、それをイジるような笑いが起こる。


 もっとも春海は、ひとしきり冷やかしたあと、改めて質問に答えていた。


「ひと口に漫研の女の子って言っても、本当に色々だよー。明るくて面白い子もいるし、逆に大人しい子もいるし。可愛くて彼氏持ちの子もけっこういるかな」


 春海が印象を話すと、鎌田は「ほほう……」と身を乗り出す。

 高城は「おい、少しがっつきすぎだろ」と、たしなめるようにツッコミを入れた。またグループの中で笑いが生じる。


 だがそれが少し落ち着くと、春海は再び続けた。


「あと、たまに少し変な子もいるね。好きなアニメについて語り出すと止まらなかったり、推しキャラのことは同担拒否だったりとか……。そういう典型的なイメージのタイプ」


「あー、やっぱいるのかそのテの子も……。受け止め切れるかなあ、おれ」


「待てよそれ、相手がおまえを好きになってくれる前提みたいな言い方に聞こえるぞ」


 鎌田が考え深そうに言うと、またしても高城がツッコむ。

 完全に「仲間内で共有された会話の様式美」って感じだ。

 うーん、これぞリア充グループ特有の空気感ってやつだな……。



 かくして何度目かの笑いが起こったところで、予鈴が鳴った。

 三時間目の授業開始を告げる合図だ。


 英語教師が教室に入ってきて、談笑していた生徒たちも自分の席へ戻っていく。


 俺は、漫画のネーム作成で使うノートを取り出し、机の上に広げた。居眠りする計画は中止して、結局この授業は「内職」にはげむことにする。


 ……と、いつかと同じ視線を、不意に感じた。

 やや斜め後方から、こちらへ射るような眼差しを注ぐ気配があった。

 それとなく振り返ってみると、朱里が複雑な表情で俺を見ている。

 不機嫌そうというわけじゃないが、いまひとつ心情は読み取れない。


 ――朱里のやつ、いったい何だってんだ? 


 今日も俺の内職をとがめようとしているのか……とも考えたが、ちょっと普段と雰囲気が異なっている。面持ちにつかみどころがなかった。


 さらにあれこれ思案してみたものの、やはり幼なじみの思考はわからない。

 それですぐに悩むのがバカらしくなり、授業中のネーム作業に取り掛かった。

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