第2話 専属メイド(幼女)

 俺が2度目の人生で生を受けたのは、アルミラ大陸の北東部に位置する大国、リース王国のさらに北部を領地に持つロードランド辺境伯家。そこの第一子として生まれた俺は、名をレインと名付けられた。


 天使の端末で選んだ通りに辺境貴族の家に生まれた俺だったが、赤ん坊としての日々を過ごしていく内に少しずつ違和感を覚え始める。


 父であるカシム・ロードランドは妙に忙しそうで、母であるエリザベス・ロードランドはいつも着飾ったドレスを身にまとっている。2人にとって俺は随分と苦労した末に生まれた子供のようで、俺は両親に溺愛されながら育った。


 そうして6歳の誕生日を迎え、違和感の正体に気づいたのはつい最近。


 ロードランド辺境伯家は、田舎の貧乏貴族ではなかった。むしろその逆。そこらの貴族とは比べ物にならないほど裕福で、かなり大きな権力を持っている。


 それもそのはず、辺境伯という爵位は伯爵よりも上で、リース王国においては侯爵に並ぶほどの権力を持っているのだ。


 ロードランド辺境伯領はリース王国の国土で唯一、魔族領に接する地域。そこを治めるロードランド家は言わば地方長官のようなもので、魔族の侵攻に備えて他の貴族よりも高い権力と軍事力を持つことを王家から認められている。


 どうやら想定よりも、かなり位の高い貴族の家庭に転生してしまったらしい。


 とはいえ父上も母上も俺を溺愛していて甘やかしてくれるし、何一つ不自由なことはなかった。超イージーモードのおかげで言葉もわかるし、読み書きもすぐに習得できた。


 恵まれた環境でスクスク育った俺は、6歳になって立派な引きこもりに成長していた。今日も今日とて、屋敷の書庫で父上が集めた書物を読み漁る日々を過ごしている。


 え? どうして外へ出ないのかって? 


 なにもまた引きこもりを拗らせて、外に出るのが億劫になっているわけじゃない。……いやまあ、それも少しはあるんだけどさ。それ以外にもちゃんと理由がある。


 それが何かといえば、


「レイン、今日もここに居たのか。探したんだぞ」


 おっと、父上が珍しく書庫にやってきた。


 多忙な父上がまだ太陽も高い時間に執務室から出てくることは珍しい。


「どうしたのですか、父上?」


 寝転びながら読んでいた本から目を離し、起き上がって居住まいを正す。そうして俺が尋ねると、父上は「うむ」と頷く。


「実はお前に紹介したい者が居てな。ここまで連れてきたのだ」

「紹介したい人ですか?」


 家庭教師か何かだろうか。ロードランド家の嫡男として相応しい教養を身に着けるのだ、なんて言われても困る。習い事は前世から苦手だ。息苦しくなってしまう。


 テキトーな理由で断ってしまおうか。なんて考えていたら、父上の後ろで小さな影がうごめいた。やがて扉の端から、小さな女の子がひょっこりと顔を出す。


「ん……?」


 年齢はたぶん俺と同じくらい。艶やかな水色の髪に白色のレースのカチューシャをつけ、メイド服に身を包んだ幼女がこっちにトテトテと歩いてくる。


 幼いながらに顔立ちの整った愛らしい女の子だ。将来、絶対に美人さんになるだろう幼女は、俺に向かってペコリと頭を下げた。


「はじめまして、レインさまっ。ニーナですっ。きょうから、レインさまのせんぞくメイドになりました。よろしくおねがいしますっ!」


 そう言ってにぱーっと笑顔になるニーナ。天真爛漫な感じが何とも愛らしいのだが、ひとまず父上に疑問を投げかける。


「専属メイド……ですか?」


「そうだ。彼女はレイナの娘でね、レインとは同い年……レインの方が2日お兄さんになる。仲良くしてあげるんだぞ?」


「はあ……」


 いまいち父上の意図が掴めず、生返事をしてしまう。ニーナを見ると、メイド服姿の幼女は愛らしく小首を傾げた。


 レイナと言えば、昔からロードランド家に仕えている使用人の女性で、俺の乳母だった人でもある。言われてみれば、ニーナはレイナにそっくりだ。髪色もそうだし、整った顔立ちもよく似ている。将来はきっと、レイナに似て美人になることだろう。


 そう言えば、長らく仕事を休んでいたレイナが最近復帰する予定だって他の使用人が言ってたな。ニーナがある程度成長して、子育てがひと段落したからだろうか。


 ……だとしたら、専属メイドって言うより職場復帰するレイナの代わりに子守を押し付けられただけなのでは?


 そんな疑念が浮かぶよりも先に、父上は仕事に戻ってしまった。書庫には俺とニーナだけが残される。


 まあ、メイドなら気にする必要もないか。


 俺の身の回りの世話をしてくれるメイドは他にも何人か居る。それが一人増えただけのことで、俺が特段気にする必要もあるまい。


 俺が再び床に寝転がって読書を再開すると、ニーナも俺の隣にゴロリーンと寝転がった。


「いや、一緒に寝転がっちゃうのかよ」


 てっきり脇に控えているのかと思った。


「レインさま、ごほんよんでるの?」

「そうだよ」


 読んでいるのはリース王国の歴史書だ。建国神話から始まり、この本が記された十数年前までの出来事が結構細かく書かれている。とはいえ、さすがに建国神話に関しては創作が含まれているだろうし、この世界にはまだ活版印刷なんてものはない。


 この世界の本の複製は書き写しが基本だ。書き写しの過程で原本から書き足されただろう箇所が幾つもあるし、逆に抜け落ちた部分もあるかもしれない。そんな不確かな歴史書の信憑性はたかが知れているのだが、一般常識として頭に入れておいて損はない。


「ニーナもよむ!」


 ニーナは俺に体をくっつけるように近づくと、本のページを覗き込んできた。

ぷにぷにの頬がくっ付くくらい距離が近い。邪魔だけど邪険に扱うのもちょっとな……。


 仕方がなく、そのまま本を読み進めることにする。6歳が読むには難しい内容の本だが、果たしてニーナは読めているのかいないのか。


 しばらく本を読んでいると、『――ピロリンっ』と頭の中に電子音が鳴り響いた。


 あ、レベルアップした。


 スキル『千里眼』で自分のスキルを確認すると、レベルが18から19に上昇している。レベル19は前に屋敷で見かけた屈強な衛兵と同じくらい。ただ、ステータスはスキルの成長補正のおかげでそれを遥かに凌駕している。


 俺が外に出ず朝から晩まで書庫で本を読み漁っている理由。それはこの世界の知識を得るためであり、同時に読書によって得られる経験値を稼ぐためだ。


 この世界では、日常の様々な行為によって経験値が得られる。読書や筋トレがその最もたる例だ。もちろんそれらで得られる経験値は本来なら微々たる量だけれど、俺の場合は『経験値ボーナス(特大)』のスキルのおかげで馬鹿にならない量が手に入る。


 6歳にしてレベル19はおそらくこの世界では異常な成長速度で、しかも俺は生まれてこの方、ほとんど読書からしか経験値を得ていない。これで例えば剣の稽古や、モンスターの討伐なんかを始めたらレベルはどんどん上がっていくだろう。


 それは後々の楽しみにしておくことにして、今はのんびり読書に耽る。本はこの世界における数少ない娯楽の内の一つ。さすがにラノベのような内容の本はないが、歴史書もなかなか趣深くて面白い。


 ひと段落つく所まで読み進めると、窓の外はすっかり日が傾き始めていた。


 ふと隣を見ると、ニーナはスヤスヤと寝息を立てながら寝てしまっていた。だらしなく開いた口の端からはよだれが垂れている。


 メイドらしさの欠片もないけど、可愛らしい寝顔だ。妹が居たらきっと、こんな感じだったんだろうな。

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