昼飯時の出会い

「ちくしょう……全敗だ」


 タケルに啖呵を切り、そこからさらにゴールデンウィークまで明けた昼飯時。1人食堂へ赴くその足取りは重かった。


 この数週間友人を作ろうと努力をしたが、どれもこれも空振りに終わっていた。


「なんなんだアイツら、人が一緒に飯食おうぜって声かけただけでカツアゲだと思いやがる」


 ある時は近づいただけで逃げられ、ある時は話しかけるとこちらが気の毒になるくらい顔を青ざめられ、またある時はこちらが笑顔で近づくとどこか諦めた表情で財布を差し出してきた。……まともに会話を始めるところからできていないんじゃ、どうしようもなくないか?


 どうすればいいんだろうか?俺はこのまま高校三年間、1人で昼飯を食う羽目になるんだろうか?


 今更タケルに泣きつくのは、男のプライド的にアレだ。絶対に許されることではない。


 ちなみにタケルとはこの数週間会ってもいない。クラスが違う上に、帰宅部の俺とは違いあっちは柔道部で放課後は忙しいのだ。


「どうする? あいつの言う通り何か部活に入るか?」


 歩みを進めながら思わず呟く。


 しかし今更部活に入ろうなんて気になれない。


 運動部に入ることも一度だけ考えた。しかし運動は苦手ではないが、昔からどうも体育会系のノリというものが肌に合わない。


 文化系の部活? 俺が? そんなの想像もできない。


 なんてことを考えてるうちに食堂にたどり着いた。


 昼休みが始まりかなり時間が経っているため食堂にいる生徒の数は少ない。いつもであればイライラするほど人が並んでいる食券の販売機も、今日は時間をかけることなく購入ができた。


「あー、やっぱほとんど売り切れてやがんな」


 ピーク時を大幅に過ぎているためろくなものが残っていない。


「……『限定 鬼辛赤ラーメン』なんて、誰が頼むんだよ」


 毒々しいまでに赤いラーメンの写真を眺めながら辛うじて残っていたカレーを購入する。


 食堂のおばちゃんにチケットを渡しカレーを待っているとどうも後ろが騒がしい。 目を向けると男子グループが販売機の前で妙に盛り上がっている。


『こいつマジで買いやがった!』

『食い切れよ!』


 何やら随分と楽しそうだ。


「……うるせえ」


 そう呆れながらも、あんなふうに騒ぎながら昼休みを満喫できる彼らが羨ましかった。


 おばちゃんに渡されたカレーを受け取り席に着く。


「…………味気ねえな」


 カレーを口に運びながらそうごちる。


 カレー自体がまずいわけではない。ただ、以前はもっと美味かったような気がする。


 この数週間でタケルの存在の大きさに気付かされた。1人でとる昼食のなんと虚しいことか。

 

「でもなあ、ここであいつに泣きつくのもなあ」


 思わず頭を抱える。あんな大見栄をきるんじゃなかった。


「はあ、ちくしょう」


 気がつけば空になったカレー皿を片付け、食堂を後にする。


 その時だった。



「すみません、ちょっとよろしいでしょうか」



 鈴の音が鳴るような少女の声。


 最初、それが自分にかけられたものだとは思わなかった。


 なにせ初めてだったのだ、こんなにも警戒心ない調子で声をかけられるなんて。


 それが自分に向けての言葉だとやっと気づいて後ろを振り返ると、そこに1人の少女がいた。


 俺が見下ろすほど小柄なその少女、やや茶色がかった髪をショートカットにし赤縁メガネをかけている。


「お、おう。なんだ?」


 声がうわずりそうだった。女子に話しかけられるなんて高校に入って初めてだ。


「財布落としませんでした?」

「へ?」


 咄嗟にポケットに入った財布の感触を確かめる。だがいつも通り財布はそこに収まっていた。


「いや、落としてねえけど」

「そうですか。ああいえ、さっき食堂で財布を拾ったものでして」

「ああ、そういう…………」


 びっくりした。急に声をかけてきたから何事かと思えば、ただの親切か。


 女子生徒はその拾ったと言う財布をこちらに見せてくる。


「これなんですけど」


 それは財布というよりも小銭入れという類だろう。薄い無地の茶色でジッパーのついた小銭入れ。


 シンプルなデザインだが、見た目から造りがしっかりとしていて上品な印象の物。


「俺のじゃねえな。こんなデザインは俺の趣味じゃねえし」

「でしょうね、なんか財布にメタルの髑髏どくろとかついてそうですしね」

「…………ついてねえよ」


 あれ? 急にこいつの印象が親切な女子生徒から無遠慮な女に変わった気がするぞ?


「ふーむ、困りましたね。誰が落としたんでしょう?」

「別にあんたが落とし主を探す必要はないだろ? 職員室前に落とし物入れみたいのがあったから、それに入れとけよ」


 たまに筆箱なんかが入ってるあれだ。


 しかし女子生徒は即座に首を横に振る。


「ダメですよ。お金の入ったものをあんなところにむき出しのまま置いておけるわけないじゃないですか」

「……まあ、それもそうか」


 妙に律儀だな。


「じゃあ、中に持ち主がわかるものなんか入ってないか?」


 人の財布を覗くのはあまり褒められたことではないが、この際仕方ないだろう。


「そうですね…………っと、うーん。中には小銭しか入ってないですね」

「まあ、小銭入れだもんな」


 一緒に覗き込めば、中には500円玉に100円玉が数枚。小銭入れにしては結構入っているが、流石に身分がわかるようなものは入れていない。


 しかし女子生徒は、あっと声をあげる。


「食券の半券がありましたよ」

「いや、それじゃ持ち主がわかんねえだろ」

「いえ、よく見てください」


 彼女が見せてきた半券には『鬼辛赤ラーメン』の文字が書かれていた。


「……こんなん頼む奴がいるんだな」

「ええ、びっくりですよね。これを頼む人間なんて間違いなく少数派です。しかも半券に書かれている購入日時は今からほんの5分前、今の食堂の利用人数を考えれば簡単に見つけ出せますよ」

「確かに」


 今の時間帯でこんなの食ってる人間なんて1人いるかどうかだ。


「じゃあ、頑張ってくれ」

 

 そう言って去ろうとするが、即座に引き止められる。


「何言ってるんですか、一緒に来てください」

「は、いやなんで?」

「落とし主を探すためとはいえ、私財布を開けちゃったんですよ? 中のお金を取った取らないでトラブルになる可能性があります。あなたには、私が1円も手をつけていないという証人になってもらわないと」

「ええ……いや、まあ、しょうがないか……」


 やや強引な物言いだが、正論だ。


 乗りかかった船だと思い諦め、俺たちは食堂に戻っていった。



 結論から言えば、『鬼辛赤ラーメン』を食べている生徒は簡単に見つかった。


 意外なことに、こんなイロモノとしか思えないラーメンを食べている生徒は2人もいた。


 1人は、友人に囲まれながら辛い辛いと悲鳴を上げながら楽しそうに食べている2年生の男子生徒。先ほど販売機の前で盛り上がっていたグループの1人で、盛り上がっていた原因はこれだったらしい。


 もう1人は、1人修行僧のような面持ちで黙々と箸を動かす1年生の男子生徒。辛さから胃の粘膜を守るためか、自販機に売られているパックの牛乳をちびちびと飲んでいる。


 この2人のうち、どちらかが財布の持ち主だと思い声をかけた。


 しかしーー


「…………おかしいです、2人ともこの財布の持ち主じゃないなんて」


 そう、2人ともこの財布のことを知らないと言ったのだ。


「他にこのラーメン頼んだのがいたんじゃねえのか?」

「いえ、先ほど食堂のおばちゃんに確認してきましたが、この時間帯に鬼辛赤ラーメンをたのんだのは2人だけだそうです」

「いつの間に……じゃあ、やっぱあの2人のどっちかか。でもなんで自分の物じゃないなんて言ったんだ?」


 財布の中には小銭だけだが結構入っている。いや、たとえ少額でも自分の財布を自分の物ではないなんて言うはずがない。


 まさか自分の財布がわからないなんてことあるわけがない。


 疑問に頭を傾げていると、目の前の少女は俯き、何やらブツブツと呟いている。


「…………持ち主不明の財布。ゲテモノ間違いなしの鬼辛赤ラーメン。どちらかが嘘をついている、でもなんで……フフフ」


 奇妙な笑い声をあげる。


「おい、どうした?」


 思わず声をかけると、少女は顔をガバッとあげる。


「これは……ミステリーです!!」

「………………はあ?」


 メガネの奥のぱっちりとした瞳が、爛々と不思議な光を放っている。


「いよいよ面白くなってきましたよ! こんな奇妙な謎、放って置けるはずがありません!」

「……おい、俺を置いて話を進めるな」


 しかし彼女は俺を無視して高らかに宣言した。


「どんな謎も、この私にお任せあれです!!」

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