魔法剣士は不遇職?!

かほん

プロローグ

第1話 魔法剣士、失敗する

 静謐とした森の中、俺は繁みの中に潜んでいた。むっ、とする草木の匂い、やや高めの気温の中、背後の樹上には弓手ゆんでーーシータが構えていた。シータ、獣人の女でワイルドキャットの血を持つ。

 俺たちは獲物がやってくるのを待った。今回は待つのが仕事だ。間も無く此処には猪か鹿が追い立てられてくることになっていた。この獲物は俺たちの食糧、と言う意味もあるが、本来の用途は幻獣の餌だ。

 幻獣を、捕らえた獣を呼び寄せ、罠にかけ、殺す。そういう用途に使う。

 追い立てられた獣はシータが弓で止めを、俺はシータの護衛と、シータが殺し損った獣の止めを刺す役割だった。

 さて、何が追い込まれてくるのか。


 藪を突っ切る音がする。刹那、俺はこれが、鹿や猪などではない事を感じた。感は当たり、90フィート先に大型の獣がいた。

 熊だ。それも大型の黒熊ブラックベアだ。立ち上がれば10フィート近いうわ背をして、体重は600ポンドを超す。

 こんな大物にシータの弓が通じるのか。そう思った俺はワンドを左手に持ち替え、ブロードソードを抜いた。黒熊の背にシータの矢が2本3本と突き立っていく。

 しかし、それでは黒熊は止まらない。

 俺は茂みから飛び出し、『痛みの閃光ディレクト・フラッシュ』の呪文をかけた。強烈な閃光を目にうけた黒熊は一瞬動作が硬直した。その一瞬に『蔦縛りアイヴィ・バインド』の呪文をかけ、蔦で黒熊の四肢を拘束したのだが。思ったより拘束力が弱かったらしく、黒熊の強靭な四肢に蔦はちぎれ飛んでしまった。

 だがその蔦をちぎり飛ばす一瞬に、拘束されていた黒熊にシータが放った矢が右目に刺さった。次いで何本かの矢が心臓の辺りを中心に射抜いていた。。

 おれは熊懐に入るため、走り込んだまま熊の間合いの中に飛び込んだ。ブロードソードを熊の心臓に突き立てる。

 これで死ぬはずなのだが……熊はまだ戦意を失っていない。強靭な生命力だ、などと感心している場合ではない、立ち上がっている自由を取り戻した黒熊が、次にどうするか、火を見るより明らかだった。黒熊はやはりと言うか、俺に狙いを定めたようだ。強力な前足をひと凪ふた凪と擦り出してくる。

 くそ、後退はできない。俺が後退すればシータが危ない。俺は此処で踏ん張ってクマを相手にすることにした。望みがあるとすれば、此処は傾斜している斜面で俺の方が低くなっている。熊は下り坂を嫌うからな、奴らの前足では短すぎて、駆け降りることが苦手だ。更に、こいつは致命傷を負っている……筈だ。

 それにしても、これが致命傷を負っている熊の動きか?俺は戦いながら、熊の体に何回も剣を射し込んでいるのだが、中々動きが止まらない。それでも少しづつ鈍ってはいるのだが。

 そうこうしているうちに、勢子役をやっていた仲間がこちらにやってきた。

 パーティリーダーのカーティスがシールドを構えたまま、小剣グラディウスを黒熊の延髄に叩き込んだ。

 大した腕だ、黒熊の固い頸骨の隙間に突き刺すのは並大抵の技量じゃない。俺はカーティスの技を讃えるべきだと思った。まぁ、思っただけなんだが。

 

 カーティスは黒熊の損傷を確認すると、俺に聞かせるように、舌打ちした。

「獲物の内臓には傷をつけるな、と言ってただろ」

おいそりゃないぜ、と思った。だからカーティスに

「俺たちだって精一杯やったけどコイツ致命傷を受けても動いていやがったんだ」

と言った。

 カーティスはふん、と鼻を鳴らした。

「そうは言ってもな、結果がついて来なけりゃな」

とカーティスが言った。

「ちょっと、アレックはちゃんとベストを尽くしていたわ。いくら満足な結果じゃないと言ってちゃんとやってる人にその言い方は無いと思うわ」

シータが憤りながら擁護してくれた。しかし、カーティスの怒りの矛先がシータに向かうのはまずいと思い、カーティスに謝罪の言葉を口にした。

「悪かったよ。次からはうまくやるから」

カーティスは、妙な目つきで俺がを見て、「ああ、そうしてくれ」とだけ、言った。



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