イチャつきたい欲――1

 俺と玲那が通う南陵高校は私立校だ。


 普通科とスポーツ科があり、一学年八クラスのうち、ニクラスはスポーツ科のものになっている。


 県内では偏差値が高いほうで、校風は緩め。


 文武両道を掲げていることもあり、多くの運動部が強豪としょうされている。


 ちなみに、俺は二年三組。玲那は二年四組だ。


「一緒にご飯食べようよ、涼太」

「おう、いいぞ」


 四限目が終わり昼休みになったところで、ひとつ前の席に座る友人、熱海翔が振り返り、俺を昼食に誘ってきた。


 応じると翔はニッコリ笑い、俺の机に自分の机をくっつける。


 にしても、やっぱりこいつ、イケメンだよなあ。


 正面の翔を眺めながらぼんやりと思う。


 一八三センチの高身長。筋肉質かつ引き締まった体付き。


 ライトブラウンのミディアムストレートはさらさらで、茶色い切れ長の目は凜々りりしさを感じさせる。


「翔くーん! 一緒にご飯どう?」

「いまならあーんのサービス付きだよー」


 互いに弁当箱を取り出していると、クラスの陽キャ女子グループが、翔に声をかけてきた。


「ゴメンね。今日は涼太と食べようと思うんだ」

「「「「えーっ!」」」」

「また今度、付き合わせてもらっていいかな?」

「仕方ないなあ。今日は相原くんに譲るとしますか!」

「約束だからね、翔くん! 今度一緒に食べようね!」


 手を合わせて丁寧ていねいに断る翔。次の機会を約束されたためか、女子グループは食い下がることなく教室を出ていった。


 その様子を、肘をつきながら見ていた俺は、苦笑する。


「相変わらずモテモテだな」


 運動神経も身体能力もピカイチの翔は、二年生ながらバスケ部でエースを務めている。勉強もできるほうだし、顔もスタイルも文句なし。


 当然モテる。モテにモテまくる。一年生のときから、同学年・上級生を問わず何度もアタックされており、いまでも週二のペースで告白されているらしい。


「ありがたいことなんだろうけどね」


 全男子が嫉妬で歯ぎしりするほど恵まれた翔は、しかしながら困ったように溜息ためいきをこぼしていた。


 バスケ一筋の翔にカノジョを作るつもりはない。そのことは公言もしているが、告白してくる女子は後を絶たないそうだ。


 まあ、女子たちの気持ちはわかる。翔は勉強もスポーツもできて顔もいいという超高スペック男子。加えて、「ディーン・フジ○カか!!」とツッコみたくなるほど紳士的なのだから、でも付き合いたいと願うのが普通だ。


「僕は女の子と付き合うつもりはないから、告白されても困るというか、断るのが申し訳ないというか……」

「そういうことは口にしないほうがいいぞ? 一〇〇パーセント嫌味だと思われるから。夜道で狙われることになるから」

「もちろん、ほかのひとの前ではこんな話しないよ。涼太だから話すのさ」


 イケメンオーラ全開のキラキラした笑顔で翔が言った。俺が女だったら間違いなく落ちていただろう。


「……俺を口説くどいてるわけじゃないんだよな?」

「なんでそうなるんだい?」

「無自覚か……罪な男だよなあ、翔は」


 こりゃあ、翔への告白が留まることはなさそうだな。こいつ、ナチュラルジゴロだ。自分で気づかないうちに女を落とすタイプだ。それも多分、同時多発的に。


「口説いてるつもりはないんだけど……涼太はその気なの?」

「ちょっと待て、なんで頬を赤らめてんの!? そういう反応、やめろ! 一部の女子が期待の籠もった目で見てるだろ!!」


 特別目立つことのない俺を、以降、翔はしたっている。


 悪い気はしないのだが、一部の女子が俺と翔の仲を誤解しているので、非常に微妙な気分だ。


 いまも『のオーラ』をひしひしと感じる。俺はこれでも妻帯者さいたいしゃ。心に決めたひとがいるので、そういう期待は心の底からやめてほしい。


「と、とにかくめしにしよう。アホらしい話で時間を食うのはそれこそアホだ」


 話題を変えるべく、俺は弁当箱のふたを開ける。




 ご飯の上に、桜でんぶでハートマークが描かれていた。




 俺はピキッと硬直する。


 翔がパアッと破顔はがんした。


「もしかしてカノジョができたのかい!? おめでとう、涼太!」

「いいいいや、そんなことないぞ!?」


 自分事のように喜ぶ翔に、申し訳ないと思いつつも、ここは絶対に誤魔化ごまかさないといけないので、俺はブンブンと首を振って否定する。


 翔が目をパチパチさせた。


「じゃあ、そのハートマークはなんなんだい?」


 不思議そうに尋ねられ、俺は言葉に詰まる。内心は冷や汗ダラダラだ。


 なにしてくれてんだ、玲那! 俺との関係は秘密のはずだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 俺と玲那が結婚したことは、学校関係者には明かしていない。


 学生同士、しかも義兄妹の結婚だ。こんなセンセーショナルな話題、食いつかないほうがおかしい。大半の人間は野次馬やじうまなんだ。


 バレたら間違いなく騒ぎになる。穏やかな日々に終わりが訪れ、『深窓の令嬢』な玲那の立場は崩壊するだろう。


 だからこそ、俺たちの関係は秘密にすると決めた。玲那も納得してくれた。


 なのに、どうしてハートマークなんか描くんですかねぇ!? 恋の匂い漂わせまくってるじゃん!


 ハートマークだけで俺と玲那の関係がバレることはない。誰が描いたのかはわからないのだから。


 だが、根掘り葉掘り調べられれば、やがて俺と玲那の関係にかんづく者が現れるかもしれない。ハートマークなんて描かないのが一番なんだ。


 俺が頬を引きつらせていると、教室内がざわつきだした。


「相原にカノジョが?」

「くそぅ! 熱海だけでなく相原まで!!」

「嫉妬でひとが殺せたら……!!」

「翔くんという相手がいるのに……!!」


 ほらぁ! 騒ぎになってるじゃねぇか!! あと、最後のやつ、マジでやめろ!!


「ここここれはだな……か、母さんの仕業しわざなんだ!」


 回遊魚かいゆうぎょ並みの速度で視線を泳がせて、俺は言い訳をひねり出す。


「母さんがイタズラ好きでさ! よく俺をからかって楽しむんだよ! きっと今回もそうなんだろうな! ハートマークを描いて俺を困らせたかったんだろうな! いやあ、参ったなあ!」

「なーんだ、イタズラかー」

「よし! 俺たちは余り者じゃない!」

「疑ってスマン、相原! お前は俺たちの仲間だ!」

「それでいいんです。相原くんの運命のひとは目の前にいるんですから」

「けど、いままで一度もこんなことなかったよね? 涼太のお母さんがイタズラ好きって話も初耳だし」

「余計なこと言うんじゃねえ、翔!! いま丸く収まりかけてただろうがぁああああああああああああああああああ!!」


 翔の一言で、再びクラスメイトの殺気が膨れ上がった。


「嘘はいけないなあ、相原?」

「俺たち、仲間だよな?」

「認めませんよ? 涼×翔りょうかけ以外」

「誰か助けてくださぁあああああああああああああああああああああああああい!!」


 クラスメイトがゾンビのごとく群がってくる。


 俺は頭を抱えて叫んだ。

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