球技大会――1

 南陵高校では、四月下旬に球技大会が行われる。新しいクラスメイトとの親睦しんぼくを、競技を通して深めることが目的らしい。たしかに競技で団結すれば、チームメイトの仲は深まるだろう。


 球技大会は一週間後にひかえている。そこで二年三組では、LHRロングホームルームを利用して生徒の参加種目を決めることになった。


 生徒はそれぞれ希望する種目を紙に書き、箱に入れていく。


 全員が希望種目を決めたあと、女子のクラス委員長が箱から紙を取り出し、読み上げていった。


「熱海くんはバスケね」

「熱海がバスケ、と」


 生徒の名前と希望する種目が知らされるたび、男子のクラス委員長が、黒板に書かれた種目の下に線を引き、人数を記録するための『正』の字を作っていく。


 その結果――


「男子サッカーが定員オーバー。野球・バドミントン・バスケが人数不足ね。サッカーを選んだ男子たちはくじ引きをしてください」


 女子のクラス委員長がそう言って、俺は「うげ……っ」とうめいた。俺が希望したのがサッカーで、人数不足の種目のなかに避けたいものがあったからだ。


 ふたりの委員長が手分けしてくじ引きを作るなか、俺はしぶい顔で頭をガリガリとく。


 マズいな……くじ引き次第でになってしまうぞ。


 種目がしるされた紙が箱に入れられた。男子のクラス委員長が箱を抱え、サッカーを希望した男子たちに引かせていく。


 そしてついに、俺の前に箱が差し出された。


 手汗がにじみ、鼓動が早まる。緊張のなか、俺は箱に手を突っ込んだ。


 頼むぞ、神さま。俺にを引かせるなよ。断じて振りじゃないからな。


 残る三枚の紙から一枚を選び、意を決して手を引き抜く。


 折りたたまれた紙を開くと、そこに書かれていた種目は――


『バスケ』


 ドッ! と鼓動が跳ね上がった。


「相原はバスケに決定」

「残念だけど頑張ってね、相原くん」


 ふたりのクラス委員長の声が、どこか遠く聞こえる。


 振りじゃないって言っただろ……恨むぞ、神さま!


 動揺に息が上がるなか、俺は内心で毒づいた。


 玲那と結婚できたことで、俺の運はいちじるしく減っていたらしい。


 男子のクラス委員長が次の生徒へ箱を差し出しに向かうと、前の席に座る翔が振り返る。翔は眉の下がった不安そうな顔をしていた。


「大丈夫かい、涼太?」


 事情とトラウマを知っている翔は、俺を心配してくれているんだ。


 いまだに心臓はうるさく、かすかに手が震えている。


 それでも俺は答えた。


「大丈夫だ」

「……わかった」


 俺が腹をくくったのを察したのか、翔はそれ以上なにも言わなかった。


 俺は翔の気遣きづかいに口端くちはしを上げる。相手の意志を尊重そんちょうするその姿勢も、翔がモテる要因なんだろう。


 正直、不安で不安でたまらない。上手くプレイできるかさだかじゃないし、下手したらパニックにおちいるかもしれない。


 それでも、いつまでもトラウマから逃げ続けるわけにはいかない。いつかは乗り越えなくてはならないんだ。


 静かに目を閉じる。まぶたの裏に浮かぶのは玲那の笑顔。


 誓っただろ、頼れる夫になるって。決めただろ、玲那を支えられる男になるって。玲那はいつでも俺に尽くしてくれるんだ。少しでもむくいないといけないだろ。


 ふぅー……、と長く息をいて、俺は目を開けた。


「いい加減、乗り越えないといけないんだよ」

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