水族館

「見て蓮ちゃん、ペンギンが泳いでる」


 透明の床の下で、数匹のペンギンが巨大な水槽の中を物凄いスピードで滑走している。それを指差して、俺は隣を歩く蓮子に声をかけたのだが……。


「うん」


 蓮子はスマホを弄りながらの空返事で、ちっともペンギンなんて見ていなかった。俺が立ち止まっても、スマホに夢中で先々と歩いて行く始末。 

 何してるのか知らないけど、ちょっとは反応してほしい。


「はぁ……」


 せっかく少し遠出して、海雲かいうん水族館に来たっていうのに。


 付き合ってまだ1年も経っていない。

 高校生になって1カ月を過ぎ、3日間の合宿も終え、土曜日の今日、やっと蓮子と会えたっていうのに、ずっとこの調子だ。


 お互い高校が違う。

 俺は男子校で、蓮子は共学の高校。

 不安なんだ。蓮子は相変わらず可愛いから、言い寄って来る男がいないかどうか、会えない日々が不安でやれない。


 ちなみに男子高と言ったが、正確にはあと一年もすれば共学に変わる。それは蓮子も知っているけど、まぁ、あまり気にしてないよな。

 もちろん、俺が浮気するはずもないが、少しはそういうところを気にしてくれてもいいんじゃないかな。


 なんてことを思っていると、蓮子はもう、ここ、ペンギンエリアから姿を消していた。

 順番的にペンギンエリアの先には海雲レストランがある。


 1人で来てるみたいだな。


 近くにいるカップルは、やっぱり楽しそう。手なんか繋いで、一緒に写真を撮って、笑い合って……。

 俺はまだ蓮子と手も繋いだことないのに……ほんと羨ましい。


 俺はいなくなった蓮子を探しながら、次のフロア──海雲レストランへ向かう。


 レストランの入り口の手前には、円形のスペースがあり、大きな窓からイルカが泳ぐプールが眺められるようになっている。

 蓮子は、そこの壁際の椅子に座ってスマホをいじっていた。


 デニムの短パンから伸びた足は、窓から差し込む陽光に照らされて、美しく艶やかな輝きを放っていた。

 ついつい視線がそっちに取られてしまう。


「蓮ちゃんお腹空いた? もうすぐ昼だし何か食べよう」

「……うん」


 蓮子はそう適当に返事すると、スマホから目を離すことなく椅子から立ち上がり、俺の方へ歩いて来る。

 俺はぎこちなく蓮子に手を伸ばす。

 緊張して顔が強張りそうだけど、そんなことしたらダサいし、だから自然を装って。


 けれど蓮子は、人1人分の間を開け、俺の隣に立ち止まった。

 あ、あれ、蓮ちゃん……? これじゃ俺がただ手を伸ばしただけじゃ……。

 俺の右手がとても寂しそうに宙を掻いている。

 想像では、蓮子が少し嫌げながらも俺の手を繋いでくれると思っていた。甘い考えだった。これじゃあ傍からしたら恋人には見えない。


「な、何にする?」


 俺は宙を掻いた寂しい右手で、お店前のメニュー看板を指差した。

 オクトパスカレーやしらす丼と魚介を使った料理がある中、フライドポテトや餃子などといったよくあるメニューもあった。


「俺はこれにしようかな」


 ワニバーガーと書かれたメニューを指差す。その隣には、ワニバーガーの写真が載っていて、バンズから大きくはみ出たワニ? は見ているだけでお腹が空いてくる。


「ワニバーガーって気になるよね。やっぱワニの肉ってこと?」

「さぁ」


 あまりにも蓮子が素っ気ないので、俺はさっきのこともあり、気を紛らわすようにワニバーガーをスマホで検索する。


「あ、ワニってサメのことなんだね。サメの古語がワニだって」


 と、ワニについて書かれたサイトを蓮子に見せるが、


「ふ~ん」


 と自分のスマホに夢中で空返事。ペンギンの時と同様、ワニバーガー如きに興味はないらしい。


「ははは、そ、それで、蓮ちゃんは決めた?」


 ダメだ、会話が弾まない。


 せっかくの水族館デート、まだ始まったばかりだというのに、俺はもう、少しだけ帰りたい気分だった。


 


 

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