第3話 鬼人族の村

 僕は師匠の家を出てから、人族の大陸があるという方向を目指して進んだ。森の中を歩いていると霧が出てきた。視界が悪いので気配感知をしながら歩いていると、気配感知に反応があった。どうやら、ホーンベアだ。僕は最後の腕試しのつもりで戦いを挑んだ。


 

「グォ――――」



 ホーンベアは鼻の上の角を突き出して僕に突進してきた。それをジャンプして避け、同時に、『ウインドカッター』を発動する。だが、ホーンベアの硬い毛に弾かれた。




 “やっぱり強いな。少し魔力を上げようかなぁ。”




 ホーンベアが手の爪を長く伸ばして攻撃してくる。見ると、太い木が鋭い爪に切られていた。




 “あの爪はまずいな。”




 僕は瞬時にホーンベアに近づいて後ろに回り込み、拳を何度もお見舞いしたが、ホーンベアにダメージはないようだ。再びホーンベアが鋭い爪で攻撃してくる。仕方がないので僕は翼を出し上空に退避した。そして、魔力を高めて魔法を放つ。



「サンダー」



 稲妻がホーンベアに直撃した。さすがのホーンベアも相当なダメージを受けたようだ。地面に転がっている。そこで止めの魔法を放った。



「シャドウアロー」



 黒い霧状のものが無数の矢に形を変えてホーンベアへと降り注ぐ。土煙が収まると、そこにはホーンベアの死体が転がっていた。僕はそれを空間収納に入れて再び歩き始めた。


 しばらく歩いていると大きな川があった。お腹がすいたので、ホーンベアを解体して肉を焼いて食べていると、肉と血の匂いにつられてゴブリン達がやってきた。緑色の肌をして背が低く、ボロボロの武器を手に持っている。どうやら、僕の食べている肉を狙っているようだ。まだ、背丈の低い僕のことを弱者とみて襲うつもりなのだろう。



「ギャギャギャ」



 何か仲間同士で意思の疎通でもしているのだろうか。余裕をかましてゴブリン達を観察していると、思いがけず後ろから矢が飛んできた。後ろを振り返ると後ろにもゴブリン達がいる。




 “囲まれたかな?”




 どうやら矢の先には毒が塗ってあるようだ。緑色の液体がついている。僕は風魔法の加速を使って前方のゴブリンに近づき、手刀で首の骨を折っていく。ゴブリン達は逃げながら武器を振り回しているが僕にはあたらない。



「グギャギャギャ」



 森の中から二回り身体の大きなゴブリンが現れた。リーダーのホブゴブリンのようだ。手には眩しく光る剣が握られていた。




 “どうやって手に入れたんだろう? あの剣ほしいな~。”




 他のゴブリンには目もくれず、ホブゴブリンの近くまで来た。



「グギャグギャ」



 ホブゴブリンは剣を振り下ろしてくるが、ものすごく遅い。僕は手刀でホブゴブリンの手首から先を切り落とし、ホブゴブリンの持っていた剣を奪うと、その剣を横一文字に振りぬいた。ホブゴブリンの身体が上下2つに分かれる。その様子を見て、他のゴブリン達は森の中に逃げ込んでいった。僕は川に行って剣を洗い、空間収納に入れてその場を立ち去った。



 川沿いに歩いていると他の魔族がいた。この世界に来てから師匠以外に会う初めての人だ。



「すみません。」


「あら、どなたかしら?」


「はい。僕はシンと言います。修行の旅をしています。」


「そう。小さいのに大変ね。私はメグよ。ここは鬼人族の村よ。あなたの種族は?」


「ええ?! 種族ってなんですか?」


「自分の種族も知らないの?」


「はい。気付いたら一人でいて、師匠と2人で暮らしていましたので。」


「そう。でも、翼があるし、調べればわかるんじゃないの?」


「そうですね。今度調べてみます。」



 僕は笑って答えた。



「不思議な子ね。私の村に来る?」


「是非連れて行ってください。」



 僕はメグさんについて行った。鬼人族はその名の通り頭に角がある。1本角の人もいれば2本角の人もいる。男性は体が大きく筋肉質だ。女性は男性ほど大きくないが豊満な人が多い。肌の色も赤っぽい人もいれば青っぽい人もいる。何か不思議な光景だった。家は森の木を切り倒して作ったのだろうか、単純な作りになっていた。



 メグさんと一緒に村に入ると、皆が僕を見てきた。他の魔族が来ることが珍しいようだ。



「私の家に来る?」


「いいんですか?」


「いいわよ。」



 メグさんの家について行ったが、家の中には誰もいなかった。



「メグさんは一人で暮らしているんですか?」


「そうよ。以前、この村がサイクロプスに襲われたことがあったのよ。その時にこの村でも大勢が死んだわ。私の家族もその時死んだのよ。」


「そうだったんですか。すみません。」


「あなた優しいのね。そういえば、あなたさっき修行の旅って言ったわよね?」


「はい。師匠に“魔族は10歳になると修行の旅に出る”って言われて、旅に出たんですけど。」


「別にすべての魔族じゃないわよ。鬼人族にそんな習慣はないもの。でも、確かに悪魔族や堕天使族、バンパイア族のような種族にはそんな習慣があるって聞いたことがあるわよ。」


「今度師匠にあったら聞いてみます。」



 その日僕はメグさんの家に泊めてもらうことになり、夕食は森で仕留めたホーンベアの肉を焼いて食べた。メグさんは鬼人族だけあって食べる量が半端ない。夕食後、師匠と同じようにメグさんと一緒に寝た。師匠もメグさんも子どもの僕には全く警戒心がないようだ。




 “子どもって素晴らしい!”




 翌日、メグさんより早く起き、水くみをして朝ご飯の用意をしていると、メグさんが起きてきた。



「ごめんね。シン君。寝坊しちゃったわ。」


「いいですよ。師匠と暮らしていた時も同じようにしていましたから。」


「シン君は働き者なのね。」



 メグさんと一緒に朝食を食べていと何やら外から叫び声が聞こえてきた。



「メグさん。何かあったんですかね?」


「私、外を見てくるから。」



 メグさんは外に様子を見に行った。



「キャ――――――」



 メグさんの悲鳴だ。慌てて外に出ると、目の前に10m近くある一つ目の巨人がいた。サイクロプスだ。そしてサイクロプスの手にはメグさんが捕まっていた。



「放せ!」



 サイクロプスに叫んだが、サイクロプスは魔物だ。言葉が通じない。



「シン君。逃げて―――!」



 僕は空間収納から剣を取り出し、サイクロプスの腕に切りつけた。サイクロプスの腕から血が噴き出し、掴んでいたメグさんを地面に落とした。



「メグさん。隠れていてください。」



 怒ったサイクロプスはその巨大な手で僕を攻撃してくる。メグさんを見ていた一瞬のスキの出来事だった。僕はサイクロプスに叩かれ、大きく飛ばされ家の壁に叩きつけられた。家の壁には大きな穴が開き、倒れている僕の口からは血が流れる。



「グホッ」



 鬼人族達も黙ってやられているわけではない。手に剣や斧を持ってサイクロプスに挑んでいく。サイクロプスの足に攻撃を集中させているようだ。堪らずサイクロプスは転んだ。しかし、次の瞬間サイクロプスの目から強烈な光線が出た。地面も家も切り裂かれる。



「危ない!! 避けろ!!」



僕の声もむなしく、鬼人族達が何人も身体を切断されて倒れている。


 


 “魔力を上げるしかないかな。”




 僕は剣をしまい、魔力を開放していく。そして、魔法を放った。



「シャドウ波」



 僕の手のから真っ黒な光が放たれた。その光がサイクロプスの身体の周りを囲む。サイクロプスの体中から血が噴き出している。



「グァ――――」



 サイクロプスはあまりの苦痛から暴れ始め、周りの家が破壊される。鬼人族達も必至でサイクロプスに攻撃をしているが、鬼人達は暴れるサイクロプスに叩き飛ばされている。




 “このままだと被害が大きくなっちゃうな。”




 鬼人族の中から一際体の大きな個体が前に出た。どうやらこの村の長のようだ。彼は長い槍をもってサイクロプスの目をめがけて飛び刎ねた。だが、サイクロプスも目を庇うようにして、鬼人を叩き落とす。さらにサイクロプスは鬼人を叩き潰そうとしている。僕はすかさずサイクロプスに魔法を放った。



「エアーカッター」



 目に見えない“かまいたち”がサイクロプスの手に当たった。一瞬サイクロプスのガードしている手が下がり、サイクロプスの目ががら空き状態になった。鬼人はすぐに起き上がりジャンプして、サイクロプスの目に槍を突き刺した。僕はそのタイミングで魔法を放った。



「サンダー」



 サイクロプスの目に刺さった槍に巨大な雷が直撃する。サイクロプスをみると口から煙を吐いて絶命していた。



「やった――――! 倒したぞ――――!」



 隠れていた鬼人達が家の外に出てきた。そして、地面に降りた僕の近くにはメグさんが駆け寄ってきた。



「シン君! 大丈夫? 怪我はない?」


「はい。大丈夫です。」


「シン君は強いんだね。」


「いいえ。僕はまだ修行中ですから。」


 

 怪我をして倒れている鬼人族の族長のところまで行った。



「怪我は大丈夫ですか?」


「ああ、おかげで助かったよ。君の名前は?」


「はい。シンです。」


「オレはこの村の長をしている。ギガントだ。ありがとうな。」



 空間収納から師匠にもらった薬を取り出して、鬼人族のみんなを治療して回った。



「坊主。ありがとうな。」



その日、鬼人達は犠牲者の遺体を丁重に葬り、転がっていたサイクロプスの遺体を処理していた。

  


「今夜、犠牲者の弔いを兼ねて宴会をするのよ。この村の救世主なんだから、シン君も参加してね。」


「はい。喜んで。」



 僕はこの世界に来て初めて怪我らしい怪我をした。以前師匠に言われた通り、僕には自己回復の能力があるようだ。サイクロプスとの戦闘で傷ついた身体はすでに元に戻っている。



 その夜は宴会が行われた。参加した僕には果実水が用意され、サイクロプスの肉も出されたが、人型の魔物の肉は食べる気がせずにいた。そこにメグさんがやってきた。



「シン君。ありがとうね。おかげでこの村も救われたわ。ところで、なんでお肉食べないの? 美味しいわよ。騙されたと思って一口食べてみて。」



 せっかく出されたのに、一口も食べないのは申し訳ない。僕は恐る恐る肉を口にした。



「美味しい! メグさん。これすごく美味しいです!」


「そうでしょ。 サイクロプスの肉は私も初めて食べたけど、こんなに美味しいとは知らなかったわよ。」


 

 そこに鬼人族の長のギガントさんがやってきた。



「シン君はどうしてそんなに強いんだ?」


「師匠に教えてもらって修行しましたから。」


「師匠?」


「はい。ナツさんって言います。」


「―――――ナツ?! 魔族最強の一人のナツ様か?」


「ええ――――――?! 師匠ってそんなに有名なんですか?」


「ああ、有名も何も、あの方のことを知らない魔族なんかいないぞ!」


「でも、優しかったですよ。」


「そうか~。俗世間のことが嫌いで一人で暮らしていると聞いたが。君はナツ様の弟子なのか? 君が強いのも納得だ!」



 師匠の知らない一面を知った気がして嬉しかった。まだ旅に出たばかりなのに、無性に師匠に会いたくなる。そんな、僕の気持ちを察したのか、メグさんが小さな僕の身体を抱き寄せてきた。



 鬼人族の村にはその後、3日ほど滞在したが、再び修行の旅に出ようと思いメグさんに話した。



「本当にもう行くの?」


「はい。まだまだ修行の途中ですから。」



 メグさんが僕を抱きしめてくれた。そして、いよいよお別れだ。



「またいつか立ち寄ってね。」


「ありがとうございます。」



 ふたたび人族の大陸に向けて旅に出た。

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