第20話 砂の海

 扉を潜り抜けた僕達は、直ぐにリベラに異変が起こって居ないかを確認する。


「リベラ、何ともない?」

「……あうっ!?」


 少しぼーっとしている様子の彼女を揺すると、意識が戻って来たのかビクッと身体を跳ねさせた。


「どう、リベラちゃん。何かあった?」

「う~ん……。何か見えたんだけど、はっきりとは思い出せない……」


 また頭の中に何処かの光景が流れ込んで来た様だが、今回は全く何も思い出せない様だ。

 それでも何とか思い出そうと、リベラは唸りながら頭を抱えている。


「もしかして、あの影の状態が関係したりするんでしょうか?」

「あー、確かにそれはありそうだね」


 一度目の影は、最終的にほぼ完全に一人の人間の姿を模倣出来ていた。

 だが、今回の二つの影は全力を出されない様にと早期に決着を付けてしまった為、歪な影のまま倒されてしまっていた。


 何かあるとすればこの辺りの違いにあるのかも知れない。


「所でお兄ちゃん。ここ、凄い景色だね」


 僕がそんな事を考えていると、リベラはようやく周囲の様子に気が付いた様だ。


 今、僕達が立っているのは一面に砂が敷き詰められた場所。

 何処を見ても砂、砂、砂。まるで砂の海と言わんばかりに辺りには砂と僅かな植物しか存在していない。


 それに加え、照りつける様な日差しが僕達に牙を剥く。

 熱された空気も相まってさっきから汗が止まらない。


「こんな暑い所、早く通り過ぎたいね」

「私が魔術を使いましょうか? 何もしないよりは良くなるかも知れません」

「ありがとう、お願い出来るかな?」


 レナが魔術を使うと、薄らとした水の膜が僕達を包み込む。

 すると先程まで感じていた暑さが軽減され、快適な状態に改善された。


「涼しい〜。ありがとうレナちゃん!!」

「もし魔術の効果が切れたらもう一度掛け直しますね」


 彼女の魔術のお陰でいつも通りの状態で歩ける様になった僕達は、早速この場所の探索を進めるべく歩き出す。


「何かこの草トゲトゲしてるね」

「針を持つ植物ですか……。面白いですね」


 この砂の海に存在しているのは全身に針を纏った草、点々と立っている細い木々、そして遠目に美しい水場が見なあおわえる。

 一先ず、特に目立つ水場を目指して、僕達は歩みを進める。


「この砂と草、少し取って行こうかな……」

「え? リオン君、そんなものまで持ち帰るの?」


 歩く度に足下で滑らかに動く砂を見ながらそう呟くと、エルンが何故かと首を傾げる。


「気にしないで。お兄ちゃん、昔から変な収集癖があるから」

「変なって……そんなにかなぁ」

「まぁまぁ。別に良いんじゃ無いかな。趣味は人それぞれだしね」


 相変わらずなリベラの言い草に少しムッとするも、エルンは特に引いたりする様子も無く普段通りだ。

 僕は早々に砂を一握り、草を一部切り取って試験管の中に入れて立ち上がる。


「お待たせ、終わったよ」

「それじゃあこのまま進み……あわっ!?」


 早く水場へと向かおうと進もうとすると、突如地面が大きく揺れ始めた。

 掴まれるものも無く転んだ僕達は、揺れが収まるまでそのまま座り込む。


 しばらくしてようやく揺れが収まると、今度はそこらに生えていた草木がどんどん地面へと吸い込まれて行く。


「な、なんかヤバくない?」

「だんだんこっちに向かって来てる!!」

「逃げましょう!!」


 飲み込まれる様に草木が消えた後、その中心点から大きな何かが砂中から僕達目掛けて迫って来た。

 まるで大波の様に押し寄せる大量の砂を見た僕達は、直ぐに走り出し逃走を図る。


「不味い、追い付かれる!!」


 全力で走るも、砂の中に居るものは相当な速度でこちらを追いかけ、もう直ぐそこまで迫っていた。


『ーーー!!』

「「うわぁ!?」」


 そして追い付かれた瞬間、足下の砂が一斉に打ち上げられ、それに巻き込まれる様に僕達も空中へと放り出された。

 

 砂中から姿を現したのは、太長い褐色の巨大生物。大穴の様な口を広げて、打ち上げられた僕達を纏めて呑み込もうとしている。


「これは……巨大な虫か!?」

「こ、このままじゃ飲み込まれます!!」


 獲物を今か今かと待ち侘びる様に大口を広げる大きな虫。

 空に放り出されている為、このままだと碌に身動きも取れないままこの虫の餌になってしまう。


「リベラ!!」

「分かった!!」


 どうにか体を捻り、右腕を眼下の敵へと向ける。

 声を掛けられたリベラも僕の考えが分かった様で、同じ様に腕を下へと伸ばし、


「「ーーー『迅雷』!!」」


 そして同時に真下へ魔術を放つ。

 放たれた二つの雷は一筋の閃光となって大口を開けていた虫をその体内から焼き貫いた。


 だが絶命する直前、虫は砂上で激しく暴れ始め、その衝撃で舞い散った大量の砂に僕達は巻き込まれる。


「ぺっ、ぺっ!! うわ、もう最悪……」

「う〜、服の中まで砂が入って来たぁ……」


 多量の砂に巻き込まれた僕達は、埋もれはしなかったが細かい砂の粒が身体の至る所に入り込んでしまった。加えて、先程から受けていた衝撃で身体を包んでいた水の膜も破れ、再び蒸し暑い空気と日差しが僕達を襲い出す。


「レナちゃん、魔術で何とか出来そう?」

「すみません……。私も服の中に砂が入ってしまって、今の状態だと集中するのに少し時間がかかるかも知れません」


 唯一この状況をどうにか出来るレナももれなく砂塗れになってしまい、その不快な感触が気になって魔術に集中出来そうにないそうだ。


「あ、もう少しで水場に着きそうだよ」


 リベラが少し先にある水場を指差して告げる。

 逃げた方向が合っていたのと、砂と共に吹き飛ばされた影響で大分近くにまで着いていたらしい。


「本当ですね。あそこに行って洗い流しましょう」

「そうしようか、いこう」


 レナの魔力を温存出来ると言う点でも、皆で水場に向かった方が良さそうだ。


 幸い、辿り着いた水場の水はとても澄んでいて、少し口にしてみたが毒なども入っていない。試しに僕が水浴びをするが、しばらくしても身体に異常は現れなかった。


 安心してこの場所を使えると分かった所で、休憩も兼ねて今度は三人が水浴びをし、その間に僕は水場付近の探索を進めて行く。


「……何となく分かってたけど、気候や植生がこの大陸とはまるで違う」


 この場所で目にした植物は見た事無い物ばかり。

 加えて、この大陸ではこれ程暑い季節や場所は存在しない。


 唯一、遺跡の中であれば超常的な気象や現象が起こり得るが……


「となると、やっぱりここは遺跡の中か。大遺跡かどうかは確証が持てないけど……」


 不可思議な現象の数々と、この地には無い植物達。

 僕達が飛ばされた場所は何処か遺跡の内部で確定だろう。


 遺跡内であれば、このまま進み続ければ出口も見つかるかも知れない。


 そう考え探索を続けていると、この水場からそう遠くない場所に新たな扉を見つけた。


(普通に考えて、遺跡なのに各部屋が扉で繋がってるって変だな)


 今までは落ち着いて考える暇が無かったから見落としていたが、扉で各部屋……しかも空間的に全く繋がりの無い場所に出られると言うのは、かなり奇妙だ。


 その事について考えていると、どうやらリベラ達の水浴びが終わった様で、水場付近から居なくなっていた僕を探しに来ていた。


「お兄ちゃんこんな所まで来てたんだ。探したよ?」

「お待たせリオン君。いやー、さっぱりしたねー」

「お待たせしました。何か見つけましたか?」


 後で呼ぼうとしていたのだが、考え事に気を取られ時間を忘れてしまっていた様だ。

 三人に目の前の扉を見せ、いつでも次の場所へ行ける事を伝える。


「お、流石私達の隊長だね。もう準備は万端って訳だ」

「休憩も既に済ませていますし、早速行きましょう」


 次の場所へ向かう用意は整った。

 僕達は更なる遺跡の奥深くへと向かうべく、目の前の扉を潜って行った。

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