11 我が家。


 相談したのは、キャロッテステッレ国の魔導師を総動員して、私と弟子の住処を作ってほしいということ。

 私一人ではきっと何日もかかってしまうが、魔導師達の力を貸してくれれば、一日で出来上がるはず。

「建物を作るのですか?」と驚かれたが、厳密に言うと要塞を作る。

 暴走してしまっても、周囲に被害を与えないような、頑丈な要塞。

 攻撃魔法を放っても壊れない、魔法の稽古場を設けたい。

 もちろん、住処だってことは大前提なので、キッチンや寝室も作るつもりである。

 以前、リクルートゥ陛下から、爵位や領地を受け取らないかと言われたことがあった。

 誰にも迷惑をかけそうにない領地をもらい、そこに建てたい。そう相談した。


「そうですかそうですか……相談とは、てっきり弟子の教育についてかと思ったのですが」

「弟子の教育については私自身が模索していくつもりです。私はもう師匠ですから」


 私は、はにかんで笑って見せる。


「しかし、いきなり三人の弟子をとるのは、些か負担が大きすぎると思うのですが」

「いや、まだこの二人を弟子にするかは決めてません。とりあえず……軟禁しようかと」

「問題発言ですな」

「二人とも感情の制御が出来ない子どもです。大人として諭したいところですが、力があまりにも強いので、先ずは軟禁です」


 ケロッと言い退ける私は、そこでようやく気付く。

 ずおおおんっという効果音がぴったりなほど、ジェフが沈んでいる。

 黙ってお茶を啜っているが、落ち込んでいる様子だ。


「しかし、可能なのかい? 魔法で建物、いや要塞の家を建てるなど、聞いたことがない」

「積み木と一緒ですよ。私が先導するので、あとは魔導師達の力をお借りしたいです」

「流石は天才魔術師」


 ベーハントが口を開いたので、そう簡単だと答えておく。

 

「では、この城に仕える魔導師達に仕事を与えましょう。条件に合う領地をリストにするので、好きな場所を選んでください」

「ありがとうございます。リクルートゥ陛下」

「これぐらい構いません。あなたは世界を救った英雄の一人ですからな」


 英雄の一人、か。

 光太郎くんと神奈ちゃんの笑みが浮かんだ。

 そうか。ジェフが沈んでいる理由がわかった。

 二人の代わりに、そばにいると約束したのに、私がこの城を出ていくからだ。


「ジェフ。少し離れるけれど、それでも友情は変わらないよ」


 二人の王が離れたところで、私はジェフに告げた。

 驚いたように目を見開いたけれど、ジェフは柔らかに微笑んだ。

 そして「はい」と嬉しそうに頷いてくれた。


「リリカ師匠。おれもお手伝い出来ますか!?」

「エグジも? ……多分、まだ無理だね」


 私がきっぱりとエグジに言えば、あからさまにガンッとショックを受けた様子。


「エグジにまだ早いから、倒れた人が出たら魔力回復薬を飲ませてあげてほしい。建物自体を完成させたら、仕上げに魔法結界を張る手伝いをしてほしい。いい?」

「! 魔法結界っ! おれ達の家に張るんですね! はい! 頑張ります!!」

「よろしい。じゃあ魔法結界の魔導書を渡しておくね。エランに声をあげるのは、それまでお預け。待っててね、エラン」 

「キュー!」

「いい返事でよろしい」


 違うことを頼めば、コロッと機嫌を直したエグジは張り切って歩き出した。

 エランも頭上を飛び回っては、エグジを追いかける。

 私は紅茶を飲み干して、まだ気絶したままの少年と少女を見上げた。


「……寝てる?」


 気絶を通り越して、寝ていることに気付く。

 すやーっと寝息を立てていた。


「早くベッドを作ってあげなくちゃね」


 私は力を貸してもらう魔導師達に会いに足を運ばせる。

 すでにリクルートゥ陛下の命令を受けた魔導師達は、真剣な顔つきで尋ねた。


「魔力回復薬はいくつ必要ですか?」

「山ほど必要ですよね?」

「今国にある魔力回復薬で足りますか?」

「落ち着いてください、今ここにある薬で足りますよ」


 カゴに入った普通の魔力回復薬が、三段に積み上げられている。

 魔導師達は、信じないと声を上げた。


「天才魔術師リリカ様の要塞を魔法で作り上げるのに、これだけで足りるわけありません!!」

「魔法で建物を作るなど、我々は未経験! しかし、天才魔術師リリカ様のご要望ならば、失敗するわけにはいきません!! 魔力回復薬はいくつあっても足りませんよね!?」

「はっ、まさか……死人が!? 死人が出る可能性が!? くっ、天才魔術師リリカ様のためならば命は惜しくありません!!」

「落ち着いてくださいって。私を崇めてくれるのは嬉しいんですけれど、もう少しテンション下げましょう」


 私よりも年上の魔導師が大半なのに、よいしょよいしょがすごい。

 私の天才さをいち早く間近で見てきたせいか、いわば私の先生達なのに、神様を称えるレベルで崇められている。

 エグジのことも可愛がってくれているので、いいことだとは思うけれど。

 家を建てるくらいで、死を覚悟しないでほしい。

 なんとか宥めたあと、王の執務室に呼ばれたので、行ってみた。

 領地をリストアップしてくれたそうで、資料と地図を渡される。

 仕事が早い。助かる。

 私はサッと一通り目を通したあと、キャロッテステッレ国の東の最果てに位置する荒地を選んだ。

 資料によれば、一年前ほどに魔物の被害で、領主は亡くなったそう。そばにあった村も、壊滅したらしい。


「ここにします。いただきますね」

「はい、差し上げます」


 早速、エグジと少年と少女を連れて、地図の場所に転移魔法で移動した。

 開拓もされていない荒地が、広がっている。


「うん、ちょうどいいね」


 地面に手で触れて、私は最適だと思った。


「何もないですけど、ここでいいんですか? リリカ師匠」

「うん。気に入らない?」

「……正直、何の変哲もない場所すぎてわかりませんが、師匠の思いついたのならきっと素敵な家を作るでしょう?」


 にこーっと笑顔になるエグジは、手放しで私を信じる。

 いつの間にそんな信頼感が芽生えていたのだろうか。

 まぁ、悪い気はしない。

 確信してくれている。素敵な家を作ると。

 天真爛漫な弟子の信頼を受けて、私は張り切ってしまいそうだ。

 キャロッテステッレ国の魔導師達も、勢揃いした。


「では、始めましょう」


 一同の顔を見回したあと、私は杖をトンと地面に叩いて鳴らす。

 そして、始めることにした。

 材料は、地面にある岩だ。

 先ずは破壊。創造に破壊は付き物。

 ダンッと亀裂を走らせて、粉々にした岩々を、空中に持ち上げてもらう。

 大きな穴が出来たので、周囲を階段にしておく。

 穴を囲うように整列してもらった魔導師達に、合図を響かせる。

 指、パッチン。

 粉々にした岩を煉瓦に変え、それぞれが一つずつ積み上げる。

 配置は、私が指示するように、魔力で導いた。

 色んな魔力を感じる。様々な魔力を、右へ左へ、上へ下へと導く。

 9時間経った頃に、一人が倒れた。魔力切れだ。

 エグジが駆け寄って、魔力回復薬を飲ませる。

 また一人、倒れた。そうして、また一人。

 意外と早い。

 早急に片付けなくてはいけないな。

 バッタンバッタン。また倒れていくが、エグジは薬を飲ませる。

 そして回復した魔導師は、また参加してくれた。

 さらに6時間が経つ。全員が、一度は倒れた。私以外。

 わたしだって、流石に、疲れてしまった。

 でも、形は完成だ。

 周囲の階段に囲まれた岩の煉瓦で出来た球体の建物。

 要塞であり、家だ。


「んーっ! やったぁ!! ありがとう、皆さん!!」


 私は両手を上げて喜ぶ。

 よくよく見れば、手伝ってくれた魔導師達は膝をついていて、誰も立っていなかった。

 喜ぶ元気があるのは、私だけか。


「お疲れ様です、ありがとうございます」

「いいえ、リリカ様の家を作るお手伝いが出来て大変光栄でございます。やはり偉大なお方。あれほどのものを作り上げても、元気ですね」


 エグジとともに用意した魔力回復薬を配る。


「お疲れ様、ありがとう」

「リリカ様の家にしては……些か地味ではありませんか?」

「弟子と仕上げる予定です」

「ああ、なるほど」


 魔力回復薬を配り終わる。私もエグジから受け取り、魔力の回復をしておく。

 そして私の転移魔法で、城へ帰した。


「中を見てもいいですか? リリカ師匠」

「キュー」


 エグジもエランも、急かす。


「この子達をベッドに寝かせてあげながら、案内するよ」


 私は手を差し出した。手を繋いで、階段を下りていく。

 そして、大きな石の扉を触れることなく、開く。


「わぁー……ここは、えっと、玄関広間ですか?」

「ここは玄関であり、魔法訓練広間だよ」

「ここで、魔法の練習を……」


 ひらりと手を回して、見せつける。

 エグジは目を輝かせて見回す。エランも気に入ったようで、中を一周して飛ぶ。


「目を輝かせるのは早いよ。次は部屋を見て回ろう」


 右の扉を押し開けてから、半円形の廊下を進む。


「五つの寝室の中には、小さいけれどバスルーム付き。もう一つは研究室だよ」

「なんで六つなんですか?」

「んー、なんとなく。左右に三つずつ、部屋を作った。私、三って数字が好きなの。それかな。キッチンとダイニングルームは真ん中だよ。ここで自給自足をしよう」


 エグジに答えながら、寝室を全部押し開ける。研究室は城のものと同じ作りだから、わざわざ見せなくていいだろう。

 そして、ダイニングルームを杖で開く。

 石のテーブル。石のキッチンと石のかまど。

 ちょっと想像よりも、広すぎたかもしれない。

 でもエグジははしゃいで、ダイニングルームを駆けた。


「エグジー。寝室を選んで」

「え?」

「ほら、一番弟子の特権。好きな場所を選んで」

「! ……し、師匠の隣が、いいです」

「私は研究室の隣にしようと思ってた。じゃあ一番、左奥ね。隣は私」


 決定。エグジは一番奥の寝室を見に行った。

 私は逆の方へ歩いていき、まだ眠っている少女のためにベッドを用意する。

 石では、ふかふかのベッドは作れない。なので、ベッド台だけは作ってある。

 ベッドを作る魔法はあるので、杖からふわふわの白い羽根を無数に降らせた。

 仕上げにシーツで包み込めば、ベッドの完成。同じ要領で、枕も作ってあげる。

 少女を下ろしてあげて、寝かせた。

 眠ったから、手から短剣を手放している。その短剣をまじまじと観察。


「んっ……おかあさん……」


 少女が、寝言を漏らす。

 見てみれば、涙を流していた。

 きっとずっと眠れなかったのだろう。家族を亡くしてから、ずっとろくに眠っていない。

 復讐のために、戦い続けてきた。


「おやすみ」


 これから、心から安らぐ眠れる日々が訪れますように。

 そう願って、私は涙を拭ってやった。

 次は、少年。スクリタだっけ。

 彼の部屋は、右奥。

 ベッドを作り、枕を用意して、いざ寝かせようとした。

 しかし、赤い瞳と目が合う。

 宙ずり状態のスクリタは、起きたようだ。


「ふっ」


 杖に取り付けた賢者の石に息を吹きかけて、黄金色の粉を舞わせる。

 がくんっ、と力を抜かせたスクリタを、再び眠った。

 まだ仕上げをしていない。

 ベッドに下ろして寝かせておく。


「エグジー、仕上げをしようー」

「はーい!」


 エグジを呼び、魔法訓練広間へ戻る。


「魔法結界、覚えました!」

「その前に、この石色じゃあちょっとばっかし地味じゃない? 魔法で塗ってしまいましょう」

「そうですね……どんな色に塗るんですか?」


 実はもう決めてある。


「勇者一行召喚の祭壇は見たことあったっけ?」

「……いいえ、リリカ師匠。リリカ師匠を異なる世界から召喚したという、祭壇ですよね。まだ一度も見たことないです」

「そうだった。私も仲間を帰して以来、行ってなかったわ……」

「……」


 ちょっとぼーっとしてしまう。


「そこはね、神秘的な青白さで出来ていたわ。純白だけれど、青に艶めくような色にしようと思う。行くよ」


 カッツーン。

 杖の先で叩けば、鐘の音が響き渡る。

 その音が触れた部分から、徐々に青白く染まっていった。

 ピカピカに磨かれた大理石のようでも、神秘的な青さを放つ白の建物に生まれ変わる。


「うっわー……きれー」


 エグジは、またもや目を輝かせた。

 この世界に来た時も、そんな風に目を輝かせていたはずだ。

 光太郎くんと神奈ちゃんと、三人で。


「さぁ、仕上げをしよう。魔法結界を張るよ。元々魔導師達の魔力で強化して頑丈だけれど、私達の魔法はそれを上回るからね。家をいちいち直していられない」


 ウィンクして冗談を言えば、エグジもお腹を抱えて「そうですね」と笑った。

 三重に魔法結界を張る。

 各部屋には一つ一つ、張っておいた。

 これで目覚めた少女達が、暴れ出しても大丈夫だろう。

 軟禁するつもりだったので、二人の寝室は魔法で鍵をかけておく。

 これで、天才魔術師凜々花とその弟子の我が家の完成だ。



 

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