優雅なランチ

「出会いが欲しい」


 思わず漏れてしまった俺の願望に、目の前にいる大柄な男、剛力ごうりき たけるは箸を止め律儀に反応を返してくれた。


「どうしたいきなり?」

「いやなタケルよ。せっかくの高校生活なのに何が悲しくて男2人で飯食わなきゃならねえんだろうなって思ってよ」

「なんだ? 俺と2人きりは不満か?」

「気色悪いこと言うなよ」


 そんな軽口を叩き合う。


 今俺たちがいる場所は晴嵐学園の食堂。高校の食堂にしてはかなり広くて立派だが、さすがマンモス校と言うべきか、昼休みにはどのテーブルも埋まっているほど人でいっぱいだ。


「それで吉岡、出会いと言うがお前は恋人が欲しいのか?」

「そりゃそうだろうよ、華の高校生活だ、華が欲しいに決まってる」

「華か」


 どうもタケルはピンときてないようだ。こいつは昔から柔道一筋で、柔道が恋人みたいな男だったからな。人間の恋人なんて自分の人生に必要ないと思っているかも知れん。


「想像してみろ、自分に恋人ができた時のことを。朝一緒に登校して、昼一緒に彼女の手作り弁当を食べて、放課後は手を繋ぎながら下校する。どうだ、素晴らしいと思わねえか?」

「吉岡お前…………普段からそんなこと考えてるのか?」

「うるせえ! 引いてんじゃねえよ!」


 一般的な男子高校生なら誰でもこれぐらいの妄想はしている。…………はずだ。


「見ろ、この学園の女子たちを。校風と相まって個性は強いが綺麗どころが多い。例えばほらあそこに居る」


 俺が指さしたのは食堂の一角を占領している男たち…………の中心にいる金髪の女生徒。


天然金髪リアルパツキン女王様、守谷もりやエリカ!」


 アメリカ人のハーフであるという守谷は、鮮やかな金髪と日本人離れした美貌の持ち主だ。


 しかし、その美貌以上に彼女を有名にしているのは、その性格だ。入学当初、彼女の美貌に惹かれて多くの男子が声をかけた。しかしその全てを守谷は切り捨てた。話しかけられても全て無視し、それでもしつこく言い寄ってくる男には罵倒と毒舌で答えたのだ。


 当然そんなことを繰り返せば反感を買いそうなものだが、男達はその守谷の態度ににトキメキを覚えてしまったらしく、今では“エリカ様”の下僕を自称する男が急増している。彼女のクラスの男子生徒はほぼ下僕となっているそうだ。


 今も守谷の周りには下僕であろう、取り巻きが群れをなしている。その存在をガン無視して食事をとる守谷は……いやはやなかなかの貫禄だ。


「今年入った1年の中でも屈指の美人だ。性格はかなりキツそうだが、Mのお前にはピッタリだ」

「俺を勝手にMにするな」


 どうもタケルはお気に召さないらしい。


「じゃあ、あの子は?」


 俺が見つけたのは友達に囲まれ楽しそうに食事する小柄な女生徒


「学園の小動物系アイドル、九条真弓くじょうまゆみ


 ついこの前まで中学生だったとはいえ、随分と幼い顔立ち、そしておそらくこの学園で最も低い身長もあいまって、とても高校生には見えない。しかしその小動物の様な可愛さと、人懐っこい性格が男女問わず人気を集め、今でやアイドルのような扱いを受けている。


「ほら見ろ、可愛らしいだろ九条」


 カレー食ってるだけなのに、それでもう可愛いもん。


 同じカレーを食ってるタケルとこうも印象が変わるかね? こっちなんて食いしん坊万歳! みたいな感じなのに。


「…………まあ、確かに」


 タケルがぽつりと呟く。


「お、おっ! なんだなんだ? お前も九条が彼女になったらなんて想像したのか?」

「い、いや。そんなわけでは」


 珍しい反応だ。冗談まじりにやっていたが、こいつが本当に女子に興味を持つなんて。


「ははは! いいじゃないか。お前と九条じゃ美女と野獣って感じだが、妄想するだけなら自由だ!」

「……余計なお世話だ」


 いつも以上に顔を顰める。


「そもそも吉岡、おまえに出会いがあったとして、この学校の校則があるかぎりお前に恋人は作れないだろう」

「ああ、あれか。無断恋愛禁止ってやつ」


 生徒の無許可の男女交際を禁ずる。


 入学してから嫌と言うほど聞いた校則だ。今日日なんでこんな訳のわからん校則を重要視しているのかいまいちわからん。 


「でもあれは確か、許可証を貰えばいいって話だっただろ?」

「どうやって貰うつもりだ?」

「そりゃあ…………勉強頑張るとか?」

「お前が勉学に励んでいる姿なんて見たことがないぞ? 入学時の学力テスト何位だった?」

「うぐ……」


 ぐうの音も出ない。


「勉学が望み薄なら部活に入ったらどうだ? お前のタッパと運動神経なら柔道部うちでも十分やっていけるだろう」

「やだよ、お前んとこ坊主強制じゃねえか」


 俺の自慢である、金色に染めた長髪を撫で上げる。


「俺のかっちょいいこの髪を根っこから切るなんて考えられないね」

「お前なあ、はっきり言うが、お前が学園一の不良だなんて言われてるのは、ほとんどその金髪のせいだぞ」


 学園一の不良。


 この学園に入学して早々俺につけられた俺の呼び名だ。特に不良らしい行為をしていないにも関わらずそんな呼ばれ方をされ、周囲から避けられている。


 実際に今も、昼飯時に混み合うこの食堂で何故か俺たちの周りだけぽっかりと空いている。6人掛けのテーブルを俺とタケルで独占中だ。


「…………別に金髪は校則違反じゃないだろ? 第一俺より派手な髪色したやつは他にもいるじゃねえか。この前なんてピンクの頭を見たぞ?」

「お前の場合その安っぽい金髪に、ガタイと、目つきの悪さが合わさって凄まじいチンピラ臭がするからだ」

「言ってくれるじゃねえかこのゴリラが。ガタイに関してはお前に言われたくないぞ」


 なにせタケルは身長180cmの俺と比べても一回りくらいでかいからな。縦にも横にも。


「俺が言いたいのは、外観を変えられないのなら、行動を変えろということだ。見た目チンピラで言葉遣いも悪い。そんな奴が勉強も部活動もやる気なし、そんなの怖がられて当然だ」

「…………うるせえ、オカンかお前は」


 タケルの言葉は正論ど真ん中。


 的確に図星をつかれたせいでまともに言い返すこともできなかった。


「そんなんだからお前は未だに恋人以前に、俺以外に一緒に昼飯を食べる友人ができないのだ」

「それこそお前に言われたかねえよ。お前こそ俺以外にダチがいるのかよ」

「……いや、普通にいるが」

「はあ!?」

「柔道部の連中とか、普通にクラスの友人とか」

「ううう嘘つけ! まだ入学して2週間くらいしか経ってねえじゃないか!」

「…………2週間だ。お前はその間何をやってたんだ」


 本当にこいつは正論しか言わないな!!


「なんなんだよお前は! じゃあなんでずっと俺と一緒に昼飯食ってたんだ!?」

「それは、まあ、……お前が寂しいかと思って」


 こ、この野郎っ。


「俺が高校生にもなって友達の1人もできない、ボッチの根暗野郎だと思って情けをかけてたっていうのか?!!」

「なにも、そこまで思ってないが……」


 ちくしょう! こいつめ!


 俺は席を立ち、去り際にとんでもなくカッコ悪い捨て台詞を吐いた。


「バーカ! バーカ! 俺を憐れみやがって! そこまで言うんだったらお前とはもう飯は食わねえ! すぐにでも新しいダチ作ってそいつと一緒に食ってやるよ! バーーーカ!!」




 結果として、それからしばらくの間俺は1人で飯を食う羽目になった。

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