お姉さんとタヌキの少年

くろねこ教授

全一話完結

男の子が走って来る。

真っ赤な鳥居を潜り抜ける。


よっぽど急いで走ってきたのか。

その息は荒い。


無視しようかとも思っていたのだけど。

子供は懸命な顔。

小っちゃい顔を真っ赤にして汗を垂らしている。

真っ赤な顔で何やら社の辺りをキョロキョロしている。



「どうした、子供。

 なにか用なのかい」


わたしは話しかけていた。


子供は飛び上がって、丸い目を更にまん丸にして見せた。


「お姉ちゃん、どこから?

 さっきまで誰もいなかったよ」


「いや、いたさ。

 キミの目に入らなかっただけじゃないかい」


「えーー」


なんだか男の子は怪しいモノでも見る様にこっちを見てる。

困った子だな。


「そんな事より急いでた様子じゃなかったかい」


「あっ、そうだ。

 お姉さん、カミサマは何処?

 おいら、カミサマを探してきたんだ」


「カミサマねえ」


わたしはため息をつく。

男の子のお尻に見えてるのだ。


「ここのカミサマはねぇ。

 キミのとこの一族とはあまり仲がよろしくないんだよ」


「一族って……何の事さ。

 おいら普通の人間の子供だよ」


「見えてるんだよ」


私は指さす。

少年のお尻の先。

ふさっとした丸くて茶色い毛。

先端の方は黒みがかってる。

間違いない。

タヌキの尻尾。


少年はぽんっと飛び上がって見せた。

挙句、手でお尻を隠しながら言う。


「そんなもの無いよ。

 お姉さんの見間違いだよ」


とぼけるんだ!

わたしはつい笑ってしまった。


「どうしたんだい。

 話してごらんよ」


少年はこちらを怪しむように見ながらも話し始めた。


おいらのおっ母が大変なんだ。

体の具合を悪くして寝込んでるんだよ。

おいら良くなってもらいたくて。

何が食べたいか訊いてみたんだよ。

そうしたら。


「揚げの入ったおうどんが食べたいねぇ」


この辺じゃ天ぷらの入ったおそばしか食べないだろう。

あたしは一度でいいからお揚げの入ったうどんが食べたい。

ずっとそう思ってたんだ。


そう言うんだ。

おいら人里に行って見たんだ。

そしたらみんな言うんだ。

お揚げの入ったうどん。

それならそこの神様に頼みな。

だからおいら神様に会いに来たんだよ。


ははぁ。

ふもとの人間達にからかわれたな。

そんな尻尾を丸出しで出かけちゃ無理もない。

しかし、なかなか母親思いの少年。

このまま返すのも気の毒だね。


わたしは言う。


「キミ、おうどんはわたしが何とかしよう

 その替わり条件が有るよ」


「条件?」


「キミのところはおそばが得意なんだろう。

 得意の天ぷらそばを持ってきておくれよ。

 それとおうどんと交換だ」


「分かった。

 それなら簡単だ」


少年はぴゅーっと走ってく。

その後ろ姿にわたしは声を掛ける。


「ああっそうだ。

 目立たない様に持ってきてね。

 天ぷらそばをここに持ってきちゃ、みんな不思議に思うんだ。

 おそばと分からない様な容器に入れて来なよ。

 そうだな、黒とか茶色じゃすぐ分かっちまう。

 緑色の容器なんてどうだい」


少年は手を振りながら走って行った。


やがてその子供はまた走って来た。

手には緑色の丼。


「急いで持ってきたよ。

 まだ温かいし、おそばものびてない筈さ」


「おおっ。

 美味そうじゃないかい。

 さっそくいただくよ」


わたしはズルズルと黒みを帯びた麺をすする。

うん。

おつゆも、麺も美味しい。

天ぷらから油が出て、その味も良い。

わたしは天ぷらを少し舌に乗せる。

サクサクした衣。

少しお湯で柔らかくなった部分が舌にとろける。

いやーん。

美味しいじゃない。

わたしはそのままズルズルと食べる。

今度は天ぷらと麺と一緒に頬張る。

サクっとした感触と柔らかくてコシの有る麺が口の中で一つになっていく。

おつゆの甘みと塩味。

全てが奏でるハーモニー。

たまらないねぇ。


わたしは一気に完食してしまった。

幸せー。


少年は呆れ顔。


「スゴイ食べっぷりだね」


「それで、お姉さん。

 約束のアレをおくれよ」


「ああ、そうだったね。

 ちゃんと用意してあるんだ。

 今、アツアツのお湯を入れてあげよう」


「こちらも普通の容器に入れちゃ、キミのとこで目立つからね。

 真っ赤な容器に入れといたよ。

 これでお揚げの入ったうどんとは思われないさ」


「やった。

 すごい良い匂いがしてる。

 真っ白な麺と茶色くて甘い匂いのお揚げ。

 本当に美味しそう」


少年は興奮してる。

ほら。

急ぐんだろう。


「そうだった。

 おっ母のとこへ冷める前に持ってってあげないと。

 これでおっ母も元気になるぞ。

 ありがとね、お姉さん」


「こちらこそ、ご馳走様」


少年は先ほどにも増した勢いで走っていく。

焦って転んだりするんじゃ無いよ。




「それからさ。

 狐の大好物のお揚げが入ったうどんを『赤いきつね』。

 狸の得意な天ぷらの入ったおそばを『緑のたぬき』。

 そう呼ぶようになったのはね」


わたしは目の前の少女に話す。


「えー、ホントウなの?」

「ウソだよ」


少女の兄らしい少年が言う。


「狸も狐も本物は化けたりしないんだ。

 ただの動物さ。

 その位、子供だって知ってるよ」


少年がそっぽを向いて言う。

可愛げが無いなぁ。

妹の前だから強がってるのかしら。


地元の人間、まだ子供の兄弟。

わたしは二人に話を聞かせてた。


「お兄ちゃん。

 お稲荷様の境内でそんな事言わないで」


うんうん。

妹ちゃんはいい子だね。


わたしは着物の下から尻尾を動かして見る。

フワッとそれで少年の顔を撫でる。

茶色くて内側が白い狐の尻尾。

少年は呆然として固まった。


「えええええーっ」


妹ちゃんが尻尾を見て大声を上げる。

わたしはニッコリ笑って、くるんと宙返り。


「あれー。

 お姉さんいなくなっちゃった」


「か、帰ろう。

 もう帰ろうよ」


お兄ちゃんは震えながら帰って行った。

脅しすぎたかな。

妹ちゃんはこちらを何度も振り返ってた。


また遊びにおいで。

ついでに天ぷらのおそばでも差し入れてくれないかしら。


昔食べたおそばは本当に美味しかったものね。

わたしはそんな事を稲荷神社の社の中で考えていた。


おしまい。

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お姉さんとタヌキの少年 くろねこ教授 @watari9999

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