ドッペルゲンガー改



 のほうが、わたしのベッドでくつろいでいる。部屋の角っこにくっつけられた低いベッドに半ズボンの脚を投げ出して、上半身はカベ。家の中なのにキャップをかぶり、それからはみ出た長い金髪がぐじゃぐじゃしていてどしたんよ、言うともうひとりのわたしは寝てた、とかえす。

「キャップかぶったまま?」

「横になってない。このまま寝てた」カベにもたれて上がった肩が、不貞腐れているようだ。

 パイナップルの匂いがする。

「なあ、甘い匂いする。調子悪いんじゃん。水飲め」

「アッ水か」

「そう。ヒトには水が要る」

 わけがわからないぐらい長くて細い白磁の腕を、伸ばして、わたしはわたしのリュックから出したペットの麦茶を飲みほした。わたしの家は天井が低く、むこうのわたしは背が高く、適応するため首が若干前に倒れているから、頚椎が浮かんで喉仏のようだ。タンクトップの薄すぎる胸が、肺を持て余しているようでわたしがむせる。薄いグレーのベッドカバーが水玉模様になった。

 リュックを下ろして次はタオルだ。出して投げると帽子を外して額まで拭いている。前分けの金髪から出たおでこがつるりと丸い。

 めんどうだからむこうのわたしをわたしとしよう。私は私だ。いやそれもめんどうだからどっちもわたしでいい。どっちみちわたしはわたしだから。


 むこうのわたしは調子が悪いとパイナップル様の匂いがしてくる。逆に絶好調になるとシダのような匂いになり、部屋が白亜紀みたいになる。奴は鳥のように笑うからなおさら。腕や脚や顔に触るといつだって皮膚がひんやりしていて、上着羽織れよ、と私は言うがむこうのわたしは厚着が嫌いだ。何枚も着るとそれだけでまたパイナップルが部屋に満ちるから、いやパイナップルは嫌いではないがばつが悪いから何も言わない。


 奴は飴がたいそう好きで、いつもどれかのミックス飴を傍らに置き、暇さえあれば口中で丸や楕円や棒付きの飴をゆっくりと溶かす。好きじゃない味はわたしにくれる。いま開けてあるドリンクミックスキャンディはもう終わりに近くて、乳酸菌飲料ばかりが私に渡されるのを待っている。コーラ味のは絶対にくれない。


 奴はなんなのだろう、と思うが、子どものときからずっといるので考えたとしてどうしようもない。私が5歳で、母親からは菓子パンばかりを与えられ、ぶくぶく太った私が罵声を浴びせられ、保育園の花壇の端で膝に突っ伏していたとき、頭を叩かれ見上げると同様に5歳ぐらいのもうひとりのわたしがいたのだ。

 私の半分しかない厚さの白い細長い体の5歳児は、似ても似つかないくせにわたしは私なのだと言って、砂場へずかずか歩いて行って、私にでぶだと吐いた男子らへと砂を蹴り上げて浴びせかける。わたしが見えるのは私だけのようだった。彼らは風が、風がと間抜けな声で泣いて、思い切り目に入ったきたない砂をこすって落とそうとしていた。


 6歳、10歳、十五十七と私が育てば奴も背が伸びて、肌の白さと骨格の出来に磨きをかけてゆく。綺麗な顔は角度によって女にも男にも見え、笑えば幼く怒れば大人びた憂いを見せたりもして、なにかそういう光の加減で色味が変わる鉱石のようで、わたしは私だとのたまう割になんにも似てないのだが、不思議と腹は立たなかったし見ていて飽きはしなかった。


 寝ていたと言っていたのにわたしの口の中には飴があり、それを溶かし終えたわたしが外装のなかをガサガサとする。きのう掃除をしたときによけたから、奴が食えるのはあとひとつだけのエナジードリンク味のみなのを私は知っているし、知っていることを奴も知っているから乳酸菌飲料味が床に撒かれて外装は捨てられた。私は肌色の個包装を拾い、ふたつまとめて口へ放り込み、右と左の頬にそれぞれ仕舞う。砂糖がふやけて粘膜にはりつく。それを剥がして、また飴をもとにもどす。そして紺のセーラーの上を脱ぎ始める。


 奴はなんなのだろう、と言ったが、私の頭がいかれているのかもしれないし、そしていかれているとしたら治してしまえば奴は消えるだろう。いや消えないかもしれないけれど、私はわたしのことが好きなんだ。余計なことはしたくない。してもしなくても消えてしまうときは消えるだろうし、治したとて90歳まで共に生きるかもしれないし、わからない。頭を治すのには金と時間がかかるから、そのまま私は毎日学校へ行く。


 白いTシャツとショートパンツ、それに着替えたら私はわたしの隣に座る。放されていた漫画の二巻の続きを読むのだ。主人公がぱりぱりのクロワッサンを頬張るシーンでわたしが、「クロワッサンはもちゃもちゃのほうがいいな」、と言うので私も。と返した。青の匂いがしはじめる。









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