第2話 ナツ師匠との生活

 ナツと出会った翌日からシンの修行が始まった。同時にナツの呼び方も“師匠”になった。師匠の指導は厳しく、何度も怒られた。



「シン! 何度言ったら分かるんだ! もっと集中して魔力を高めるんだ!」


「私がやるのをよく見ていな!」



 師匠が魔力を高めると指先が明るく光り、その指先から火炎放射のように火が噴き出した。



「すごい! すごいです! 師匠!」


「当たり前だ! これなんぞは初級の火魔法だ! 早くこのぐらいできるようになれ!」



 僕は何度も何度も練習した。師匠が見ていないところでも練習した。こんなに努力したのは生まれて初めてかもしれない。魔力が切れて、気絶しそうになったこともあった。


 4日ほど練習して、やっと指から火が出た。そう、火が出たというレベルだ。師匠の火炎放射のような火とは全然違う。だけど、何故かすごく嬉しかった。



「師匠。僕、火を出せました。」



 僕は師匠にやって見せた。すると、指から小さな炎が出た。



「ハッハッハッ。シン。それではゴブリンすら倒せんぞ! もっと練習に励め!」



 練習を始めて1週間ほどたった時、師匠が家を留守にした。僕は一人、庭で魔法の練習をしている。休み休みやらないと魔力が切れてしまう。僕が休憩して井戸で水を飲んでいると、森の方からブラックボアが出てきた。




“おおっ――――! やばい! 殺される!”




 僕は音を立てないようにそっと遠ざかろうとしたが気づかれてしまった。ブラックボアが僕に向かって一気に突進してくる。必死に逃げるが、すぐに追いつかれブラックボアに尻に体当たりされた。その結果、僕は地面をコロコロと転がる。



「グフッ 痛ててぇ」



 ブラックボアが再び僕に向かってきた。今度は口の牙で襲うつもりのようだ。絶体絶命のピンチだ。




 『魔法を放て』




 どこらからか声が聞こえたような気がした。僕は必死で魔力を指にこめ火魔法を放つ。



「ズドッドッ―――――――ン」



 ものすごい音と同時に、信じられないほど巨大な炎が放たれ、直撃したブラックボアはすでに焼け死んでいた。




 “助かった~。―――――でも、あの声誰だろう?”




 魔力の切れた僕が家の中に入って寝ころんでいると師匠が帰ってきた。



「シン。何かあったのか?」


「はい。ブラックボアが出て、それで、僕、必死で、・・・・ワ――――ン!」



 僕は張りつめていた緊張の糸が切れたのか、師匠に抱き着いて思いっきり泣いた。その日は、普段厳しい師匠も優しかった。



「シン。あのブラックボアを丸焦げにしたのはお前か?」


「はい。僕、必死で・・・・・」


「そうか。」



 師匠は何か考えているようだった。そして、次の日から、火魔法以外にも水魔法、土魔法、光魔法、雷魔法、闇魔法、無属性魔法などあらゆる魔法の訓練が始まった。



「シン。お前の魔力量は半端なく多い。私の魔力量も魔族の中でも際立って多いが、恐らくお前の魔力量はそれ以上になるだろう。だから、まずは魔力量を調節することを学ばねばならない。膨大な魔力量は、時においてその使い方を誤れば世界を滅ぼしかねないからな。」


「はい。わかりました。師匠。」


 


 ここで、僕の日常を紹介しよう。僕は朝起きるとまず水くみをして台所まで運ぶ。そして、庭に植えてある野菜を取りに行き、野菜を井戸の水で良く洗って台所までもっていく。料理は師匠がしてくれる。ただ、味付けは塩と砂糖と謎の瓶の液体だけだ。食後は、僕が片づけをする。それから、魔法の訓練だ。お昼ご飯は食べないが、日が傾いてくると夕食になる。夕食は、お肉料理だ。毎日同じ味だが、肉料理は飽きない。そして、僕が片づけをした後、師匠と一緒にお風呂に入る。肉体に合わせて精神も退行しているようだが、なんか恥ずかしい。それに師匠の胸が豊満で目のやり場に困ってしまうのだ。寝るときは何故か僕は、師匠の抱き枕になっている。でも、この世界に来て毎日が充実している。




 魔力量を調節しながら魔法の練習を始めて、すでに1週間が経った。なんとなく、加減も分かってきた。



「シン。お前は呑み込みが早いな。魔法の強さは、込める魔力量と気力が重要なんだ。その調子でがんばるんだぞ!」


「はい。師匠。」



 師匠は、家の中に入って行った。何やら薬のようなものを作っている。今度何を作っているのか聞いてみたい。


 僕はその後もこつこつと魔法の練習をした。そしてその日も夜になり、夕食を師匠と一緒に食べている。



「師匠。いつも家で何を作っているんですか?」


「怪我や病気に効く薬だ。たまに、他の魔族にも売っているんだ。それに、そろそろシンも森に行って魔物を狩ったりするだろう? そうしたら、怪我することもあるだろうからな。」 


「魔法で病気や怪我は治せないんですか?」


「魔族にも色々いるのさ。私のように自己治癒の能力のある魔族もいればないものもいる。魔法で治せる魔族もいれば治せない魔族もいるのさ。」


「そうなんですね。自己治癒の能力ですか? 師匠は本当に凄いんですね。」


「何を言っているんだ! シン。お前にも自己治癒の能力があると思うぞ! ただ、念のために薬があれば便利だろう。」


「僕にもですか?!」


「ああ、そうだ。私の思い違いでなければだがな。」



 それから1週間後、僕は師匠に連れられて初めて森の中に魔物を狩りに行った。森の中と言ってもまだまだ浅い場所だ。それほど強い魔物はいない。



「シン。魔物の気配を感じられるか?」


「魔力を薄く伸ばしていくんですよね?」


「そうだ。それで何か感じられたか?」



 僕は師匠に教わった通り、魔力を全身から薄く伸ばしていく。そのため、魔力量の大小により、感知できる範囲が異なるのだ。



「はい。小さいのが3つほどいます。」


「合格だ! 確かにホーンラビットがいる。シン、狩ってみろ!」


「はい。」



 僕はホーンラビットのいる場所まで走った。確かに3匹いた。だが、僕が近づきすぎたせいか逃げようとしている。僕は、『アイスカッター』を放ち、2匹は狩ることができたが、1匹には逃げられてしまった。



「シン。初めてにしてはまずまずだ。だが、近づくときは気配を消さないとだめだぞ! すぐに相手に見つかってしまうからな。」



「はい。」



 師匠は僕が倒したホーンラビットを持ってきた。



「シン。解体の仕方を教えてやるから同じようにやってみろ!」


「はい。」



 師匠はホーンラビットを解体し始めた。僕も真似して1体の解体をしている。解体は僕にとってグロテスクな作業だ。そのため、あまり上手にできなかったが、師匠は褒めてくれた。

何か人に褒められることがこんなに嬉しいとは思ってもいなかった。



「シン。よくできたな。初めてにしては上出来だ。解体が出来なければこの世界では生きていけん。これも生きるための修行だぞ!」


「はい。」





 そんなこんなで師匠と生活を始めて5年が経った。僕は体も大きくなり、体術も少しだけできるようになった。魔法も師匠ほどではないがかなり上達している。ただ、気になることもある。5年経って僕は成長したのに、師匠は年を取ったようには見えない。最初にあった時のままなのだ。

 


「師匠。教えてください。」


「どうした? シン。」


「魔族の歳の取り方は人間と違うのですか?」


「15歳ぐらいまでは同じだ。だが、その後の時間の流れが違う。人の寿命はせいぜい100年だが、魔族は500年は普通に生きる。・・・・そうか。シンは私が年を取らないから不思議に思ったのか?」


「はい。」


「正直だな。」



 そしてその日の夜、突然師匠が予期しないことを口にした。



「シン。お前ももう10歳だ。魔族の10歳は旅立ちの歳だ。この家から出ていく用意をしておけよ。」


「ええ――――! 僕は師匠といたいいです。ずっとここで師匠と修行したいです。」


「ダメだ。もう、私が教えられることはすべて教えた。後は自分の力で生きていくんだ。だが、たまに帰って来るがいいさ。ここはお前の家なのだから。」


「師匠―――――!」



 僕は師匠の胸の中に飛び込んで泣いた。師匠は僕の頭をなで続けてくれた。そして僕は泣き疲れて寝てしまった。


 翌日、いつものように起き、いつものように朝食の準備を始める。師匠も起きていた。朝食を食べながら、師匠が聞いてきた。



「シン。どこに行きたい? 魔族の街か? それとも人族の大陸か?」


「人族の大陸に行けるんですか?」


「ああ、私も若い時に修行の一環で人族の街で生活していたことがある。」


「師匠は今でも十分若いじゃないですか?」


「100年ほど前のことだな。」


「えっ?! 師匠は何歳なんですか?」




 “ポカッ”




「女性に年齢を聞くもんではない!」 


「いきなり叩かなくてもいいじゃないですか?」


「ハッハッハッ」




 “この幸せな時間も終わりなのかなぁ” 




“師匠と離れたくない!”




 僕の目から自然と涙が流れた。何故か師匠は外に出て行ってしまった。




 そしていよいよ旅立ちの日だ。僕は人族の大陸に行くことにした。僕はこれから師匠の家を出ていく。旅に出る前に師匠から注意を受けた。



「シン。今から大事なことを言う。1つ目だ。目立つな! お前は白髪で赤目だ。容姿も整っている。ただでさえ目立つ存在だ。普段はその翼も隠しておくのだぞ! くれぐれも人間どもに魔族だと知られないようにしろよ。」


「はい。わかりました! 師匠。」


「2つ目は能力を隠して暮らせ! 人に知られるな。人族の中にはよからぬ者達がいる。お前の能力を知って、お前を利用しようとする輩がいるかもしれないからな。」


「はい。大丈夫です。」


「3つ目は人族の女性には恋をするな! 以前話した通り、人族と魔族では寿命が違う。悲しい思いをしたくなければ、人族に恋はするなよ。」


「はい。師匠以外の女性に興味はありません。」



 僕の答えを聞いて師匠が僕を抱きしめてきた。師匠の豊満な胸に顔が押さえられて息ができない。



「師匠。苦しいです。」

 

「元気でやるのだぞ!」


「はい。」



 僕は師匠から空間収納の鞄と薬をもらった。そして、後ろ髪惹かれる思いで旅に出た。

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