第21話 幻像の水都


「お、今度は遺跡っぽい場所に出たね」

「さっきまでの場所とは全く雰囲気が違いますね」


 三度目の扉を潜ると、その先では石造りの通路が僕達を待っていた。

 明かりを取り出し周囲を見渡すと、水が通った跡が残っていて全体が湿っぽく感じる。


 危険が無いか付近を照らして確認するが、特に何も見つからなかった。

 その事に安堵していると、ぐい、と服の袖を少し引っ張られる。振り返るとリベラが服の先を摘んでいる姿が見えた。


「どうかした? もしかして、何か見えたとか?」

「うん。今度は結構見えやすかったよ」


 どうやら扉を通った事でまた頭にとある光景が浮かんだ様だ。

 内容を聞くと、先程の砂の海―――砂漠と言うらしい―――の上に存在する国に向かう途中、僕達を襲ったあの砂長虫サンドワームと同じ魔物に襲撃されたのを撃退する、と言う光景だったようだ。


「そう言えば、レナちゃん達がさっき戦ってた人も近くに居たんだ」

「それは一体どう言う状況なのでしょうか……」


 どうやら先程エルン達と戦っていた二刀の騎士と共に魔物と戦って居たそうで、彼の姿は二人に倒された時よりも鮮明に映って居た様だ。


「まぁ、遺跡の仕組みに関してはまた後で考えるとして、今はここを出ない? 流石にここにずっといるのは居心地が悪いと言うか……」


 確かにこの場所にいつまでも留まって居る訳にも行かない。

 早速場所を変えようと歩き出す―――




 カチッ




 妙に小気味の良い音が前方から聞こえ、僕達は先頭を進むエルンを見る。


「今の音は?」

「…………ごめん。何か踏んじゃった」


 彼女の足元を見ると、そこだけ周囲の床よりも陥没して居るのが見えた。

 先程確認した際にはそんな事は無かったため、その部分の床をエルンが踏んだ事によって沈んだのだろう。


 嫌な予感と共に背後の方で何かが迫って来る音がする。


「これって、もしかして……」

「不味い、とにかく走ろう!!」


 後ろから迫って来たのは大量の水。罠を踏んだ事で流れて来た水は、僕達を容易く呑み込める程の勢いでこちらへと押し寄せる。


「これ、間に合わな―――」


 その速度から逃げ切れず、四人纏めて水と共に通路の中を押し流される。


「がぼごっ!?」


 ギリギリまで引っ張ってから息を止めようとしたが、タイミングを間違え思い切り息を吐き出してしまった。水が口から入り込み、咽せた勢いで再び空気を吐き出す悪循環に陥る。


(ま、ずい……)


 意識が遠くなりかけたその瞬間、唐突に浮遊感を覚える。

 どうやら相当高い場所から放り出された様で、真下には美しい街並みとその合間を縫う様に引かれた水路が広がっていた。


 眼下の光景に何処か既視感を覚えるも、今は息を吸い込むので精一杯だ。


「あわわわ、お、落ちるー!!」

「くぅ……レナちゃん、どうにか合わせて!!」

「わか、りました……!!」


 エルンが風を右足に纏わせ、地面が近づいた所で思い切り振り抜く。

 地面と激しく接触し乱雑に散って行った強風は、僕達の身体を一瞬だけ浮き上がらせた。


「―――『水泡の揺り籠』!!」


 その一瞬でレナが地面に魔術を放つ。

 現れた巨大な水の玉は、泡に包み込むような形で僕達をそっと地面へ降ろすと弾けて消えた。


「っはー……が、ふっ……。た、助かったよ。あり、がとう……」

「いや、元々私の不注意だったし……。それよりここは?」


 エルンに背中をさすられながら周囲を見渡す。

 やはり、何処かで見た事のある場所だ。穏やかな空気に数多の水で彩られた街……。


「あ、お兄ちゃん!! ここセレドゥじゃない!?」

「セレドゥ……? 確か私達はセレドゥ付近の土地に出現した遺跡に入ったのですよね?」

「じゃあ地上に出たって事?」


 上手く頭が回らず思い出せなかったが、リベラの発言でようやく分かった。


 水上都市・セレドゥ。

 今回の遺跡群が出現した近くにある都市で、昔家族全員で遊びに来た覚えがある。漁業や街の外観等を生かした観光業が栄えている都市だ。


 街の中には数多の水路が引かれ、小舟に乗って街中を観光する事が出来る。

 船に初めて乗ったリベラはその揺れで酔ってしまい、盛大にやらかした事もあった。


 その時の光景を思い浮かべ思わず吹き出すと、まだ体に残っていた水が同時に噴き出て再び咽てしまった。


「お兄ちゃん大丈夫!?」

「おうおう、我慢せずに吐き出しちゃいな」


 かつてのリベラと似たような状況に陥っている事を皮肉か何かかと思いつつ、元に戻った僕は皆と共にセレドゥの街中を歩く。


 そこで気付いたのはまだ遺跡の外ではない、と言う事だった。


「人通りが皆無だなぁとは思ってたけど……。まさかまだ遺跡の中だったなんてね」

「最初見た時には全然分かんなかったよ。前にお父さん達と一緒に来た所と殆ど同じだったもん!!」


 リベラの言う通り、この街は施されている装飾や建物の並び、その殆どが記憶にある物と酷似していた。そうして歩きながら細部まで入念に確認した僕は確信する。この場所は僕達が訪れたセレドゥの街と瓜二つ……と言うより全く同じだという事を。


「あ、扉だ」


 しばらく歩き続け、遂に街中で例の扉を発見する。

 どうやら景色は続いていても僕達が行けるのはここまでの様だ。


「……」


 皆が扉を潜ったのを見届け、最後に僕も扉に手をかける。


 この遺跡に飛ばされてから見て来た場所とこの街。

 そしてリベラに起こっている出来事から一つの仮説を立てながら、僕はこの地を後にした。

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