第27話 大遺跡の裏側


 ……遺跡群の中央にそびえ立つ大遺跡。

 私、アース・レイロークはその内部を誰一人として連れる事無く進んでいた。


「もう少しで最深部に辿り着く頃合いか……」


 長年の経験から終点が迫って居る事を察する。

 漆黒に染まった外套を羽織り、周囲に貼られている接触型の罠に触れないよう、飛ぶように通路を突き進んでいく。


 魔力感知型の罠はこの外套を羽織っている限りは作動しないと分かっている。

 幾度も使用しその性能を熟知しているが故に、私は躊躇いなく遺跡を進む。


 そして辿り着いた最奥の部屋。

 この大遺跡の最上階にて、私は立てていた予想が間違って居なかった事を知った。


「やはり……何も無いか」


 外観からは想像出来ない狭さの部屋には、小さな台座があるのみ。

 それ以外に目ぼしい物は無く、台座の上に何かが或る訳でも無かった。


 念のために台座を確認してみるが、元々物が乗って居たような痕跡も無く、誰かが既に持ち去って行った訳では無い様だ。


 そうなると気になるのが、今回の遺跡共鳴現象ロスト・レゾナンスの中心となっている大遺跡の正体だ。

 己の存在を知らしめるかの様に地表へ姿を現したこの遺跡がそれでは無いと言うのなら……


(やはり、彼らに任せたあの場所か)


 ふと思い当たるのは小さな探索者達に任せたあの花園。


 黄金の華が咲き乱れ、不思議と心が落ち着いていく感覚を覚えたあの場所だ。

 私が直接訪れた際には何の異常も見当たらなかったが、あの場所が今回の遺跡群の中心となった大遺跡で間違いないだろう。


 ……と言うのも、私は過去に三度大遺跡に潜った事がある。


 一度目は祖国、レアン王国に出現した際。二度目はプロ―ダク近郊で。そして三度目は……再びレアン王国の領地内で。

 その三度の経験からして、あの場所は間違いなく大遺跡へと繋がる場所なのだと分かる。


 そうなると不思議なのが、今回の大遺跡に入れなかったと言う点だ。

 今までの大遺跡では何か特殊な細工こそあれど、内部に入れなかった事は一度も無かった。


 ……いや、少し違うか。


 今までの大遺跡も、私の所属する小隊以外は入れた試しが無かった。


 遺跡自体が中に入れる人間を選ぶとでも言うのだろうか。

 選ばれた人間以外はどのような手段を用いても内部に侵入する事は叶わず、資格を持つ者達が遺跡を踏破するのをただ外で待つしか無い。


 私は今まで仲間のお陰で三つの大遺跡に入れた事を忘れていたのだろう。

 もしくは、自分が大遺跡に入る事を許された特別な人間とでも勘違いして居たか。


 どちらにせよ、私が碌な人間で無い事に変わりはない。

 それは今回の大遺跡にまだ年若い彼らを送り込んだ事からも明白だ。


(彼女は、俺を恨んでいるだろうか……)


 まず思い浮かんだのは純真無垢を体現したかの様なシスター見習いだった少女。


 友人が突如発生した遺跡に単独で潜り込んだ事を知りショックを受ける姿を今でも覚えている。


 周囲に自分よりも小さな子供達が居た為、年長者の自分が取り乱す姿は見せられなかったのだろう。心の内では誰よりも不安に感じていたに違いないはずの彼女は、友人が無事に帰って来たのを見て初めて涙を流し泣いていた。


 その友人が探索者になると言い出した時は、自分も探索者となると私に告げて来た。

 彼女の決意は固く、そう簡単に変えられる物では無いと判断した私は、せめて自分の身は自分で守れる様にして欲しいと友人に頼み、彼女たちの面倒を見て貰った。


 ……その発端となった少女も、初めて会った時は酷い有様だった。


 単身で……それも大した装備も無しで一人の少女が遺跡に入ったと聞いた時は肝が冷えた。

 正直な話、遺跡の難易度によっては生存は絶望的だとすら思って居た。


 実際に遺跡に入れば、あちこちで罠の起動した痕跡や魔物との戦闘の跡、そして少女のものであろう血痕が確認出来た。

 半ば諦めつつも最深部に辿り着いた私は、そこで全身傷だらけの少女を発見した。


 幸いな事に息はあり、怪我も思った以上に深刻では無かった。

 その事に安堵しつつも私は彼女が見事に遺跡の最奥まで辿り着いた事に驚きを隠せなかった。


 そして、それ以上に私を驚かせたのは彼女の魔力操作技術だった。

 魔物や罠で付けられた傷の他に、彼女の全身に付いていた浅い傷。

 自らの魔術の反動で負ったのだろうそれは、『回路活性』と呼ばれる、レアン王国でも一握りの騎士が使える技術を扱った痕跡だった。


 彼女は余程魔力操作に長けていないと扱えないその技術を不完全ながらも覚醒させ、自らの身に降りかかる火の粉を払い退けここまで辿り着いて見せたのだ。


 その事実を知った私は、彼女をどう取り扱うか迷った。

 勿論、彼女の傷の手当てをし、住んでいた教会まで送り届ける事は確定事項だった。


 問題はその先、彼女の今後についてだった。


 才覚や人格面については問題無し。正直な話、戦闘を得手とする探索者として欲しくはあった。

 だが、彼女の周囲の人々の事を考えれば、それは駄目だと良心が訴えかけた。


 結局、私から彼女を勧誘する事は無かったが、その事に意味は無かった。

 知っての通り、彼女の方から探索者になりたいと願い出たからだ。


 聞けば教会の維持費の為に一攫千金を狙える探索者になりたいと。


 その言葉に引っかかる物を覚えた私は定職についてはどうかと尋ねた。

 国を越える事になるが、彼女の才能であれば数年もしない内にレアン王国の騎士……それも中々良い条件で騎士団に迎え入れてくれるだろうと。


 自ら国を去っておきながら言うのも変だが、元々私は騎士団や王家にも顔の効く立場だった。

 故に、自分の紹介状でも持って行けば、邪険に扱われる事も無いだろうと。


 騎士団の給与は周辺諸国の平均よりも中々に高い事もある。

 そこで働けば教会に住まう者達も路頭に迷う事も無い。


 私がそう説得すると、今度は数年後では意味が無いと言い出した。

 一応、見習いでもある程度の給金は出されると伝えたが、その程度の額では全額送金したとしても教会の孤児たちを養うには足らないと一蹴されてしまった。


 困った私はふと、自分のポケットマネーで教会を支援すると伝えた。

 こうまですれば彼女は探索者になるのを諦めるだろうと、私はそう思って居た。


 だが彼女は、私の提案にそこまでされる覚えは無い、そんな事をして私に何の得があるのかと取り乱しながら訴えて来た。

 最後に、自分はもう探索者になる事を決めているという事も。


 彼女が何故そうも探索者を目指しているのかは分からない。

 初めて潜った遺跡であれだけボロボロになり、持ち帰った宝物もさして高値になるような物でも、美しく煌びやかな物でも無かった。


 ただ危険が付きまとうだけの職業であると言うのに、彼女はそれになろうとした。


 それが示す事は―――


「……よそう。彼女の考えがどのようなものであれ、彼女を一人の探索者として認めたのは他でもないこの私だ」


 頭を振り、思考を遮る。

 あの二人を危険な場所へ向かわせてしまったのは私自身だ。


 そして、二人と共に小隊を結成したあの双子たちも、私が危険な目に合わせたも同然だ。


 十五歳となって直ぐにギルド本部へとやって来たと言う二人。

 ほんの少しその顔を見ただけで、直ぐに彼らの子だと理解出来た。


 同時に、何故彼らが自らの子をこんな危険な場所に放り込んだのかと言う疑問も浮かんだ。


 彼らも遺跡探索の危険性は十二分に理解しているはずだ。

 ましてやそれを我が子に伝えていない訳が無い。


 となると、彼らが自発的に探索者となるべくやって来たという事だ。


 何故危険を冒してまで探索者になろうとするのか。

 それも彼らの様なうら若き少年少女が、だ。


(まるで、何かに惹かれているかの様だ)


 そんな馬鹿げた考えが頭を過ぎるも、直ぐにそれを振り払う。

 とにかく、この巨塔に何も無いと分かった今、私が向かうべきはあの花園だ。


 彼らの身に何も起こって居なければ良し。

 もし、何かあったのならその時は……と、そこまで考えた所で先程までは何ともなかった台座が不自然に発光して居るのに気が付く。


 この外套を羽織って居る以上、魔力感知式の罠が作動したとは考えられない。

 かと言って接触感知式の罠が作動したかと言われればそうでもない。


 そもそも、この部屋に罠は仕掛けられていなかった。

 つまり、これから起こるのは私の想像し得ない現象。


 腰に下げた剣を抜き、未知の敵の来襲に備える。


 次第に光は部屋全体を覆う様に広がり、私の視界が黄金の輝きに呑まれた一瞬の後―――





「いたた……みんな、大丈夫?」

「う~、目がチカチカする……」

「私は大丈夫だよ。レナちゃんは?」

「はい、私も大丈夫です」





 私の目の前に突如現れた四つの人影。

 その正体はたった今思い起こしていた若き四人の探索者達であった。

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