1-7 氷の用途

 師匠からのだめ出しに、ズールイが目を見開き、「え~っ」と情けない声を上げた。

「氷を切り出すにはちゃんとした道具――巨大な刃物がいることでしょう。あの家には見当たらなかった。元からあったとも思えない」

「オウ・カジャが持ち込んだのかも、氷と一緒に」

 ズールイの反論を、ホァユウは予想していたかの如く素早く返事する。

「だとしたら、荷車を引く彼の姿を見掛けた人も気付いていいと思うんだよね。金属の刃物を氷と一緒にしておくと、熱が伝わってどんどん溶かしてしまうから、刃物を一緒に運ぶとすれば俵の外に置くはずなんだ」

「じゃ、じゃあ犯人が持ち込んだとか」

「何のために? 普通に考えて、氷を持ち込んだ者が刃物も用意するでしょう。肉屋が軒先に家畜を吊して、『切り売りするからお客さん、刃物は準備してきてちょうだいな』とは言わないのと同じ」

「喩えはいまいちだが、理屈は分かる」

 この台詞はセキ・ジョンリ。

「だけどな、いよいよとなれば刃物がなくたって、人間、何とかしようとする。氷なら、叩いてでも落としてでも割ればいいんじゃないかと思ったんだが、どうだい?」

「そうですね。仮に、力任せに割り砕いて適度な大きさの氷を用いようにも、表面が平らでなければ、その上を歩くのは難しいと考えられます」

 指摘を受けて、言葉に詰まるセキ捕吏。代わって、またもやズールイが反論を捻り出した。

「そこで火の出番じゃないですか? 熱で溶かして平らにして……」

「時間の問題があるよ、ズールイ。一つ一つ、火であぶって平らにしていたら相当な時間を要する。近所の人に気付かれる危険性も高くなる。そして何よりも、その方法で成功するとは限らない。あやふやな可能性に賭けるくらいなら、足跡を残してでも脱出する方を選ぶものだろう」

「そっか。心中に見せ掛けようと拘るよりかは、逃げるのが優先ですよね。うーん……参りました」

 ズールイはお手上げの格好をした。役人達も同様に白旗を掲げる。

「しかしホァユウ先生、そこまで偉そうに語るからには、筋道の通った答を示してくれないと、我々も納得できんぞ」

「はっはっは、そこを突かれると弱い」

 気の抜けた笑い声を立てるホァユウに、場の空気も弛緩する。

「そりゃないな~。せめて糸口だけでも見付けないと、わざわざ出張った我らの格好が付かない」

「ええ、立場も分かります。うーん、そうだなあ。一気に解こうとせずに、積み重ねが大事な気がする、かな」

「積み重ねというと、この場合は何から……?」

「私が一番気に掛かっているのは、オウ・カジャさんが氷をリィ・スーマの自宅に運び入れた理由ですね。まず、茶屋で使うつもりがなかったのは確実でしょう。家で何に使うか。氷を使った新たな飲み物なり食べ物なりを試すため? だとしても量が多いし、お店で作らない理由が不明です。飲み食いに使用するつもりじゃないとしたら、氷の他の用途は……」

「冷やす?」

 ホァユウ以外の三人の声がほぼ揃った。

 そこからさらにセキ・ジョンリが言葉を続けた。

「氷窃盗が露見する危険を冒してまで、大量に運び出し、冷やさねばならない物っていうと、自分が思い付くのは一つだけだ」

「……それってまさか、死体……とか」

 ト・チョウジュは自らの言葉に恐怖したか、傍目にもはっきり分かるほどぶるっと震えた。


 ホァユウの示唆及びセキ・ジョンリの連想により、リィ・スーマの自宅敷地内のどこかに、第三の遺体があるのではないかという仮説が立てられた。新たな方針に沿って、家屋の焼け跡とその周囲の調査が行われた、のだが。

「掘り返すのは無駄骨に終わる公算が高いと思います」

 あちこちを掘り返していると聞きつけたホァユウは、自らの言葉がきっかけになったという責任も感じて、急ぎ現場に駆け付けた。そして取り仕切っているセキ・ジョンリに意見したところである。

「何でです? 遺体があるはずなのに、がれきを片したくらいでは見付からなかった。火災で燃え尽きたのでもない。あとは地面の下しかあるまい」

「すでに埋め終えていたのなら、遺体が腐敗するのを氷で遅らせる緊急性に欠けるからです」

「む?」

「埋めるに埋められなかったのなら、氷は用をなすでしょう。だが、埋めたんだとすればそのままにして遺体が骨と化すのを待つ方が賢明です。腐り始めの遺体をわざわざ掘り返す理由を、私は何ら思い付きません」

「……自分も思い付かない。いかん、思い込みに囚われてしまっていた。これは大目玉を食らうぞ」

 辺りを見渡して、駆り出した人員の多さに額を押さえるセキ捕吏。

「このまま成果が上がらねば降格、悪くすると罪に問われるかもしれない」

 公のことで人や金を無駄遣いする行為は為政者に対する罪と見なされる場合があった。この度の件が当てはまるかどうかは分からないが、安心はできない。

「私のような者からすると、遺体がないと分かっただけでも一つの成果なんですが、それだけでは難しいですか」

「あ、ああ。なあ、ホァユウ先生。あんたも言った責任があると感じたからこそ、来てくれたのだろう?」

「それはまあそうですが」

「なら、次善の案を出して、助けてくれないか。並行して別の線でも捜査していたことにする」


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