休日はもちろんふたりで――3

 時刻は一時。太陽が南中なんちゅうを過ぎる頃。


 俺はリビングのソファに腰掛け、タブレット端末で動画を観ていた。


 液晶パネルでは、バスケのユニフォームを着た屈強くっきょうな男たちが、ダンクやらスリーポイントシュートやらをバカスカ決めている。NBAのスーパープレイ集だ。


 スポーツ動画の鑑賞は俺の趣味で、なかでもNBAスーパープレイ集はいくら観ても飽きない。


 人間離れした肉体を持つ選手たちが放つ、人間離れしたプレイの数々は、とてつもなく爽快そうかいでエキサイティングだ。はっきり言って彼らはバケモノだ。モンスターだ。シャキール・オニールなんか、ダンクでゴールをぶっ壊してるし。


 マンガに出てくるようなプレイの数々を楽しみながら、一方でほんのわずかな切なさを覚えていた。


 幼い頃は、俺もこんなふうに活躍するんだって夢見てたっけなあ。


『夢っていうのは、叶わないから夢なんだよ』とは誰の言葉だったろうか? 身も蓋もない言葉だけど、だからこそ現実味を帯びているように感じる。


 郷愁的きょうしゅうてきな気持ちになっていると、右肩に優しい重みを感じ、ドキッとした。


 動揺をしずめるためにこっそり深呼吸して、右隣を見やる。


「くっつきすぎじゃないか、玲那?」

「お兄ちゃん成分の補充に必要なんです。諦めてください」


 俺の右肩に頭を乗せる玲那は、料理雑誌を眺めながらブスッとしていた。見るからに不機嫌そうだ。


「お兄ちゃんは洗濯を別々にするというとんでもない暴挙に出ました。大変遺憾いかんです。許されざる行為です」

「ひとの洗濯物を勝手に嗅ぐ行為は許されるのか?」

「妹のものは妹のもの。お兄ちゃんのものも妹のものです」

「その口でよく俺をなじることができたな」

「とにかく、お兄ちゃんは罪をつぐなわなくてはなりません。具体的に言えば補償ほしょうです。わたしをもっともっと甘やかさなくてはいけないんです」

「もっとって……どう甘やかせばいいのか見当もつかん……」


 現状でも、俺はカ○ピスの原液くらい玲那に甘いと思うんだが……これ以上甘やかすとなるとなにをすればいいんだ。


 とりあえず覚悟だけはしておこう。これから玲那のスキンシップはさらに激しくなるだろうから。理性をたもてるかはなはだ不安だ。


 などと心配しながらも、俺の頬は緩んでいた。


 仕方ない、俺も男なんだから。なんだかんだ言っても、玲那に甘えられるのは嬉しいんだから。


 結局、俺がとことん甘いから、玲那は甘えてくるんだろうなあ。


 苦笑しながら玲那の頭をポンポンする。ふくれっ面なのは変わらなかったが、玲那がグイグイと頭を手のひらに寄せてきた。桃色になった頬が喜びを表している。


 微笑ましさを得ながら頭を撫でていると、玲那が開いている料理雑誌の一ページに目を引かれた。インパクト抜群の料理が紹介されていたからだ。


台湾唐揚たいわんからあげ? なんだこれ、メチャクチャでかいな」


 そのページに載っているのは、子どもの顔が隠れるくらい大きな唐揚げだった。薄いようではあるが、これ一枚食べれば満腹になることだろう。


「最近流行はやっているんですよ。お兄ちゃんは知りませんか?」

「見たことも聞いたことも食べたこともない」

「美味しいんですよー。普通の唐揚げより衣がカリカリで、独特の風味がするんですけどそれがたまらないです」


 台湾唐揚げを食べたことがあるらしい玲那が、ホワンホワンした笑みを浮かべた。その表情が、台湾唐揚げは美味しいのだと如実にょじつに伝えている。


「それは気になるな」

「でしたら、今晩のおかずは台湾唐揚げにしましょう」

うちで作れるものなのか?」


 玲那の提案に俺は目を丸くする。我が家の食卓にこの料理が並んでいる光景が、まったく想像できなかったからだ。


「そもそも、こんなに大きい鶏肉がスーパーに売っているのか?」

「台湾唐揚げのお肉は叩いて薄く広げているんです。だからこの大きさになるんですよ。流石さすがに、この雑誌に載っているサイズのは無理でしょうけど」

「衣と風味は再現できるのか? 独特なんだろ?」

「衣は白玉粉を使えば大丈夫ですし、風味の決め手である五香粉ウーシャンフェンも普通に売ってます。エス○ー食品から」

「偉大だな、エ○ビー食品」

「残りの材料も揃ってますし、バッチリです! 今日のお夕飯は台湾唐揚げで決定!」


 パタン、と料理雑誌を閉じて、ピョイン、と跳ねるように玲那が立ち上がる。


早速さっそく買い出しに行きましょう!」


 ニッコリ笑って玲那が手を差し出してきた。はしゃいでいるのは、俺と一緒に買い出しに行けるのが嬉しいからだろう。


 どこまでも可愛らしい妻だ。甘やかしたくなるのも無理はない。


 苦笑して、俺は玲那の手をとった。


「そうだな。荷物持ちは任せろって約束したことだし」

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