第31話 足りない信頼


 遺跡の探索を終えた翌日。

 支給されたテントの中で目を覚ました僕は、既にレナが何処かへ向かったのに気が付く。


 エルンとリベラはやはり昨日の探索で疲労が溜まって居たのか、未だにぐっすりと眠りに付いている。そんな二人を起こさない様に気を付けつつテントから出る。


「そう言えば、アースさん達は無事に帰って来たのかな……」


 昨夜の時点で未帰還の小隊は四つ。加えて遺跡に取り残された一人と、その人物を救助しに行ったアースさんの二人。もしかすると彼らは夜中の間に帰って来ているかも知れない。そう考え、確認を取ってみようと仮設本部へと向かって歩みを進める。


 その途中で、レナが救護テントから出て来る姿が見えた。


「おはよう、レナ」

「はい、おはようございますリオン君」

「救護テントから出て来たけど、何かあったの?」

「いえ、そう言う訳ではありません。ただ、自分の治療した方の容態が悪化して居ないか心配になってしまって……」


 どうやら治療が失敗して怪我人の症状が悪く無いか心配になって見に来たらしい。

 結局その心配は杞憂に終わり、一日休んだことで彼らも大分回復した様だ。


「レナの回復魔術は凄いからね。そんな心配は要らなかったと思うよ」

「ありがとうございます。でも、私にはこのくらいしか出来ませんから……」


 今回の探索でもレナの回復魔術にはお世話になりっぱなしだった。

 だが、彼女はそれだけでは満足が行かないようで、右手を胸の前でキュッと握りしめる。


 その姿を見て、僕は今まで口にしていなかった疑問を投げかけてみる事にした。


「ねぇレナ、一つ聞いても良いかな?」

「はい、何でしょうか?」

「前にレナは攻撃系の魔術が使えないって言ってたけど、本当に使えないの?」

「それは……」


 以前から不思議に思って居た事。それは彼女が攻撃魔術を扱えないと言う点だ。

 性格などの問題から相手を傷付ける事を良しとせず、無理やり攻撃魔術を扱おうとすると魔力操作が酷く乱れる……と言った事はあるらしいが、彼女がそれに該当するかと言うと少し違う気がする。


 ラースとの戦闘の際には僕が主体となった物の、二人で編み上げた魔術で彼女を攻撃した。

 本当に戦闘を忌避する性格であれば、彼女側の魔力操作が乱れて術は不完全に終わるはずなのだが、そうはならなかった。


 加えてその戦闘中にエルンと交わした不穏な言葉と、彼女の周囲を渦巻いていた不気味な魔力。

 あらゆる点から本当は彼女も攻撃魔術が扱えるのでは? と言う疑念が拭えなかった。


 僕の問いに対しレナは戸惑った様に口ごもるが、少しして決心がついたのか少しづつ事情を話し始める。


「そうですね、隠していてすみません。本当は私も攻撃系魔術を扱う事は出来ます。ただ……」

「ただ……?」

「その、お恥ずかしながら、攻撃魔術を使おうとするとどうにも感情の制御が利かず……。あまり人前でお見せ出来ない姿になってしまうと言いますか……」

「そ、そうなんだね……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめるながら彼女はそう口にする。

 それを聞いてなんと反応すれば良いのか分からず、反射的に苦笑いを浮かべてしまった。


「まぁ……確かにレナも女の子だもんね。あまり見られたくないって言うなら、無理に使わなくても大丈夫だよ」

「本当にすみません……」


 精一杯フォローしたつもりが、レナは顔を真っ赤にして小さく呟く。

 これ以上何か言っても逆効果になると考え、早々にこの話を打ち切る事にした。


 レナはそのままテントへと戻って行き、僕は再び仮設本部へと向かう。

 その道中で先程の会話の際の彼女の表情を思い起こす。


(本当の事は、まだ隠してるみたいだけど……)


 多分、全てが嘘だと言う訳じゃない。

 攻撃魔術が扱える事は話してくれたし、彼女なりに譲歩してくれたんだと思う。


 だけど……これまで共に探索を続けて来ても、それでも絶対に口に出来ない何かが彼女にはあるのだろう。もしそうなら、無理に聞き出そうとせずに彼女が話してくれる様になるまで待った方が良いのかも知れない。


「……考えていても仕方無いか」


 聞けなかった事は仕方がない。

 思考を巡らせている内に仮設本部はもう目の前に近付いていた。


 どんな状況だろうと見てみると、夜中の内に帰って来ていたのかそこには未帰還者の救助に向かっていたアースさんの姿が見えた。

 彼もこちらに気が付いたらしく、作業していた手を止めてこっちに向かって手を振る。


「おや、おはようリオン君。随分早い目覚めだね」

「おはようございます、アースさん。探索者達の状況はどうなっていますか?」

「その事なら心配無いよ。今回探索に向かった小隊は無事、全員が帰還してくれたからね」


 どうやら夜中の間に残りの小隊も帰って来たらしく、怪我を負った者こそ居たが既に治療も終わり、後は完全に回復するのを待って帰るそうだ。

 アースさんに救助された探索者も、大きな怪我こそ負っていたが無事に助けが間に合ったようで、彼に背負われて遺跡からの脱出を果たした。


 そんな彼らの治療や遺跡群周辺の状況を把握する為に深夜まで仕事を続けていたギルド職員の方には本当に頭が上がらない。

 それと同時に今回の大規模探索で犠牲者が出なかった事に安堵し、ホッと胸を撫で下ろす。


「そうですか、良かった……」

「ああ、本当にね」


 アースさんも心底安心した様な表情を浮かべる。

 そして僕に向かって今後の予定を話し始めた。


「今回の探索が無事に終わった事だし、この現場は職員の彼らに一任し、私と大きな怪我が無い探索者達はギルド本部へと戻る事になる。そこで、今回の大遺跡を攻略した君達には大遺跡の内部についての情報やそこで入手した物の提出を求めなければいけないんだけど……大丈夫かな?」


 アースさんは少し心配そうに顔を覗き込んで来る。


「はい、大丈夫です。僕達に出来る事なら喜んで協力します」

「ありがとう、そう言って貰えると助かるよ」


 そんな彼の不安を払拭するように堂々と答える。

 僕の様子を見たアースさんは柔らかに微笑んだ。


「さぁ、昼からまた馬車に乗っての長旅になる。その前にもう少し休んでおくと良い」

「分かりました、ありがとうございます」


 彼に促されるままにもう一度テントに戻って眠りに付く事にする。

 テントに帰って来ると、そこにはまだ眠ったままのエルンとリベラ。そしてエルンの寝顔を見て小さな笑みを浮かべるレナが居た。


「あ、お帰りなさいリオン君」

「ただいま。アースさんが言うには、今日の昼からギルド本部に向かうそうだよ。今の内に荷物を纏めて、少しでも身体を休めた方が良いと思う」

「分かりました、エルン達が起きたらそう伝えておきます。リオン君も少しお休みになっては?」

「うん……お言葉に甘えて」


 互いに先程のぎこちない会話を気にしていないかの様に振舞う。

 どことなくいつもと違う雰囲気を放つレナに気が付かないフリをしながら、彼女の言葉に甘えて眠りについた。

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