1-5 雨降って地固まった


「ホァユウ先生、いるかい?」

 五日後、験屍使の職務用にと与えられた資料室にホァユウを訪ねたのはト・チョウジュともう一人、捕吏のセキ・ジョンリだった。

「いますよ。何ですか、お二人揃って。死体が出たのなら、使いの者を寄越して呼び付けてくれればよいものを」

「いや、そういう意味では今日は平和だ」

 平和と言った割に、ト小理官は苦々しい表情だ。斜め後ろに立つセキ捕吏も似たような顔をしている。

「そういえば、マー・ズールイはどうかしたのかな? 姿が見えない」

「隣の書庫で、捜し物をしてもらっているというかさせているというか。呼んできましょうか」

「いや、いい。今日はこの間の火災現場の殺しについて、ホァユウ、あんたの知恵を拝借したくて来た。死因云々と並んで、見立ての能力に優れているだろ」

 ホァユウをおだてるつもりか、これまでの実績――犯罪の見立てをして見事に当たっていた実績をいくつか並べ立てるト・チョウジュ。セキ・ジョンリの方は面白くなさそうではあるが、それでも一つ一つうなずいているところをみると、ホァユウの力は認めているに違いない。

「ちゃんと捜査を続行されてるんですね。進言を聞き入れてもらい、嬉しいな」

「念には念を入れて慎重に捜査していると言えば聞こえはいいが、実際には手こずっているんだよ。厄介な事態であることが浮かび上がって」

 トはセキ・ジョンリに顎を振った。ここからは話し手がこの捕吏に移るらしい。

「厄介度が低い順に話しますよ。と言っても、最初のこれが重大さでは一番かもしれないが……」

 気を持たせるような言い方をしているのは、彼が備忘録を取り出すのに手間取ったから。やがて懐から、布きれやら紙切れやらを束ねた物を出した。字の書けるぺらぺらした物を手当たり次第に集めたという風情だ。

「まず、オウ・カジャはとんだ悪人だったようだ。ラン・ホウセンの城の氷室だが、三日前に、中の氷が減っていることが確認された。それまでにも少量、記録に合わないことはあったそうだが、今回は少なくとも八貫目ほどが減っていたため、明らかに何者かが勝手に持ち出している。調べてみると、城に普段からいる者や定期的に出入りを許された面々には、怪しい輩はいないか、いても機会がないと判断された。そこで氷室そのものを徹底的に調べると、外部へと通じる秘密の扉及び短い通路が見付かった。氷室を設ける折に秘密の仕掛けがある辺りを担当したのが、オウ・カジャだったことから此奴に疑いを掛けた。まだ完全な証拠は見付かっていないが、此奴が死ぬ前日、夕闇の中、荷車を引いている姿を見掛けた者がいる。荷はしかとは見えなかったものの、藁を詰めた俵らしかったというから、八貫目の氷を運んでいたと考えれば辻褄は合う」

「何とも……驚くべき話ですね。一体、何のために氷を盗み出していたのやら」

「オウ・カジャと関係のあった者を洗う内に、リィ・スーマの店で、上得意の常連客にのみ提供する特別な飲み物があると分かった。当初は皆、口が堅かったがちょいと脅すと簡単に白状したよ。微細に削った氷を使った飲料だったらしい。氷なんて容易に手に入る代物じゃない。入手経路については誰も知らなかったようだが、うすうす怪しんでいても触れられなかったのかもしれないな」

「オウ・カジャさんが氷室の構築に携わっていたことは、広く知られていたのでしょうか」

「いや、広くって程じゃないだろう。むしろ逆。実績は親方のものとされるのが習わしだから、本人が親方から睨まれるのを覚悟で言い触らさない限り、知られることはあるまい」

「ふうん。だったらセキ・ジョンリ、あなたが先ほど言った『うすうす怪しんでいた』とはどのような場合を想定してのものです?」

「ああ、それに深い意味はない。氷室の管理に関わっている役人といい仲なのか弱味を握ったか、あるいは賄賂を贈ったかといった想像を、茶屋の客らがしても不思議じゃあるまいってことだよ」

「分かりました。話をの腰を折って申し訳ない。どうぞ続けてください」

「いや、こっちも余計な想像を付け足してすまなかった。――二つ目は、オウ・カジャの荷車が遺体発見の前日夜から、リィ・スーマの家の軒先に置かれていたという目撃談が多数集まった。先入観を与えたくはないが、一つ目の氷の件と関連がありそうじゃないか?」

「ええ、さすがにそれは結び付けてもいいと思います。同じ日、ほぼ同時刻と来ればね。もちろん、運んでいたのが氷だったかどうかの断定は念のため避けますが……そう、燃え残りの藁」

 右手の人差し指を立て、ト小理官を見やるホァユウ。

「あの藁が燃え残ったのが、推測通り、濡れていたせいだとしたら」

「そうか。氷を運ぶ際に、溶けにくくするために藁を使った。その後、火事やら何やらで氷が溶けたら藁は水浸しになる」

「これで、荷が氷だった可能性がいよいよ高くなりました」

「細かいねえ。断定してもいいと思うんだが、まあいい。氷だと仮定して、目的は何だったと思う?」

 ト・チョウジュが聞いた。

「そうですね……茶屋で入り用なら、そちらに運べばいい。まさか、リィ・スーマさんの家にも氷を貯蔵できる室が作られていたなんてことはないでしょうし。お二人には分かっているのですか?」

「いや。分からないからこそ、これが二番目の厄介な事柄って訳さね」

「なるほど、確かにこれも厄介だなぁ。これよりも厄介な三番目があるんですね?」

 ホァユウの問いにト・チョウジュは「うむ」と頷き、再びセキ・ジョンリに説明をさせる。

「三つ目も目撃証言だ。二つ目のよりかは証人の数は少ないが、火消しの作業に入る前に、家の周囲には足跡がなかったことを何名かが言っている」

「足跡……あっ、前夜は雨が降っていたから、消えたんですね。それのどこが厄介なので?」

「完全な記録がある訳ではないが、例の晩に雨が止んだのは、夜中を過ぎた頃らしい。近隣の者達複数が言っているから信用してよかろう。ところが先生、あんたの検験では二人が死んだのは、それよりも少なくとも一刻はあとだと出たらしいじゃないか」


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