1-2 様々な痕

 ホァユウは言われた通りにした。消火の水を被っていない部分の布は、炎の熱の影響だろう、過剰に乾いていてぱりぱりと小さな音を立てた。

「……青くて黒いあざのような物がありますね。殴られたような痕跡ではなく、昔からある生来の物に見える。こう言っては失礼だけれども、いささか毒々しい……」

「そうだろ。いや、自分も又聞きなんだが、店に手入れしたときに捕吏が女を無理矢理連れて行こうとして、胸がはだけたんだ。当人が乳房を仕舞いながら、自嘲気味に『もう私に触れたくなくなったんじゃないかい?』って言ったそうだ」

「要するに見た目を気にして、彼女自身が客を取ることはなかったと。そうなると、彼女から男に積極的に声を掛けるなんて真似、しなさそうだ」

「問題あるまい? 男から声を掛ければ」

「オウ・カジャさんは女性の裸に目立つあざがあっても、気にしない質だったのかな。声がけは当然、身体の関係を持つ前。初めて関係を持った日に知って、即、別れるなんてことはなく、付き合いを続けていたのだから」

「女の方から前もって打ち明けたかもしれん。熱心さにほだされたが、一線を越えたあとに嫌われては辛かろう」

「おっ、お役人にしては情の分かるような台詞を吐きますね」

「おまえさんも役人だろう。さっさと本分の務めを果たしてくれよ。自分はほんと、こういう死体が苦手なんだから」

「得意な者なんてそうそういやしませんよ。さて、ようやくだ」

 リィ・スーマの着物を脱がしていく。本来、女性の遺体の検分、特に下の箇所については同性の女が行うのが原則であるが、街にはその役目を果たせる者がごくわずかしかいない。加えて、産婆と兼業しているためなかなか現場に来られない。よって男のホァユウが臨時に視てよい許可を得ることになる。

「さあ、ト・チョウジュ小理官。形だけで結構ですから、許可をください」

「ああ、ああ。好きにしてくれ」

 片手で目の辺りを隠しながら、指の隙間からホァユウと遺体を覗き見し、許可を出すト。そんな彼に、ズールイがからかい気味に言った。

「こんな美人さんで、あざを除けばきれいな身体をしているのに。見とかないと後悔するんじゃあないですか?」

「うるさい。俺はどんな美人のきれいな裸でも、死人のだと精気を吸い取られるっていうか、逆に元気がなくなるんだよ」

「厄介だねえ。美人画に描かれた人が亡くなった場合は、どうなるの?」

「いいから、早くしろっ」

 ト・チョウジュの生真面目な反応に、ほんの少し頬を緩めたホァユウとズールイ。だが、それも数瞬のみで、じきに表情を引き締めると検験に集中した。


「まずは大まかな死の状況についてだが……今回はズールイ、君が所見を述べてごらん」

 あらかた検験を済ませた段階で、ホァユウが言った。ズールイは、これは試験だなと意識し、軽く武者震いした。深呼吸してから始める。

「お二方とも、ほぼ同じ頃合いに亡くなったとみられます。時は今より遡ること、およそ二刻半から三刻」

 そこまで言ったところで、ト・チョウジュが「火災の通報は二刻ほど前だったから、辻褄は合うようだ」と補足を入れた。

 ズールイは彼に目礼してから、検験の結果を述べることを再開する。

「いの一番に言えるのは、お二人とも火災の前の時点で亡くなっているということ。そう判断した理由ですが、両者の鼻の孔や口の中を見てみましたが、煤などで黒ずんではいませんでした。生きている内に火に巻かれたのであれば、呼吸の際に煤を伴った空気を吸い込み、鼻孔や口内が黒くなるものですから――ここまではいいですか?」

「いいよ。続けて」

「男性の方は、まず間違いなく他殺でしょう。短刀の柄に手をあてがってあたかも自ら喉を突いたように見えますが、これは犯人の偽装かと。何故なら、自分で自分の喉仏を突くことはできたとしても、このように突き破るまで至るのは無理とするのが、死体検験の常識とされているので」

 ズールイの言った通り、短刀はオウ・カジャの喉仏を砕き、骨まで達していた。

「ついでに補足すれば、男の手の甲や腕に細かな傷が多数あります。いくらか焼け焦げて見づらくはなっているものの、これらの傷は短刀を向けられて、身を守ろうとした折に付けられたんだと推測します」

「ふむ。では女性は?」

「首に掛かった縄が、中途で焼き切れていますが、上を見ると棟梁にも縄らしき物が掛かっています。だいぶ焼けているものの、恐らく首の縄と同種であることは充分に推察可能です。首を吊った状態にあったのが、火災により縄が焼き切れるか脆くなるかして、死体が落下したと推測できます。ここまでは簡単。重要なのは、その首吊りが本人の意思であったかどうか、ですよね? 踏み台になる物はと探すと、平机がそこにあります」

 指差し点呼の要領で、机の存在を確認するズールイ。その差し示した指を上に向けると、梁を跨ぐ縄の位置とちょうど合致するのが分かる。さらに机に手を置き、ぐいと押してみた。炎にあぶられた割には、がたが来ていないらしく、びくともしなかった。

「これ、物は頑丈そうだし、女性一人が乗っても平気でしょう。また、梁までの高さと推定される縄の長さ、女性の身長を考え合わせて、亡くなった女性が自身の手で縄を梁に掛けることは容易かったろうと見なせます」

「いいね。縄の長さの推定は、途中で焼き切れているのだからちょっといい加減だが、しょうがない。何にせよ、それだけでは不充分だとも分かっているね?」

「はい。他人の手によって今言ったように装うことを、まだ否定できません。ですが、死体の様子を見ると、目は閉じられていますし、髪や衣服に乱れは見られなかったし、覚悟の自死の線が濃いと思います」

 述べながら、首に残る縄目を再確認する。ずれはない。つまり縄のかけ直し、締め直しは行われていない。

「何よりも、首にある縄の痕が、自死と矛盾していません」

「となると」

 ト・チョウジュが割って入る。早く終わらせたい心根が明らかだった。

「理由はさておき、リィ・スーマがオウ・カジャを短刀で刺し殺したあと、自ら家に火を放ち、首を吊って自殺したということで決着だな」


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