第2話 魔法剣士、役に立たない

 早速黒熊を処理することにする。俺が簡単な魔法円を書き、その中に黒熊を移動させる。

 流石にこれは難儀なことだった。600ポンドもある巨体だ。女性含めて全員で持ち上げ、屍体を魔法円の中に置いた。皆んな肩で息をする。

 それから熊の頸動脈を切り裂き、腹を開けて内臓を露出した。これは幻獣の最も悦ぶ部位で慎重に取り出した。

 やはり、カーティスの予想通り内臓に傷がついていた。心臓と肺は仕方がなかったとは言え、消化器官、特に小腸と大腸が傷ついていたのはまずかった。特に大腸には糞が詰まっている。それが漏れれば肉が臭くなるのは道理だ。

 俺は若干居た堪れない気持ちになった。

肝臓と胆嚢が無事なのは、幸いだった。黒熊の胆嚢はそこそこ良い値がつくし、肝臓は食べれば精力スタミナがつく。最も今回は幻獣の餌にするのだが。

 魔法円の中に、半エルフのキアが精霊を呼び出す。

 キアは精霊使いだ。皆精霊は魔法の一種だと思っているようだが、俺は精霊の召喚が魔法なのか判断がつかない。うまくは言えないのだが、何かを召喚して力を行使するのは、その召喚した物の力であって、魔法師が行うような自らの技でもって世界の事象に干渉する、そう言った術とは原理が違う、と思わずにはいられない。

 ともあれ魔法円の中に精霊が宿った。あとは獲物が餌に釣られてやってくるのを待つだけなのだが。

「もし獲物が来なかったら、あの臭い肉が今日の夕飯だからな」

と皆に聞こえるように言った。

 俺は心の中で悪態をついた。そんなに俺を嘲って面白いか、と。


 キアが精霊と対話している。対話している間、精霊は魔法円の中に留まってくれる。なので、対話を長引かせられる豊富な神話と精霊の知識が必要となる。そして精霊が興味を持つ物語を。だ。

 キアが言うには神話学や精霊学の造詣が深まれば深まるほど長く会話ができるのだと言う。それはエルフの数千年に渡る寿命の中で研鑽してるからこそなのだろう。

 一度キアから精霊学の講義を受けたことがあるが、精霊と交感する素養がないためか、理解できないところが多く俺向きの術ではない事を確認しただけで終わった。

 なんでもエルフ以外で精霊と意志を交わせる者は非常に珍しいとのことだった。


 キアは唐突に「来たわ」と言った。

 精霊の影が揺れる。幻獣が降りてくる徴だった。どこから来るのかと、四方を見渡したら、空から急降下して来た。よく目を凝らすと鷲の頭と翼を持ち、後ろ半分が馬の獣。ヒボグリフだった。

「美しい獣だわ」

とキアが言った。確かにキメラの類としては美しい。だが、やはり自然のものではない。キメラはキメラだ。

 精霊は魔法円の中に未だ留まっている。幻獣を倒すまで精霊は留まるのだろうか。それに、あの精霊はなんの精霊だろう。


 キアと会話する間も無くヒポグリフが舞い降りてきた。ヒポグリフは周囲を警戒し、それから獲物の匂いを嗅いだ後、魔法円の中の黒熊の死体を貪り始めた。粗方食べて満足したのか、翼を広げて飛び立とうとするとヒポグリフは飛び立てない事に気が付いたようだった。俺の描いた魔法円ではヒポグリフ程の幻獣を押しとどめておくことはできないから、これはキアの呼んだ精霊の力だろうか。後で聞いてみるか。


 ヒポグリフは魔法円の中で半狂乱になっていた。ヒポグリフの武器は鷲の鋭い嘴と、獅子の前足の爪、そして馬の後脚だ。馬の後ろ足を侮るなかれ。蹴り付けられれば10フィートは吹っ飛んで、胸に大穴が開く。経験の浅い幻獣狩りハンターがヒポグリフを狩る時、前方の嘴と爪を相手にするのを嫌い、後ろから襲おうとする話を時偶聞くが、だいたい返り討ちにあって、何人かが戻らない、そんな話になるのが常だった。

 カーティスが

「よし、突っ込め!」

と号令をかけた。それを受けて、俺、カーティス、サラの前衛中衛組がヒポグリフに向かってゆく。俺よりも小柄、いや、パーティの中で一番の小柄のサラが分厚い装甲に身を包み、サラよりも何倍も大きい幻獣に突撃していく姿は、言い方が悪いかもしれないが滑稽、と言うか可笑しみ、愛らしさを感じさせるのだ。

 そして中衛の俺は、魔法円の中で暴れ回るヒポグリフを鎮める為、『蔦縛りアイヴィ・バインド』を三重にかけた。その為に太い蔦の生えている所を選んだのだ。半インチ程もある蔦がヒポグリフの前足後ろ足に絡みつく。

 動けなくなったヒポグリフに前衛の二人が襲い掛かる。中衛の俺は魔法を維持しつつ近接戦闘に参加した。

 この魔法を維持しつつ近接戦をするというのは案外と難しい。意識がどちらかに向いてしまった途端、魔法が解けるか敵の接近を許してしまうかのどちらかになってしまうからだ。

「奴の翼を殺せ!」

カーティスの指示が飛ぶ。殺せというのは翼をもぎ取れ、という事なのだろう。サラはすぐに対応して翼の根元を剣で切り掛かったカーティスも荒い息づかいをしながらも、声で自分を鼓舞しながら翼めがけて剣を振り下ろしていた。

 俺は魔法を維持しながらも、ヒポグリフに対し攻めあぐねていた。何しろカーティスとサラが左右にいるものだから、俺が入り込む隙がないのだ。

 それでもサラの方が若干剣を振り切れていない所を見て、ブロードソードで

「サラ、交代だ」

と言ってサラとポジションを代わった。ブロードソードを抜くと翼の付け根を切り始めた。

 カーティスが左翼を切り取ったと同時くらいに、俺の方も右翼を切り取った。その間、サラはブロードソードでヒポグリフの胸の辺りを突いていた。

 やがて、蔦からヒポグリフの力が抜けるのを感じ、ヒポグリフは膝をついて横に倒れた。

 俺は蔦による拘束を解き、カーティスがヒポグリフの様子を見に行くと、ヒポグリフは突然立ち上がり、カーティスの頭上を跳躍して森の中に消えていった。

 俺は、いや俺達は呆気に取られた。まさか幻獣が擬態死んだふりをするとは思ってもみなかったからだ。

 この場合、一番悪いのは誰だろうか。俺は誰が悪いとも言えないと思うが、カーティスは俺を責めるだろう、と思った。あそこで拘束を解かなかったら、カーティスが止めを刺せた、と考える筈だ。俺は居た堪れなくなった。

 俯いている俺にカーティスがポンと肩を叩き、耳元で

「誰だって失敗する」

と囁いた。

 俺は、それがカーティスなりの慰めかと思った。

 だが違った。

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