私が小説家になった日

麻木香豆

本編

 志織は専業主婦だった。


 生まれは閑静な住宅街で都心からはかなり離れてはいるがそう不便ではない場所ではあった。

 家族は両親と自分だけで同時にしては珍しい両親共働きであり幼稚園の預かり保育も最後の一人になるまで残っているというほどで小学生の時は鍵っ子。

 友達は兄弟がいる子ばかりで兄弟喧嘩というものは知らなかった。

 一人で遊ぶのは慣れていた。むしろ一人の方が楽。そんな感じで育ってきた。


 地元の幼稚園、小学校、中学校、高校、四年生大学、そして新卒で家電販売員として大手家電販売店に勤めるものの高卒の年下の上司にいびられ、意味不明な過酷なノルマによりストレスに蝕まれ退職。大卒もあって給与はよかったのだが一年で辞めざる終えなかった。

 その後はハローワークでようやく見つけた自分はやったことのないスポーツ施設での受付のパート、その後は両親の定年退職をきっかけに正社員として採用してくれるからと全くの未経験無資格にも関わらず美容職であるエステティシャンと転々とし一貫性のない仕事で全く知識も経験も中途半端、そしとまたそれぞれの場所でも人間関係に追い込まれ最後は婚活パーティで出会った夫に出会って逃げるかのように寿退社。それ以来全く仕事はしていない。


 何も代わり映えない毎日。毎日の献立を考えたり掃除、近所の人との交流、近くに住む老齢の義親や親たちのことも心配し、時に義親から家事に手を抜きすぎだ、家の周りを掃除しろと叱咤叱責を受け旦那に相談してもさらに夫からも小言を言われる。

 なぜあんなに愛し合って結婚をしたのに守ってくれないのだろうか。志織は不満を持つ。自分はどこへ行ってもいびられる。誰も守ってくれない。夫だけは自分を守ってくれると思ったのに。

 志織はそんな夫に愛を持てなくなっていき、子供でさえも愛せなくなっていた。

 


 そんな彼女の昔からの趣味は小説を書くこと。昔は今はなきワープロで書いていた。推理漫画で学んだローマ字打ちを覚えて打ち終えたものは印刷してそれをニヤニヤと眺めるものの誰かに披露するわけでもなかった。一度親に見せたがとても恥ずかしく一度きりになってしまった。それらの作品はワープロと同じく今はなきフロッピーディスクに入れ保存していたのもいい思い出である。

 その後は高校生の頃になるとネットが発達して親が買い与えてくれたパソコンと有線LANでインターネットで繋げてHTMLで借りてきた無料サーバーを使ってサイトを作成して小説を作っていた。


 そして結婚して子供が生まれてからこれから生活が忙しくなるのにも関わらず、とある小説サイトと出会ってから彼女の執筆はさらに加熱していろんな同氏と共に発達したSNS上でのやり取りも増えて人に自分の作品を見てもらうということの嬉しさと楽しさを覚えてこっそり夜な夜な小説を書き、ネットに投稿していた。時に子供を寝かしつけながら、家事の合間、いや家事をほっぽり出してまで。パソコンは買ってもらえなかったがスマートフォンひとつあればどこでもかける。夫にも子供にもバレることもない。本当に世の中はとても便利な時代になったとワープロ時代のことを考えると進化したものだと志織は思う。


 そこまで評価は少なかったのだが、たまたま次の新世代の作家を探しているという新人編集部のものから彼女の作品に希望を見出し、連絡をしてきたのだ。

 彼女も夫に内緒ならとこれまた家族の目を盗み家事もさらに手を抜いて推敲に推敲を重ね出版にこぎつける。かなり大変な思いをした。普通に自分の作品を作って載せる、それでは通用しない。もちろんサイトに載せる際も推敲はしているのだが元々雑な性格と育児家事に手を抜いてもやはり時間は他の人に比べると少ない。だから普段の推敲作業は本当の推敲作業よりも大変劣っていたんだと。そういえばよくコメント欄で読者の人から誤字脱字を指摘されていたんだっけと志織は猛省するばかり。そりゃ今まで評価低かったのも頷けるわと。


 なんとあり得ないことではあるがその際に、とても人気であった作家でありタレントであった作家と対談をすることに。なんとあの阿笠健太である。

 彼の作品は出すもの出すもの売れ、テレビに出ると視聴率が上がる。そこまで容姿端麗ではないが愛嬌のある顔で憎めない。それよりも作品の独特さ、彼の世界観が今までにないものと評価されている。志織もテレビでも見ていたし、作品も一部読んではいた。がっつりは読んでいなかったがとても読みやすく引き込まれる作風だった。


 編集部の人間は彼と関係があれば作品も注目されると思い彼女と引き寄せる。志織はもうそうするしかないと思った。何がなんでものし上がらないと今の人生は変わらない。ずっといびられて自分らしく生きていけない。いやそもそも自分らしさって? 小説を書いて、少なくても読んでくれている人から何かしら感想をもらうだけで肯定感が上がる。夫たちに肯定感を下げられてばかりの人生で本当にいいのか。いやよくない、だったらここから脱するしかない。

 それに4、5年ともに仲間として会ったことはないがSNS上で交流していた仲間たちが次から次へと賞を取り、書籍化、コミカライズ化、映像化していく。嬉しさもあるが悔しさもある。にこやかにおめでとう、というたびに心がすり減って行った。自分が嫌なことを言われたわけではないのにと。

 志織は全くダメであったわけでもない。最終選考まで残ったのも数回ある。あと少しで雑誌に載りそうだった時もあった。それほど激戦区なのだと実感したのであった。


 もちろん夫に内緒で対面である。バレないようにするのは大変であった。夫は朝早く仕事に行き、子供たちを送り出してすぐに駅まで車で行く。車もバレないように立体駐車場の奥の方に停めた。本当は東京で、と言われたがそれでは子供たちのお迎えには間に合わない。無理を承知で一番近い都市の名古屋で、と言ったら少し時期はずれたが名古屋での対面が叶ったのである。

 テレビで見るよりもスマートだったのには驚いた。自分より背は低かったがとても気遣いのある人、それが志織は思った。

 阿笠はすぐさま彼女を見るなり顔赤らめ笑顔で迎える。いろんな質問を投げかけ反応を楽しんでいるようだ。

 帰宅の時間も考えると数時間の対面になったのだがこの時間はとても志織にとっては有意義なものであった。

 そして阿笠にとっても。彼女を人妻と知りながら気に入り、その後に編集部を通じて連絡先を入手して直接電話をしてきたのだ。志織はびっくりした。誰かわからない電話は出ないのが普通だがその時は出てもいいかな、となぜか思った。それが阿笠からの電話出会った。そしてぐいぐいと阿笠は深い関係を迫る。また会えないか、名古屋でも君の近い駅の近くでもいい。


 しかし志織は家庭があるため誘いを断るが阿笠は引き下がらなかった。ぐいぐいとくるのだ。

 志織は負けた。一度だけと誘いを受け、それでは近くの駅の近くまで来てほしいとダメ元で言ってみたのだ。そしたら阿笠はもちろんですとも! とすぐさま返信をくれた。このやりとりをしていたのは晩御飯を食べる夫の前である。見てくるわけでもないのにスマホの画面をいつも以上に見えないよう、じぶんの口元が緩んでいるのを夫にバレないよう返信するのは大変であった。


 そして志織は編集部を通じず阿笠と自分の近い駅近くのホテルで待ち合わせをした。

 誰もいない。二人きりの空間。そこに男女。ベッドもある。そりゃ何も起きないわけはない。二人は深い仲になる。ネット上でも小説でも知り由もない互いの知らない部分を二人きりの中で知ることになる。


 この密会を機に彼女はそこからドツボにはまる。今までに体験したことのないような快楽、秘密の恋、ついに志織は家事や育児を放り出す。


 その経験によっていくつかの小説が生まれ、特に恋愛、性描写にリアル感が生まれ彼女の作品は高評価を得る。

 それ以前に不倫や浮気の話は書いていたが経験により今までの話は虚像妄想にしか過ぎないんだと思い知らされる。

 読者や仲間たち、編集部からもとても前よりも話にリアル味が増して面白い、引き込まれると言われて自分が変わったんだと志織は気づく。


 しかし当時、阿笠には人気女優との交際も噂されていて結婚間近であった。それなのに阿笠は志織に好意を抱く。志織もだ。


 そしてついに志織の作品が大賞を取り、テレビに顔が露出、とうとう夫、家族にもばれてしまう。親しい友人たち、ママ友たちも驚く。全く周りには言っていなかった。ただの専業主婦、子供たちのママとしか思われていなかった彼女が一気に栄光を掴んだのである。

 夫は最初は喜んでくれたが家にいてほしい、家のことをして欲しい、大事にしてほしい小説はこれっきりにしてほしい。十分思い出として良いだろう、と言われるが止まらない彼女。

 十分ってなに? これっきり? 夫は自分よりも稼いで自分より注目されているのが嫌なのだ。志織は自分が肯定感で満ち溢れるのがそんなに嫌なの? 何がいけないの? やめたくない!!!


 しかし週刊誌という悪魔たちが単なる専業主婦がいきなりの栄光を掴むのはおかしいと色々と探り出した。

 救う神もあれば酷い悪魔もいる、昔のようだ、自分を何かといびる人たちが。志織は絶望する。内緒にしたつもりなのに粗探しのように……。


 そしてとうもう志織と阿笠との関係が明るみになり修羅場になった。

 それでも小説をやめない志織は離婚をし、逃げるように夫も子供も捨て、友人も故郷も捨てた。

 その覚悟をみた阿笠。彼の指示で編集部の人たちに家を用意してもらいそこで作家生活を志織は送ることになった。家も志織の希望も反映されていた。志織は結婚したのちにマイホームを、夫と選びたい、理想の家を建てたいという夢を夫の親が勝手に中古の家を用意して理想を踏み荒らされた過去を阿笠は覚えていた。そのことに志織は嬉しく感じる。


 離婚したこと、モラハラを受けてたこと、子育てしてたこと、そして不倫、離婚の際の修羅場……その経験が小説に生き、本は売れる。


 また吹っ切れた彼女はメディア露出を増やし、綺麗に着飾り、整形もした。今までにない人生。人に縛られない人生。


 作家ともいろんな経験をするために潜入取材をしたり、旅行もする。今までにいけなかったさまざまな場所へ。


 しかし……一時期阿笠と阿笠の恋人である女優の交際は危ぶまれたが、女優の強い希望で阿笠は結婚してしまう。


 そのことに志織はとてもショックを受けているときに阿笠との子を妊娠していることに気づく。


 双子だった。


 初めての帝王切開。前の子供の時は通常分娩だったため不安しかなかった。

 初めて死を彷徨う。一人で孤独に出産。このことも作品に取り込み、さらにエッセイも発売して売れに売れた。

 彼女は辛かった経験を作品にすることで体は軽くなっていく体質のようだと今更ながら気づいたのである。


 そんな彼女に新人の編集部の三山が担当着く。まだ若く、自分より10も年下で背も高くイケメン。阿笠とは正反対。


 未だに阿笠との失恋が心に残っていた志織の心はとても癒され、彼女は淡い恋を体験し三山をモデルとした小説を発表し、映画化もし大ヒット。


 なんとその三山を送り込んだのは阿笠だった。最近の志織の作品がマンネリ気味だと気付いた阿笠はわざと自分から身を引き、失恋を志織に味合わせ、今まで経験したことのない年下の男との恋愛をさせて作品作りに活かせるようにと。


 さらに作品もたくさん生まれ、ヒットした。その頃合いを見て戻ってきた阿笠と志織はまた関係を持ち、その関係が明るみになり阿笠は離婚をしたのだがその際に彼は妻であった女優から刺されてしまい大スキャンダルとなり志織たちにピンチが訪れる。


 編集部はそれでも志織に献身的になり、どんな手を使ってもいいからまた新しい作品を、生み出させるために尽力をつくす。


 阿笠は正気を失うが双子の子供達の世話をしている間にヒントを得て男による男視点の子育てについてのエッセイを書き再びヒットさせ、彼自身も復活する。


 志織はスランプに陥りながらも阿笠のサポートをしながら生活するが、捨てた前の夫の子供達に想いを馳せる。


 しかし年々といろんな作家が生まれ、彼女の作品はヒットするものの若い才能に埋まり、細かいエッセイの仕事しか力が出ず、やはり自分は才能がないと感じてしまう。




 そして20年すぎ、阿笠は昔患った脳の病気を再発し死に至る。


 双子の息子たちは俳優と作家になり、志織の付き人も務めることになった。

 それと同時期に前の夫との子である娘の香織が人気アナウンサーになっていた。

 阿笠の葬式のニュースを読み上げ、捨てた母であり大作家まで上り詰めた志織の喪主の挨拶の映像を冷酷な目で見ていた。


 志織はとても美人に育った娘に近づきたいがために彼女をモデルにした小説を書いた。するとそれがヒットし、映画化へ。

 志織の息子が出演することになり、一緒に香織もインタビューを受けることに。


 20なん年ぶりの再会。


 香織はとても冷酷な目をするが、終わった後涙を流す。

 その後、週刊誌に志織と香織の関係をスクープされるが志織はもう会うべきではない、と悟った。


 そしてそのヒットの余韻の中、志織は体調を崩し軒先で編集部の男性に世話をしてもらいながら横たわっていた。


 そして急にふと走馬灯のように最初の結婚、妊娠出産、離婚、作家との淡い恋、スキャンダル、が思い浮かび、専業主婦のままだったらこんなジェットコースターな人生はなかったわ、と言い残し亡くなる。


 志織の残した日記、最後の会話の録音を元に息子が自叙伝をのこした。

 それをアナウンサーの娘の香織が手にした。


 おわり


 ※※※


 ってこんな妄想ばっかり書いて……。それにこんな5000文字で終わるような目まぐるしい人生は嫌だ。

 あまり破天荒なありえない展開。ただの自分の欲望ダダ漏れの文章に私は1人スマートフォンを持って鼻で笑う。


 でも書いてしまってそれをネットで公開ボタンを押してしまって尚且つそれをSNSで気安く「読んでねー」ってコメントと共にシェアしてしまった。してしまった以上ただネットに漂う私の文章。ああ、どんな反応が来るのだろう。恐ろしや。


 カクヨムでの執筆、公開ももう4年? 5年目? 子供二人産んで忙しくなるというのにいきなり燃え始めた小説家の夢。ただの主婦、妻、母親だけじゃつまらないもの。


 私は小説家になって書籍化、更に映像化を夢見て毎日毎日小説を考え、スマホ一つ、親指一つで物語を作っていく。


 ああ、指が痛い。家事育児で疲れているのになんでこんな時に物語が降りてくるの、私のこの体質は一体なんなのよ。


 夫は私が育児家事でヘトヘトででもそれをこなすのが妻の仕事、それだけ、と思っているのだろうが私はたくさんの小説を生み出してきた。そんなことをつゆしらず。夫にはもちろん内緒。知ったところでフゥンと思ったら趣味をなじられ肯定感を下げられる。今までもそうだった。

 絵画も英語勉強も資格試験の勉強も何かしようとするたびに。


 あ、もう早速いいねが付いてる。読んでくれたのね。こんな拙い小説も出すたび、ある程度の人たちが反応してくれる。それが私の活力だ。


 もう旦那には冷めている。何もしない、俺様主義、暴挙を働く義母を止めやしないマザコンモラハラ男。


 専業主婦から私はこの主人公みたいに自分の力でこれから生きていくんだ。


 さてさて、コメントをくれた人の文を読もう。私は通知ボタンを押した。


『んー、ただの欲望の塊だな。展開も文もなっていない。でもその爆発力的な文書には惚れた。評価する。 阿笠健太より 』


 終

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