サキュバスになってしまった幼馴染が毎日僕の精気を吸い取りに来るようになった件について

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この恋に気づいて

「――じゃあ、目をつぶって力を抜いて?」


 少し妖艶な優しい声で壮太そうたへ語りかけてきたのは、壮太の幼馴染である知世ともよだった。

 時刻は夕暮れ時、壮太の部屋の中には今、この二人しかいない。今年で高校二年生になる年頃の男女がこのような密室ですることといえば相場は決まっている。


「ちょ、ちょっと待って!やっぱりこういうのは心の準備が出来てないと……」

「ダメ、待てない。ここまでお膳立てしておいて今更やめるとかナシなんだからね」


 男女二人きりで秘めごとが始まるという一般的なシチュエーションならば、大概の場合男のほうががっついて女の方が戸惑うというパターンがお決まりである。

 しかしながら、この部屋の状況というのはそのお決まりパターンのまるで逆だ。知世のほうが情熱的に壮太を求めていて、その一方で壮太は知世のいつもと違ったただならぬ雰囲気に気圧されている。


 別に壮太は知世のことが嫌いであるわけではない。もちろん他に好きな人がいるわけでもないし、男色家というわけでもない。むしろ知世とは幼い頃からの仲であり、壮太は彼女に対してやんわりと恋心を抱いている。

 それなのに壮太が知世からのアプローチを受け入れようか受け入れまいか戸惑っているのには理由がある。


「もう!男なんだからいい加減に腹をくくりなさいよ!」

「そ、そんなこと言われても突然過ぎて理解が追いつかないよ……。


 壮太が困惑している最大の理由、それは幼馴染である知世がサキュバスになってしまったということだ。


 正確に言うと知世の身体にはサキュバスの【先祖返り】が起こってしまったのである。何世代か前の知世の先祖の中にサキュバスが混ざっていて、その形質が隔世遺伝として知世の身体に表れたのだ。

 代を重ねるごとにサキュバスの血が薄まってしまうため、現代においては先祖返りを発症することはかなり珍しい。しかしながら、何十万人に一人という低い確率でそういうことが起こる。テレビ番組なとでたまに取り上げられる事もあって、壮太も知世も知識としてはサキュバスの先祖返りを知っていた。


 サキュバスと言えば悪魔のようなツノや羽根、尻尾があって、男性の精気を吸い取るイメージを思い浮かべるだろう。しかし先祖返りともなると血が薄まってしまうためか、そういった身体的特徴は表れず、ただ単に生存するためのエネルギーとして精気だけを必要としてしまうことも多い。

 かくいう知世も自分がその類だということを自称している。


 女性からしたら色々不便な身体になってしまう先祖返りではあるが、素晴らしいことに現代医学では服用するだけでその悩みを解消するサプリメントのようなものが既に存在しているのだ。なので実生活を送るにあたっては病院通いが増えるくらいしか支障はなかったりする。


 壮太もその事をある程度知っていたため、まずは知世には病院に行くことを勧めた。しかし知世曰くやんごとなき理由があると言って壮太の助言を突っぱね返したのだ。


「ねえ、やっぱりサキュバスの専門外来に行ったほうが……」

「こんな田舎にそんな立派な病院なんて無いって何度も言ってるでしょ!」


 そう、壮太と知世の住む街は端的に言うとド田舎だ。最寄りのバス停から出るバスは通学時間に合わせた朝と夕方の2本しかないし、コンビニなんて自転車で行ける範囲には存在しないので車に乗っていく必要がある。

 田舎の街にサキュバスの先祖返り専門外来は無いと知世は言う。どうしても行くというのならば車で1時間はかかる県庁所在地の街まで出なければならない。しかも、こんな田舎では変な噂だって広まりかねないから知世としては出来るだけ隠し通したい。


「だからお願い壮太、人助けだと思ってあんたの精気を吸わせて欲しいの。……こんなはしたないお願い、壮太にしか出来ないんだから」


「で、でも……」


 上目遣いで知世は壮太へ嘆願する。

 学校イチの美少女と言っても過言ではない知世からこんな風にせがまれたら、普通の男子なら理性のブレーキなど余裕でぶっ壊してしまうだろう。

 それでも壮太は知世に手を出すことは出来ない。彼も彼なりに思い悩んでいる。


 客観的に見ると壮太は小太りでルックスがいいとは言えないし、それを補うようなコミュ力やトーク力も無い。勉強こそ知世より少しは出来るものの、世間一般に威張れるような成績でもない。

 そんなわけで壮太は自分に全くと言っていいほど自信が持てず、知世に釣り合うような男ではないと思い込んでいるのだ。

 だからこんな風に知世からせがまれても、その劣等感や自己肯定感の低さから二の足を踏んでしまっている。


「……仕方がないわね、それじゃあまずはキスから始めましょ?それくらいならいいでしょ?」

「そ、それくらいって、それでも僕にとっては十分重大案件なんだけど……!」

「もうつべこべ言わないの!――ほら、早く目をつぶりなさいよ」

「うぅ……」


 壮太はついに観念したのか、目をつぶってじっとすることにした。

 姿こそ見えなくてもすぐそこには知世がいるという空気感が壮太の胸をドキドキさせる。そして、だんだんと知世の唇が近づいてくるのがわかった。


「……いい? キス……、するわよ?」


 二人の唇がゆっくりと重なった。

 壮太が想像していたよりもずっと柔らかくて温かい知世の唇の感触は、すぐに脳裏に焼き付くくらい衝撃的だった。

 法律で禁止されている危ないクスリなんかを使ったとき、人はこういう感覚を覚えるのかもしれないと、壮太は頭の片隅で思った。それぐらい知世とのファーストキスは悪魔的な体験だった。


 それと同時に壮太は、なんとなく小慣れた感じでキスをしてきた知世に対して少しショックを受けた。おそらく彼女にとってはこんなキスのひとつやふたつは既に経験済みで、自分みたいな奴を相手にすることぐらいなんとも思っていないのだろう。そう自虐的に思い込むことで、壮太は浮かれてしまいそうな自分を抑え込んでいた。


 しばらく唇を重ねていると、知世が腰を抜かしたかのようにへなへなと座り込んでしまった。


「だ、大丈夫?」

「べ、別に平気よ。キスでも思った以上に精気が吸えてびっくりしただけよ」

「え?精気ってキスでも吸い取ることができるの?」

「そ、そんなの知らないわよ!医者にでも聞いたらいいんじゃない?」


 夕暮れの光なのか、それとも恥ずかしさからなのか、壮太には知世の顔がほんのり紅くなっているように見えた。


「……きょ、今日のところはこのぐらいにしておいてあげる。また明日同じ時間に来るから、ちゃんと心の準備をしておきなさいよね!」


 そう言い残し、慌てた様子で知世は壮太の部屋を出ていった。


「……え? 明日もするの???」



 ◇



 逃げるように壮太の部屋から帰ってきた知世は、自室のベッドに飛び込んだ。


「もうっ!私のバカバカ!なんでキスぐらいでヘナヘナになっちゃうのよ……。壮太、変に思ってないわよね……」


 開口一番、独り言で自分に対するもどかしさを吐き出す知世。

 当初の計画では、キスどころか既成事実まで作ってしまって無理矢理にでも壮太と結ばれるように仕向ける予定だった。

 しかし、あれほど自分から積極的に壮太へアプローチしたにも関わらず、キス一回で全身の力が抜けてしまうぐらいとろけてしまったのだ。知世からのしてみたら自滅に等しい負け試合のようなもの。人生初めてのキスの威力というものを知世は侮っていた。


 散々計画を練りに練って挑んだ大一番なだけに、その悔しさや恥ずかしさというのは知世史上最大級だった。


 ちなみになぜそこまで知世は壮太にご執心なのかというと、彼女にとって壮太は昔からヒーローのような存在だったからである。

 ヒーローとは言っても、目の前に立ちはだかる敵をバッタバッタとなぎ倒していく日曜日の朝にテレビでやっているようなヒーローではない。どちらかといえば壮太は強さよりも優しさに溢れていて、知世が傷ついたり自信をなくしたりした時でももそばにいて元気づけてくれるただ一人の心優しいヒーローだった。


 幼い頃からそんな壮太にずっと支えられてきた知世は、いつからか彼に想いを寄せるようになった。

 想いを寄せるのはいいのだけれども、この壮太という男は本当に鈍感なのだ。おかげでこれまでも幾度となく知世は壮太へアプローチを仕掛けたのだが、『暖簾に腕押し』とか『糠に釘』とかいうことわざが壮太のために存在しているのではないかと言うくらい反応が無かった。


 そこで知世が思いついたプランというのがこの、『サキュバスになってしまった作戦』なのだ。

 これは知世にピンチが訪れたら必ず助けてくれるという壮太の良心を逆手にとったもの。サキュバスの先祖返りによって精気を吸い取らなければいけないという状況になれば、流石の朴念仁でも自分に手を出して来るだろうと知世は確信していた。

 しかし結果はご覧のとおり。策士策に溺れるというか、自分自身がキス程度で感じ過ぎてしまう事を知世は想定出来ていなかった。


「ああもうどうしよう……、こんなんじゃせっかくの作戦もバレちゃうよね……。なんで私、サキュバスになってしまったなんて……」


 知世の部屋に独り言が漏れた。

 サキュバスの先祖返りが起こってしまったというのは彼女の最大のブラフ。そんなに都合よく先祖返りが起こるはずもないため、それっぽい嘘をついて壮太をその気にし、既成事実が出来たらネタバラしをするつもりだったのだ。

 しかしながら初手で知世は自滅してしまったので、これではただ単に変な嘘をついて壮太とキスしてとろけてしまっただけの女の子である。

 それでは目的が達成されないということで知世は頭を抱えて知恵を振り絞る。なんとかこの状況から壮太と結ばれるための策があるかもしれない。


「……仕方がないわ、こうなったら壮太がその気になるまで毎日キスするしかないわね」


 余程思考が煮詰まってしまったのか、知世は結局なんの捻りもないゴリ押し策しか思い浮かばなかった。

 これが吉と出るか凶と出るか分からないが、知世は不退転の決意で『毎日壮太とキスをする』ことにしたのだった。



 ◆


 初めて知世とキスをしてから約一ヶ月が経った。その間も毎日壮太は夕方になると知世と唇を重ねていた。


 知世曰くこのキスというのは壮太から精気を吸い取るためであり、一日一回で十分な量の精気を吸い取ることができるらしい。そのせいか毎回キスのあとの知世はとろけたような表情でヘナヘナになっている。これは彼女が存分に自分から精気を吸い取ることが出来た証拠なのだろうと壮太は勝手に思い込んでいた。


 一方の壮太はこの一ヶ月ずっと悶々としていた。

 突然キスを求めて来るようになった知世に対する気持ちにどうも整理がつかないのだ。


(やっぱりおかしい気がする。知世のことだ、わざわざ僕みたいな不細工男に毎日キスをしてくるとか何か裏があるに違いない)


 とある休日の昼下り、特にやることもない壮太は自室でゴロゴロしながらそんな考えを巡らせていた。

 学校イチの美少女である知世が精気を吸い取ると称してわざわざ壮太へキスをしてくる理由がよくわからない。確かに二人は古くからの仲であるとはいえ、知世の周りには他にも精気を吸い取るターゲットになりそうな同世代くらいの男がそれなりにいる。壮太としては、こんな低スペックの自分を選ぶ知世のその合理的な意図が理解できなかった。

 そうなると浮かんでくるのはもっと悲観的な理由だ。


(まさか知世、誰かに弱みでも握られているのか……?)


 サキュバスの先祖返りが起こってしまったことが他の誰かにバレてしまい、口止めとしてまるで罰ゲームかのように僕と毎日キスをせざるを得なくなっているのではないか。壮太はそんな大げさな妄想さえしてしまっていた。

 そうなるとなおさら惨めなのは壮太自身だ。自分のせいで大好きな知世を傷つけてしまっているとなれば、それほど悲しくて胸糞悪いストーリーはない。


「……決めた。知世のためにもっと自分を磨こう。せめて一緒にいても恥ずかしくないくらいになろう」


 壮太は寝転がっていたベッドからむくりと起き上がって決意表明を唱えた。

 仮に知世が壮太のことを好きではなかったとしても、今のような『知世に釣り合わない男』でなくなれば自分が思い描いている悲しいストーリーの結末を招かなくても済む、壮太はそう考えた。


 となれば善は急げだ。壮太まず、自分のこの醜いルックスをなんとかしなければならないと思った。

 体型に関してはネットで話題になっている筋トレ動画なんかを参考にひたすら運動をするとして、問題は髪型とか衣服だ。これに関してあまりにも知見がなさすぎる壮太は頭を抱えた。


(そういえば……、来週末にかえでねーちゃんが帰って来るって言ってたっけ。よし、その辺はねーちゃんに聞いてみよう)


 壮太の言う『楓ねーちゃん』とは、5歳年上である彼の従姉弟のこと。専門学校を卒業してから東京で美容師をやっているのだが、来週末久しぶりに地元へ帰って来る。

 据え膳食わぬは男の恥までとは言わないけれども、こんなにも頼りになりそうな人が近くに来るのであれば利用しないわけにはいかない。普段の壮太の行動力のなさからは想像できないほど、彼自身自分磨きに燃えていた。



 ◆


 壮太の独り言のような決意表明から一週間後、東京から従姉弟の楓が帰ってきた。

 彼女の両親が結構忙しい人達なので、いつもいつも地元に帰って来るととりあえずまず壮太の家に転がり込むのが定番になっている。


「やっほー壮太、久しぶりー。お邪魔しちゃうねー」


 楓はバカンス帰りかと思うくらい大きなキャリーケースを転がしてやって来た。相変わらず高校時代のギャルギャルしくしていた面影が残る格好をしていて、こんな田舎には似つかわしくない派手な装いだ。肌の露出もそれなりに多くて壮太も目のやりどころに困る。


「楓ねーちゃん久しぶり。それにしても大きな荷物だね」

「あーこれ?まあちょっと色々あってねー。……それよりも壮太、大分痩せたんじゃない?前見たときよりシュッとしたというか」

「えっ?そ、そうかなあ……?」


 壮太は自分で自分の身体を見下ろす。

 最近体重を測るのが怖くてなかなか体重計に乗ることが出来なかった壮太だが、言われてみると確かに以前より肉が落ちて痩せたような気がした。

 運動をし始めたのがちょうど決意表明をした一週間前なので、その結果が出るにはあまりにも早すぎる。もしかして知世に毎日精気を吸われているせいなのかもしれないと壮太は勝手に想像した。


 実際のところ、壮太が痩せた原因は知世との関係性を悶々と悩んでいて食が進まなかったせいである。約ひと月ほど実質的なカロリー制限をおこなったことで贅肉が落ちたため、壮太の見た目は小太りからスマート体型に変貌を遂げていた。


「それにしても壮太の髪の毛ボッサボサじゃん、あたしが切ってあげよっかー?暇だし」

「ホント!? ちょ、ちょうど切りに行こうかなと思ってたんだよね」


 まさに壮太にとってその提案は渡りに船と言った感じ。

 髪を切られるついでに楓から身だしなみについて色々聞くことが出来るだろうから一石二鳥だ。


 そうと決まると早速楓はヘアカットの準備を始める。


「よーし、髪型に関してはあたしに任せなー。とびきりモテる感じに仕上げてあげるかんね」


 楓は自分の荷物の中にあったハサミを取り出してチョキチョキと切る動作のアクションする。

 東京で美容師をやっている楓の腕前には全く心配していない壮太だが、ノリノリな彼女の雰囲気に気圧されてなんとなく狩られる寸前の獲物みたいな気分だった。


「よ、よろしくお願いします」


 ざっくりと楓のハサミが壮太の髪に入ると、そこから先はまるで手品のようによどみない手付きでカットが進んでいく。


 進んでいくのはいいのだけれども、壮太はちょいちょい楓の胸にある柔らかい部分が自分の身体に当たるのが気になって仕方がなかった。

 楓の身体は全体的にむちむちとしていてエロい。太っているとまでいかないけれども全体的に肉付きが良くて、男子が望む女の子の理想体型アンケートをとったらこんな感じになるのだろうなというお手本のようなナイスバディだ。もちろんおっぱいも大きめなので目立つ。


 壮太は髪の毛を切られながらよこしまな思考を理性でなんとか抑えようと脳内で戦っていた。


「――よーし、こんな感じでどう?あのボサボサ頭より数億倍カッコよくなったんじゃない?」


 楓は折りたたみの鏡を手にとって散髪後の壮太の姿を見せつけてきた。今までの陰キャくさいボサボサ頭の壮太は既にそこにはいなかった。


「……本当だ、全然違う人みたい」

「でしょー?だからちゃんと髪型は整えておかないとだめよー。あとは服装も気を使わないとね」


 やはり楓は服装に関しても厳しかった。彼女曰く高級ブランドの服など買う必要は無く、清潔感とサイズ感と色彩感覚さえ最低限押さえておけば問題ないとのこと。


「服か……、服屋に入るハードルが高いよ」

「それじゃ、あたしがついて行ってやろーか?次の仕事が決まるまでしばらく暇なんだよねー」

「次の仕事……?」


 サラッと楓は爆弾発言をする。彼女は昔から大事なことはなんの気なくこんな感じに言ってくるので、壮太は一瞬驚いたものの、すぐに『またか……』という気持ちになった。


「いやー、その、向こうの職場でちょっと色々あってね……。地元帰って友達と新しく美容室開こうかなーって」

「楓ねーちゃんらしいといえばらしいけど……」


 楓はお得意のテヘペロ顔を壮太に見せつけて、散髪道具を片付け始めた。すると楓が大きなキャリーケースを開けたとき何かに気がついた。


「あっ、やべっ……、お薬忘れちゃった」

「お薬……?楓ねーちゃんなんか持病あったっけ?」


 昔からドン引きするほど健康体で花粉症すら発症しなかった楓。中学のときにインフルエンザで学級閉鎖になった際もクラスで一人だけ感染せず、暇だと言って壮太の部屋でゲームをずっとやっていたくらいだ。

 そんな楓が薬を服用しているということに壮太はシンプルに驚いた。


「うーん、病気ってか遺伝っていうか、なんつーか……」


 急に言葉の歯切れが悪くなる楓。壮太はよっぽど言いにくいことなのだと察する。


「いいよいいよ言わなくて、そういうのは個人情報だし」

「いや、ちょっとピンチなんだよね……、壮太の協力が必要かも」

「どういうこと……?僕は医者でも薬剤師でもないんだけど」


 壮太が首を傾げていると、楓は事情を話し始めた。


「あのさ壮太、『サキュバスの先祖返り』って知ってる……?」

「へ?」


 あまりにも予想斜め上からカミングアウトされてしまい壮太は変な声が出てしまった。

 サキュバスの先祖返りなら当たり前に知っている。壮太の幼馴染に同じ症例の女の子がいるのだから。


「知ってるなら話は早いね。お薬忘れちゃったから壮太の精気を吸わせてくれない?」

「ちょちょちょっと待って!そんなカジュアルに精気を求めていいもんなの?僕一応従姉弟だよ?」

「従姉弟だからお願いしてんの。それともなに?そのへんのおじさん捕まえてくればいい?」

「そ、それは嫌かな……、危険そうだし……」

「じゃあ決まりね。ほら、早く準備するわよ」


 二人は鍵をかけて密室状態になった壮太の部屋へ入った。カーテンも締め切っているので昼間なのに部屋は薄暗い。


 心を決めた壮太は、知世とするときと同様に目をつぶって口づけを待つ体勢になった。


「……? 壮太? あんた何やってんの?」

「な、何って、キスするんじゃないの?」


 壮太がそう言うと、楓は呆れた声で切り返してくる。


「はあ? キスで精気が吸えるわけないじゃない。壮太、精気の『精』ってなんていう字を書くか知ってる?その歳でカマトトぶるのもいい加減にしなさいよ」


 楓の言葉に壮太は驚きを隠せなかった。それもそうだ、知世が壮太から精気を吸うときはいつもキスなのだから。

 キスでは精気が吸えないという楓の言葉が本当であるならば、知世はこの一ヶ月全く精気を吸えていないということになる。それでも知世はキスで精気を吸えていると自称しているので、そこには矛盾が生じている。


 壮太はわけがわからなくなってたじろいでしまった。


「えっ……?ええっ……!?だ、だって……」

「まったく、どこにそんなウブなサキュバスがいるんだか。――大丈夫大丈夫、明日病院に行ってまたお薬貰ってきたらこんなことしなくて平気だから、今日だけ協力してちょうだい」

「明日……? 楓ねーちゃん車もないのに街の病院行けるの?」

「何言ってんの、車で街まで出なくてもこれぐらいのことなら近所の診療所でなんとかなるわよ」


 知世の言っていたことと楓の言葉では大分話が違うので壮太はより混乱してしまう。知世は精気はキスで吸い取れると言っていたし、サキュバス外来の病院は遠くの街にしかないと言っていた。

 もしかしたら知世は自分にウソをついているのかもしれない。それじゃあなぜ知世がウソをついたのか壮太は考えようとする。しかしながら目の前には扇情的な姿をした楓がいて、湧き上がる劣情はことごとく壮太の思考を邪魔してきた。


 一方でそんな壮太をよそに、楓は精気を吸い取るため壮太のズボンと下着を鮮やかな手付きで脱がせていく。

 そこから先は壮太にとって刺激的なひとときだった。楓の手によってあっという間に壮太が果ててしまうと、吐き出した精を彼女はなんだか美味しそうに飲み込んだ。


「……んふ♡ ごちそうさま。ありがとー、助かったわ」


 大人向けの漫画なんかではここからさらにもうひと頑張りというところだが、精を吐き出して一旦冷静になったのか壮太は思いとどまった。


 それよりも壮太は知世のことで頭がいっぱいだった。今の楓とのやり取りから、知世がウソをついているのは間違いない。それならばなぜ彼女はウソをついたのだろうか。

 そんなの考えなくても大体分かってしまう。知世はただ単に壮太の気を引くためこんな大げさなウソをついたのだ。


(何やってるんだよ僕は……、知世を傷つけまいとしているのに結局傷つけてしまっているじゃないか)


 知世の健気な気持ちに全く気が付かず、ましてや彼女は自分のことなどどうとも思っていないだろうなと考えていた壮太。勝手に『自分は知世に釣り合う男ではない』と考えていたことに急に腹が立ってきた。


「……壮太? どうしたの?まさかヤバめの賢者タイムに突入しちゃってる?」


 茶化してくる楓の言葉は壮太の耳には入らない。すぐにでも知世のもとへ駆けつけて気持ちを伝えてやりたいそんな気分だった。


 するとその刹那、壮太のスマホが鳴った。こんなタイミングに電話をかけてきたのはまさかの知世。壮太は楓へひと声かけてから、恐る恐る通話ボタンを押す。


「もしもし知世?どうしたの?」

『べ、別に大したことじゃないんだけどね!……壮太、来週末空いてる?』

「うん、もちろん暇だけど……、なにかあった?」

『ちょっとショッピングモールに大きな買い物をしに行きたいから手伝って』

「も、もちろんだよ!荷物でもなんでも運んじゃうよ!」


 壮太はなんとタイミングのいいお誘いだと思ってテンションが上がる。二人で買い物に出かけるならば知世に想いを伝えるチャンスが必ずあるはず。

 そう確信してなおのこと燃える壮太。しかし彼はひとつ大切なことに気がついた。


「あっ、出かけるための服がないや」


 結局壮太は、楓の助言をもとにネット通販で服を買うという力技で知世とのデートに臨むことになる。


 ◆


 知世は焦りを隠せずにいた。


 つい最近壮太の従姉弟である楓が東京に帰って来てからというもの、彼の様子が今までと違うのだ。

 ひとつは髪型。東京で美容師をやっていた楓に切ってもらったのだろう。今まで壮太は髪型に無頓着であったがために、いざちゃんと整えてくると知世にはそれが様になっているように見えた。

 ふたつめは生活習慣。いつもは学校から帰るなりゲームをに没頭していた壮太が、ジャージに着替えて近所をランニングするようになったのだ。その効果が出ているのか、知世から見ても壮太の体型がスマートになったような気がしていた。


 そしてみっつめは服装。知世は買い物の荷物持ちをして欲しいという適当すぎる口実で壮太とショッピングモールに来ているわけなのだが、そこに現れた壮太の装いが意外にもきちんとしていて驚いた。『服を買うための服がない』が口癖だった壮太が急に身なりを整えて来たので、知世は何か裏があると勘繰っている。


「壮太……?そんな服なんて持ってたっけ……?」

「あっ、こ、これはその……、楓ねーちゃんの助言で買ってみたというか……」


 ショッピングモールの待ち合わせ場所で壮太に会うなり会話を交わすと、知世は『また楓ねーちゃんか……』と肩をすくめる。楓が帰って来てからというもの、壮太が身だしなみや生活習慣に気を使い始めたことが知世は気になっていた。


 それもそうだ。ここまで知世は身体を張ってウソまでついて壮太の気を引こうと画策したのに、いきなり帰ってきた楓にあっさりと壮太を変えられてしまったのだ。モヤモヤしてしまうのも無理はない。


「そ、それじゃあ、知世の行きたいお店に行こうよ。買いたいものがたくさんあるんでしょ?」


 そんなテンション下がり気味の知世を見て壮太は焦ったのか、慌てて取り繕う。


「……私の用事は後でいいや。壮太は何か買い物無いの?」

「あるっちゃあるけど……、僕が先でいいの?」

「いいわよ別に。お店は逃げたりしないし」


 知世は少々不貞腐れた様子を見せる。好きな人との折角のデートであるのに、こんな態度しか取ることが出来ない自分にイライラしてしまっていた。


 そんな機嫌の良くなさそうな知世を引き連れて壮太がやって来たのは花屋だった。花と壮太というなんともミスマッチな感じに、知世は今にも疑問符が湧き出てきそうな表情を浮かべる。


「あの、昨日電話で予約してたんですけど、例のものって出来上がってますか?」

「少々お待ちくださいね」


 花屋に電話で予約するという機会はめったにない。あるとすればおめでたい時だろうか。知世は誰か身近にお祝いするべき人がいたかどうか考えを巡らせる。

 ふと思ったのは楓のこと。そういえば新しく美容室を開くとかなんとか言っていたことを知世は思い出した。


 二人きりで花屋に来てまで他の女性のための花を買うとか、やっぱり壮太は自分に気がないのだなと知世の胸の奥がチクチクと痛む。


「お待たせしました、こちらになります」


 花屋の店員さんが持ってきたのは黄色や紫、紅などカラフルな色が目立つ花が植えられた鉢植えだった。


 その花の名前はリナリア。姫金魚草とも呼ばれる春の花だ。


 知世はその花に見覚えがある。なぜならば本当は自分のほうがその花を買おうとしていたのだから。


「はい、僕から知世への誕生日プレゼント」


 店員さんから受け取ったリナリアの鉢植えを、壮太はそのまま知世へ渡す。

 知世は何が起こったのか一瞬よくわからなかった。なぜならば知世はそのリナリアの花言葉を知っていたから。


「あ……、あんた、この花がどういう花か知ってるわけ?」

「もちろん知ってるとも。知ってるから贈るんだよ」



 そう、リナリアの花言葉は


『この恋に気付いて』





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 水卜みうです

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