1-11 愛及屋烏

「そう言われましても……ああ、多少弱いですが、縄がオウ・カジャさんの物であると証明できれば、彼による殺しの線が濃厚となりますよね?」

「うむ、それは言える」

「でしたら燃え残った首吊り、いえ凶器の縄を、どこか適当な場所に吊して、木の棒か何かで根気よく叩き続けると成果が出るかもしれません。その際には、縄の下に大きな受け皿を用意しておくこと」

「それは一体全体、何のまじないですかね」

 セキ・ジョンリが聞いた。新たな証拠探しに関しては、彼もまだ案を聞かされていなかった。しばらく黙り込んでいたせいか、声がかすれ気味だった。

「呪いではありません。石工を職業とする人物の家に置いてあった縄ともなれば、石材から出た細かな粉状の石――元は石だった物と言うべきかもしれませんが、とにかく粉状の物が数多付着しているものですよ。しつこいくらいに何度も何度も叩いていれば、その粉が剥がれて、下に溜まるだろうという目算です」

「おお、そういう理屈か」

「縄は水を被ったとはいえ、粉のすべてが簡単に流れるものでもないでしょう。縄が乾いているなら、早く試すべきだとここに進言する所存」

「あい分かった。事件の完全な解決に向け、諸々手筈整えて速やかに実行する」

 ト・チョウジュが仕種で合図すると、それを受けたセキ・ジョンリは部屋を急ぎ足で出て行った。


「思うんですけど……」

 マー・ズールイは事件解決の場に居合わせられなかったことが不服なようだった。ひとしきりホァユウに対する文句交じりの愚痴をこぼしてから、ふと話題を転じた。

「ズールイ、手がお留守になっている」

 ホァユウの注意に舌を覗かせ、年季の入った石製のすり鉢の中ですりこぎを動かし、草葉と種と粉をすり潰す。検屍に役立つ試薬作りだ。黙って精を出す。

「で、思うんですけどの続きは?」

 しばらくしてホァユウの方から促してきた。よくあることであり、ズールイはにんまりしてから話を再開する。

「オウ・カジャは、もう少し考えて行動していれば、リィ・スーマさんの嘘――試すための嘘に気が付けていたんじゃないかなあって」

「ほう。どうやったら気付けるというんだろう? 私には見当が付かないな」

「だって、リィ・スーマさんはオウ・カジャとよい仲になる前は、男と付き合うのを避けていたんでしょ。前の男に暴力を振るわれたからというんじゃなく、自分の身体に自信がないという理由だった。そのことをオウ・カジャも知っていたのに、どうして昔付き合っていた大男なんていう作り話をあっさり信じたのかなあと。甚だ疑問で、こうして時折、仕事が手に付かなくなるんです」

「それは困りましたねえ。絵解きして君の作業効率をよくしたいのに、私にもその答は分からないと来た」

 種の選別をしていたホァユウ自身、手を止めた。そうしてしばし、沈思黙考する。

「――ホァユウ師匠、どうかなさったので?」

「無論、考えているんだよ。といっても、絶対的な正解は見付からないだろうな。想像を膨らませるのみ……そうだなあ、“愛及屋烏”の境地に陥っていたのかもしれない」

「それ、『人を好きになれば、その人の家の屋根にとまっている烏までもが愛おしくなる』ぐらいの意味でしたっけ」

「そう。多くの人にとってきれいな物には見えなかった、それどころか、リィ・スーマさん当人すら醜くて恥ずべき物と感じていた胸のあざだが、オウ・カジャさんは気にしなかった。むしろ、魅力的に感じるようになっていたのかもしれない。彼が元からあざなんて気にならなかったから彼女を愛したのか、彼が彼女を愛したからあざが気にならなくなったのかは分からない。とにかくオウ・カジャさんは、自分という実例があるからこそ、リィ・スーマさんを愛した男がかつていたと聞いても、まるで疑いもしなかったんじゃないかな」

「……それが当たっているとしたら……」

 ズールイは、師匠に合わせてまた休めていた手を動かし始めた。ごりごりごりと、すり潰す音が小さく響く。

「凄く悲しくて、救われないじゃないですか。毫も疑わないくらい好きになったがために、殺すなんて」

「験屍使をやっているとよくあることさ」

 ホァユウもまた、種の選別に復帰した。

「マー・ズールイ、君も一人前の験屍使を志すからには、その辺りのことにも慣れておかなきゃいけないよ。残念ながらね」


――『屋根の墜ちた家』終わり




参考文献

・『探偵小説の「謎」』(江戸川乱歩 現代教養文庫)

・『宋の検屍官』(川田弥一郎 祥伝社)

・『法医学ミステリー 松本秀雄教授の「先生、事件ですよ!!」』(関西新聞社編 恒友出版)

・『棠陰比事』(桂万栄 編/駒田信二 訳 岩波文庫)

・『中国人の死体観察学』(宋慈 著/徳田隆 訳/西丸與一 監修 雄山閣)

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屋根の墜ちた家 ~ 愛及屋烏 ~ 小石原淳 @koIshiara-Jun

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