第10話 慕われる所以


 遠方の依頼を受けるため馬車に乗った僕達は、数日掛けてプローダクの最東端の街に辿り着く。


 ここに来るまでに幾つかの村が馬車の通る道沿いに開拓されていて、食事や寝床に困る事は無かったのは本当に驚いた。

 お陰で夜でもゆっくりと睡眠を取り、旅の途中でもしっかりとした食事にありつけた。


「も、もう駄目……」


 とは言え、馬車に揺られた時間があまりにも長すぎた所為か、元々乗り物酔いしやすかったリベラは街に着いた途端に地に倒れ伏す。

 エルンとレナもリベラ程では無いが、長旅の間ずっと馬車に揺られていた影響で疲労が溜まって居る様だ。この様子だと、今日遺跡探索に向かうのは出来なさそうだ。


「ほらリベラ、ニガ草の丸薬だよ。飲める?」

「うぅ~、それ不味いから飲みたくない……」


 ぶつくさと文句を言いながらもリベラは襲い来る頭痛と眩暈を治す為なら、と意を決して丸薬を口に含み、酷い味に顔を顰めた。


「まっずい!! にっがい!! でも凄く効いてきた!!」

「それは良かった」


 ニガ草の丸薬は即効性があるだけでなく、あらゆる体の不調を治すのに最適の薬だ。

 今回の様に酔い止めとして服用する他にも鎮痛薬、解毒薬としての作用も期待出来る。


 これを一瓶分持って居れば旅先で病気になる事は無いと言われる程だ。


「二人もこれを飲めば楽になるよ」

「ありがとうございまうっ!? ……これは、確かに……苦いですね」

「まぁ良薬は口に苦しと言いますし、仕方が無いと私はおも……ぶおぁ!? なにこれ、この世のモンじゃねぇ苦さだ!?」


 顔色を悪くしていたエルンとレナにも丸薬を渡すと、二人はその苦さに驚愕する。

 だが直ぐに効果が現れ始めたのか、瞬く間に二人の顔色は元通りになりつつあった。


「僕は今からギルドのプローダク支部に行くから、三人には宿探しを任せても良いかな?」


 無事に馬車酔いから三人が立ち直ったのを確認し、一つの提案を口にする。

 僕がギルドに報告に行っている間、三人には宿を探して貰うついでに、少しばかりこの街の散策でもしながら親交を深めて貰おうと言う算段だ。


「あ、じゃあ私も付き合うよ。いつもリオン君ばっかに任せる訳にも行かないしね」


 そう考えていたのだが、いつもの緩やかな笑みを浮かべながらエルンが同伴を申し出る。


「そうですね。リオン君に任せてばかりでは大変でしょうし、一緒に連れて行ってあげて下さい。エルン、彼の言う事をよく聞いて下さいね?」

「あれ? 私、レナちゃんに家畜か何かだと思われてる?」

「宿探しなら私得意だよ、任せてお兄ちゃん!!」


 レナもリベラも特に異論はない様で、そのまま二手に分かれて行動する運びとなった。


「いやー、おかしいなぁ。私すっごく真面目なんだけどなぁ」

「意外と気にしてたりするの?」

「それはもうすっごく。私の心は硝子製なんだよ? もっと丁重に取り扱って貰わねば」


 先程のやり取りを思い出してか、エルンは心底不服と言った様子で自分の扱いに抗議する。

 とは言っても、彼女はレナに対してそこまで強く出れる様な性格ではないだろうし、今の言葉も冗談交じりの物なのだろう。

 事実として二人と別れた後も彼女の表情は明るいままだ。


「そう言えば、エルンがレナから離れるなんて珍しいね」

「確かにそうだね。まぁ、それはリオン君達にも言えるんだけどね」

「あぁ……それは確かに」


 二人と出会って数日になるが、僕達は二人が別行動をしている場面を見たことが無い。

 それと同様に、彼女達も僕達が離れている所を見たことが無い。


 互いに同じ相手と離れずにいたと考えると、今回別々の組み合わせで行動した事は良い事だったのかも知れない。


「……さっきのリオン君、リベラちゃんと私達が仲良くなれればー、みたいな気を使ってたでしょ?」


 そんな事を考えていると、不意にエルンが鋭い指摘を口にする。

 思わず体が反応してしまい、それを見た彼女はにしし、と意地悪気に笑みを浮かべる。


「もしかしてバレバレだった?」

「もしかしなくても、リオン君はちょーっと私達に気を回し過ぎだと思うよ」


 エルンはいつもと同じ口調で、いつもと違う真面目な雰囲気を放ちながら僕を嗜める。


「気を使ってくれる事自体は嬉しいけど、度が過ぎると距離を置かれてるんじゃないかって思っちゃうんだよね。私達に頼ってくれても全然良いんだよ?」

「あはは……。何だか、今のエルンはお姉さんみたいだね」


 少し大人びた雰囲気を放つエルンに対し、本音半分、照れ隠し半分でそう呟く。


「おや? リオン君が冗談を言うなんて、まさか照れ隠しのつもりかなー?」


 それを聞いていた彼女は心底楽しそうに笑う。

 しばらく弄ばれるかもしれない、と覚悟していると、不意に彼女の手が僕の頭を撫でる。


「ま、そんなに気負いなさんなって。皆で協力し合ってこそ。でしょ、?」

「……うん、そうだね。ありがとう、エルン」


 エルンなりに僕を励ましてくれたのだろう。僕が礼を言うと、先程までの自分の行動を振り返ってか、彼女は少し恥ずかしそうに視線を逸らす。


「なーんてね。いやぁ、勢い余って柄にもない事言っちゃったなぁ……」

「そうかな?」


 僕としては彼女が孤児院で子供達に慕われる理由が分かった気がするが……。


「さ、お喋りも良いけど、早い所ギルドに行って二人と合流しようか!!」


 エルン的には大分恥ずかしかったのか誤魔化す様に話の流れを断ち切る。

 彼女が狼狽える姿は珍しく、もう少しだけ揶揄おうかとも思ったが、折角柄にも無い事をしてまで励ましてくれたのだ。恩を仇で返す様な事をするのは良くないだろう。


「うん、そうしようか」


 僕はエルンの作った話の流れに乗っかり、そのまま真っすぐにギルドへの道を進んで行った。




 しばらくして辿り着いた探索者ギルド・プローダク支部は、その内装の細部に至るまでほぼ完全に本部を模倣した造りとなっていた。

 受付場所や依頼板の箇所まで、至る所が通い慣れている場所とほとんど同じだったお陰で、僕達は滞りなく到着申告をすることが出来た。


「あれは凄かったね。私、てっきりギルド本部に間違って入ったんじゃ無いかと思ったよ」

「初めは僕もそう思ったよ。流石に受付の人達の顔は違ったけどね」


 あれで受付嬢達まで同じ顔だったら判別がつかないかもしれない。

 そんな話をしながらリベラとレナを探しながら街を歩く。


 すると、困った様な声を上げる見慣れた女の子の姿が見えた。


「エルン、リオン君、助けて下さいー!!」


 案の定、その女の子はリベラと共に別行動をしていたはずのレナ。

 一緒に居るはずのリベラの姿が見えなかった時点で、僕とエルンは『……あぁ、これは手綱を握れなかったんだね』と同じ事を考えたのだった。

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