10 半獣人の少年。


 少女の魔力が切れるまで、戦い続けた。

 彼女の強さは、勇者光太郎くんに匹敵する。身体能力強化の魔法がなくても、なかなか強い。

 でも、私には負ける。

 少女は力尽きて、気を失った。

 初めて会った時と同じ。短剣を握ったまま、横たわった。


「リリカ様……本当に弟子にしたいのですか? あなたのことを逆恨みしていますが」

「面白いじゃん、気に入った!」


 ジェフが尋ねるから、私は肯定する。


「しかし、エルフです。連れてきたことをエルフの王に報告せねばいけません」

「問題だよね。頼める?」

「はい、リリカ様。父上に話を通して、報告します」


 八歳なのに、しっかりした王子様だ。

 私は頼んでおく。


「申し訳ございません、リリカ様……。あなたに刃を向ける者を連れてきてしまいました。お許しください」


 片膝をついて、シャンテは謝る。

 別にいいと言いかけたけれど、その前に足に何かがしがみ付いてきた。

 見ると、エグジだ。


「おれをっ、捨てないでぇええっ」


 泣いている。

 動揺をしていて、魔力が乱れていた。


「え? なんのこと?」

「うえええんっ!!」

「よしよし、泣かないの。どうしたの?」


 溢れ出る魔力が、具現化しようとしたその時。

 雷鳴が轟いた。

 シャンテが立ち上がると、私を背にしてトゲの壁を振り返る。

 青黒い灰が舞い上がっては、トゲの壁が消え去った。

 ほーう。トゲの壁を壊した者がいるみたいだ。

 どんな人だろう、とシャンテの後ろから覗き込む。


「やぁ。壁があったから壊したけれど、いけなかっただろうか? 天才魔術師リリカ様」

「ベーハント陛下?」


 青黒い灰を払い退けて現れたのは、獣人の王だった。

 見た目は獅子の耳をつけただけの男性に見えるけれど、戦争の時は大きな大きな獅子の姿をしていた。

 人間の国に足を踏み入れているから、人に近い姿を取っている。

 獣人は、生まれつき変身能力を兼ね備えた種族だ。

 でもおかしいな。シャンテの壁を壊せるほどの強力な魔法を放てるなんて見たことない。

 大きな大きな獣に変身して戦うことを得意とする種族で、魔法の才能の方はあまりないはず。


「ただのベーハントで構わないよ」

「ベーハント。さっきのは誰の魔法?」

「彼だよ」


 ベーハント自身の魔法ではないと判断して問うと、あっさり使った本人を紹介された。


「ぐるるるっ」


 黒い獣耳をつけた背の高い少年だ。

 離れていてもわかるくらい真っ赤な瞳を持っていた。

 怪しく光っている瞳、あれは……。


「弟子を集めていると噂を耳にしてね、出来ればこの子を弟子にしてほしいと頼みに来た」

「弟子は集めていません。この子を弟子にしたら、噂が勝手に広まってしまっただけです。何故拘束をしているのですか?」


 私は杖を振って、エルフの少女を宙へと浮かせた。

 そして、泣きついたまま離れないエグジの頭を撫でつける。

 弟子にしてほしいと連れて来たその少年は、鎖で拘束されていた。

 鎖を持っているは、獣人の騎士らしい。


「癇癪持ちなんだ。怒るとすぐに獣化して暴れる」


 困ったようにベーハントは肩を竦めて笑う。


「見ての通り、魔族の血を持っている獣人族だよ」


 魔族。怪しく光る赤い瞳と、妖精よりも魔力を多く持ち、魔法に優れた種族。

 一説には、太古の昔に魔物を創造したとされているが、その証拠も魔法も残ってはいないらしい。

 多くの種族に嫌われているが、悪い種族ではないと聞いている。

 前の魔王には、加担しなかった。それどころか、戦争にも参加しなかったのだ。

 いわゆる平和主義者で、戦いを望まない種族だそう。


「そうだ、あの目! 魔族の子だ!!」

「魔族の子め!! お前達が魔物を生み出さなければっ!! 戦争は起きなかった!!」


 まだ残っていた私の弟子志願者か、それともやじ馬が罵り始めた。

 ギロリ、と殺気立つ少年。

 エルフの少女より、殺気立っている。

 なんでそう殺気立つかなぁ。少年も、少女も、そしてやじ馬も。


「うっせぇ! 無知な人間どもがっ!!」

「あちゃー、怒った」


 アウウウーッと声を上げるところを見ると、狼の獣人みたいだ。

 なんて呑気に思っている場合ではなかった。

 少年の鎖を持っていた獣人の騎士が、鎖を逆に引っ張られては投げ飛ばされる。

 そして、鎖を魔法で破壊した少年は黒い煙を纏い、巨大な狼へと姿を変えた。

 赤い瞳を光らせ、血肉を求めそうな鋭利な牙を見せつける。

 大半のやじ馬は逃げ出したが、腰を抜かして逃げ遅れた人もいた。


「多分食い殺してしまうよ」


 ベーハントが、私に教える。

 逃げ遅れた人達は、なんとか身を守ろうと、魔法で攻撃した。

 でも魔法壁が、巨大狼を守る。

 ふむ。獣人が魔法壁を張るとは。

 シャンテの壁を壊したといい、やはり魔法の腕はあるのか。


「あの子の名前は?」

「スクリタ」

「スクリタ! やめなさい! おすわり!」

「おやおや」


 ギロッと私の方に赤い瞳が向けられた。

 ベーハントは、私から離れて避難する。

 連れて来たのだから、あなたがどうにかしてくれ……。まぁいいけど。


「犬っころ扱いすんな!!!」


 飛びかかってきたから、ただ上から下へと杖を振り下ろす。

「キャン!」と鳴いて、巨大な狼は橋の上で伏せした。

 ……というより、気絶だ。

 意外と打たれ弱いのか。


「スクリタの魔法壁は? それごと壊して頭を叩いたのかい?」

「いえ、すり抜けて頭を叩きのめしました。大人しくさせたので、お引き取りください」

「わかった。じゃあ、よろしく頼んだ」


 一人、去ろうとするから、ベーハントのマントを掴んだ。


「この子を連れて帰ってくださいって意味なんですけど」

「見ての通り、彼を制御出来ない。頼むよ、天才魔術師様」

「天才魔術師ではありますが、弟子はもういます」

「引き取ってもらえなければ、我が国では被害が出る前に、彼を処刑しなくてはならなくなるんだが」

「……情に訴えてます?」


 可愛い耳をしゅんと垂らしてまで残念がる姿を見せるベーハントは、無言で頷く。

 今も危うく、人間を食い殺すところだった。

 癇癪なんかで、誰かを殺めてもらっては困る。

 でも被害が出てからでは、遅い。処刑も、大袈裟ではないだろう。


「預かるだけですよ。私は子どもの面倒を見る天才ではないんです」


 プンプンッと怒りつつ、杖先で巨大な狼をつつく。

 魔力を軽く注げば、変身して人の姿に変わる。

 そして、エルフの少女と獣人の少年を、同じく空中に浮かせた。


「リクルートゥ陛下に挨拶をしてください。説明もしてくださいよ」

「あいわかった」


 先にベーハントを城の中へ行かせてから、私はしがみついたままのエグジを覗き込む。


「それで? エグジ。なんの話だっけ? ん? 魔力が暴走しそうなほど怖くなった理由は何?」

「……うぐっ、うっ。おれを捨てるかと……」

「なんでそうなるの?」

「おれはさっきの二人ほど魔法が使えないし、一番子どもなのに、リリカ様の一番弟子なんてっ、相応しくないっ、からっ」


 泣きじゃくるエグジの涙の理由を知って、私は肩を落とす。

 しゃがんで、エグジの頭に手を乗せる。


「エグジ、あなたは大物魔導師になるんでしょう? これから私が育てる。今はまだまだ未熟なのは当然だよ。あなたはまだ子ども。私のそばで咲き誇りたいって決めたけれど、その意志が変わってしまったなら、そう言いなさい。他の居場所を探してあげる」

「ひくっ、ひくっ、ううっ!! 違うっ! 違う!! やだ!!!」


 バチバチッと小さな雷が発生した。

 溢れ出した魔力が、雷となってしまう。密着していたから、魔法壁は発動しない。

 私は、感電した。静電気より、かなり強め。


「全くもう!」

「リリカ様っ!!」


 感電で強張る身体で、なんとかエグジを抱き締める。

 シャンテが引き離そうと手を伸ばすけれど、彼は雷に弱い。杖で押し退けた。


「エグジ! しっかりなさい!! 魔力のコントロールは覚えたでしょう!」


 エグジの膨大な魔力は、感情に左右されやすい。

 魔力を吸い取ろうとしたが、感電で杖を手放してしまった。

 エグジが落ち着くまで、耐えなくちゃいけないか。


「キュー! キュー!!」


 小さな雷の中、翼を羽ばたかせて、飛び回るエラン。

 エランは、雷が効かないらしい。声を響かせる。

 でも、魔力の雷は、だんだん弱まってきた。

 エランの声が、聞こえたみたいだ。

 徐々に、落ち着いてきたのだろう。

 身体は電気が走りっぱなしで、疲労感が酷い。

 すると、エグジが引き剥がされた。


「しっかりしろ!!!」


 シャンテだ。


「自ら望む居場所を壊す気か!!?」


 エランがシャンテを攻撃するが、シャンテは手で振り払う。


「シャンテ! 私の弟子よ! 手を出さないで!」

「私が弟子に推薦した! これ以上あなたを傷付けるなら」

「シャンテ!!」


 身体が痺れていて、手を伸ばせない。動けなかった。

 怒鳴ることしか出来なかった私だったが、気付く。

 小さな雷は、おさまっている。

 エランが体当たりをすれば、シャンテは掴み上げていたエグジを手放す。

 またエグジが、私にしがみ付いた。


「うううっ。ごめんなさいっ。ごめんなさい、師匠っ。おれっ、おれっ! 師匠のそばがいいっ! リリカ師匠のそばじゃなきゃっおれ嫌なんですっ! ごめんなさいっ師匠っ」

「わかった、わかったよ、エグジ」

「おれの居場所でいてくださいっ」


 泣きじゃくったままだけれど、エグジは魔力を抑え込んでいる。

 もう暴走していない。

 ふーっと息を吐いて、しっかりと痺れが残る腕で抱き締めた。


「痺れるって、なかなかね」


 ぐすんぐすんっと鼻を啜るエグジを腕の中に包みながら、私はシャンテを見上げて笑いかける。


「……申し訳ありません、リリカ様。あなたに声を荒げてしまいました」

「敗北宣言以来ね、あなたが声を上げるのは……」

「心から反省しています」

「反省はいいから、もう弟子候補なんて見付けて持って来ないでよ」

「はい、リリカ様」


 私は宙に浮かせたままの少女と少年を振り返った。

 さて。初めての弟子でこうなのに、どうしようか。

 天才なら、教育の才能も欲しかったものだ。育てるって大変。


 城の中に戻れば、二人の王が待っているという知らせをもらう。

 バルコニーでお茶をしていた二人の王と王子と同じ席にどっかりと座った。


「魔物の王は帰ったのかい?」

「ええ、帰らせました。はぁー」


 ベーハントに答える。少女のことを気にしていたけれど、シャンテには帰るように言った。


「どうかしたのですか? 髪が乱れていますが」

「大丈夫、ちょっと暴走した弟子を宥めただけです」


 ジェフに指摘されたから、髪を整えるために掻き上げては撫でつける。

 ジェフは、バルコニーの隅に立たせたエグジを睨んだ。

 エグジはエランを抱えたまま、まだ鼻を啜っている。


「相談していいですか? リクルートゥ陛下」

「もちろんです。リリカ様。なんですかな?」


 私は真後ろで宙に浮いたままの少年と少女に視線をやってから、向かいに座っているリクルートゥ陛下に相談した。



 

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