第32話 丸薬の苦味


「……そろそろ起きようかな」


 テントで仮眠を取っていた僕は、周囲が少しざわめきだしたのに気が付き身体を起こす。

 ぐっすりと寝ていたエルンとリベラも既に起きていたようで、目を覚ました僕に気が付いて声を掛けて来た。


「お兄ちゃんおはよー」

「おはようリオン君。朝ごはんの後、少ししたら馬車に荷物を積むって」

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと急がないとね」


 既に今日の朝食は配給されたようで、僕は荷物の傍に用意されていたパンと干し肉を口にする。

 どちらも固く、食べるのに力が必要なのは疲れるが味は何の問題も無い。水と一緒に飲みこみ、少しづつ腹の中に流し込んで行く。


「リオン君食べるの早いね。そんなに急がなくてもいいんだよ?」

「そう? テントの片付けなんかもあると思ったんだけど……」

「テントはギルドの人達がそのまま使うから片付けなくて良いって。ここの対応が全部終わってからギルドに持ち帰るらしいよ」

「そっか。じゃあ、そこまで急がなくても平気だね」


 どうやらテントはギルド職員がそのまま使うそうで、僕達が片付ける必要は無い様だ。

 それを聞いて食事のペースをいつも通りの速度に戻す。


 そうして食べ終わった所で、ギルド本部へ向かう馬車に荷物を積む為にカバンを手に馬車が待機している場所へ向かう。そこには先に荷物を持って待っていたレナと、この馬車に乗る探索者達の確認作業をしているアースさんの姿があった。


「お、リオン君達か。大分早いけど大丈夫かい?」

「はい。問題ありません」

「そうか。まだ出発には時間があるから、もう少し待っていてくれるかな?」

「わかりました」


 馬車の出発にはまだ時間が掛かるそうで、僕達は先に乗り込んで待つ事にする。

 四人全員が乗り込むと、リベラは僕の袖を引っ張って話しかけて来た。


「お兄ちゃん、先にあの薬飲んでおいて良い?」

「良いけど、水筒は持って来た?」

「あ……鞄と一緒に荷台に乗せちゃった」


 どうやら酔い止め用の薬を飲もうとしていたらしいが、水筒を鞄の中に入れっぱなしで馬車に乗った様だ。まだ出発には時間があるし、リベラは水筒を持ってくるついでに他の忘れ物が無いかを確認しに一度馬車を降りる。

 いつも何処か抜けた所のある彼女の姿に、僕は呆れながらも微笑ましく思う。


「全く……。リベラは相変わらずだなぁ」

「……何だか、こうして見るとリオン君ってお母さんみたいだよね」

「おかっ!? エルン、何を言って……!?」

「確かにリオン君は面倒見の良い所がありますし、そう思うのも無理ないかも知れないですね」

「レ、レナまで……」


 エルンの口から唐突に放たれたお母さん発言に僕はギョッとする。

 そんな事を言われたのは生まれて初めてだ。


「良いじゃ無いか、リオン君。それだけ君が頼りになると言う事だよ」

「アースさん……今の話聞いていたんですか」

「うん。まだちょっと時間に余裕があるし、君達と話をしてみたいと寄って見たんだ。……所で、丁度荷台に向かうリベラ君が教えてくれたんだけど、リオン君は丸薬を作れるのかい?」


 ……と、そこに今の話を聞いていたアースさんまでもが加わって来る。

 だが彼の興味は今の話題よりもリベラに渡した丸薬の方に在る様だ。


 丁度話題を逸らしたかった所なので、それに便乗する形で話を変える。


「そうですね。母から作り方を教わって自分で調合してます」

「なるほど……。確かに彼女は薬剤に関しての知識も持ち合わせていたね」


 話を聞いたアースさんは母さんと面識があるような口ぶりだ。

 それが気になった僕はその事を彼に尋ねる。


「……アースさんは母さんを知ってるんですか?」

「ああ、知っているとも。彼女だけでなく、君達のお父さんにもお世話になったからね」

「母さんだけじゃなく、父さんにも?」

「そうだよ。まぁ、その事については本部に戻った時にでも詳しく話そうか」


 この場ではまだ伝える気が無いのか、アースさんは少しはぐらかす様に答えた。

 二人と面識があるという事は、彼は二人と共に小隊を組んでいた時期があると言う事だろうか?


「お兄ちゃん、水筒取って来たよー!!」

「……あぁ、おかえり」


 そんな事を考えていると、水筒を取りに言っていたリベラが戻って来た。

 口にたっぷりと水を含んだ彼女に丸薬を渡し、面白い顔になりながらも薬を飲みこむ姿を観察する。


「う~、やっぱりこれ苦いよぉ……」

「そんなにかい? もし良かったら私も飲んでみて良いかな?」

「はい、構いませんよ」


 とても不味そうに薬を飲み込むリベラを見て興味が湧いたのか、アースさんも丸薬を飲んでみたくなった様だ。差し出された手の平に一粒乗せると、彼は直ぐに丸薬を口に含み、良く味わう様に舌の上で転がす。


「ふむ……。うっ……、なる、ほど……。ニガ草を主体として……んぐぅ……」

「あの、大丈夫ですか?」

「問題な……うぐ……」


 明らかに問題がありそうな声を発しつつも、無事にアースさんは薬を飲み込んだ。


「くはっ……。うん、これは確かに凄いな。万病に効く不味さと言われるニガ草を使っているだけはある。今も口の中で苦味が暴れ回っているよ」


 リベラは苦味が好きじゃ無い為に水と共に一気に飲み込んでいるが、アースさんは水を飲まずにしっかりと噛み砕いてから飲み込んだ様だ。

 未だ口に残る苦味に顔を顰めながらも、丸薬に何が使われているかは大体把握した様子だ。


「それじゃあ、私はこれで。もうすぐで出発するから、それまで待っていてくれ」


 丸薬を飲み込んだアースさんはそそくさとこの場から立ち去って行った。

 出発の時間が迫って居る事もあるし、最終確認などを済ませるのだろう。


 少しの間四人で話を続けていると、遂に出発時間になったのか前方からアースさんの号令が響き渡る。その声を合図に、僕達の乗っている馬車もゆっくりとギルド本部へ向かう道を進み始めた。

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