第24話 浅野昴のプチ暴露

 昴は会社のデスクでスマホの画像を見て、ついデレ顔になっていた。


 いままでシンプルで無機質だった待受画面だったが、初めて写真設定してみたのだ。本当だったら、沙綾との2ショットにしたいところだったが、この関係はしばらく内緒にしてくれと頼まれているから、顔バレしない写真を選んで設定した。トリックアートミュージアムで撮った写真だから、少しばかりアーティスティックで面白い。


「浅野さん、何18禁な顔晒してるんですか。なんか視線がエッチィですよ」


 営業の後輩の谷田部やたべが話しかけてきた。それにしても18禁は酷すぎる。女子社員をホイホイ食っているという噂のこいつの方が、よっぽど存在からして18禁だろうが。


「別に……彼女の写真見てるだけだ」


 別に沙綾と言及しなければ、彼女がいるくらいは言ってもよいだろう。


「あ、彼女いいっすよね」


 は?

 なんでこいつが沙綾ちゃんのこと知ってる訳?!

 しかも「いい」ってどういうこと? 


「スタイル抜群だし、溢れる色気っていうんすかね。浅野さんが羨ましいですよ」


 スタイルは……普通? 悪くはないとは思うし、自分にとっては最高に魅力的だけれど、誰もが見惚れるという程ではないだろう。色気も同様。昴はピンポイントで反応するが、誰もが沙綾に欲情するとか、はっきりいって冗談じゃない。


「ア"ッ?! 」

「浅野さん、珍しく悪人面になっちゃってますよ! イケメンが凄むと迫力あるんだから止めてください」

「おまえが訳わかんないこと言うからだろが。人の彼女に色気を感じるな」

「へぇ、浅野さんって俺と同じ匂いを感じてたんすけど、けっこう溺愛系なんすね。意外っす」


 それは俺も想定外だったよ。恋愛なんて感情が湧くことすらあり得ないって思っていたからな。


「僕も意外だよ」

「まぁ、あんだけ美人な彼女なら、しょうがないっちゃないっすけど」

「おまえの言う僕の彼女って……誰?」

「モデルのリンカっすよね。姉ちゃんが彼女のファンだったんすよ」

「違うけど? 」

「またまたぁ、こんか写真出回ってるのに。浅野さんが結婚秒読みって、女子らが大騒ぎしてますよ」


 谷田部がスマホで検索して、昴の前にスマホを突きつけた。そこには頭を寄せ合っていかにもな雰囲気に見える梨花と昴が写っていた。


「ゲッ……」


 先週の金曜日、沙綾の写真を愛でている時のもので、二人共沙綾愛に溢れているだけなのだが、見ようによっては蕩けるように微笑み合っている恋人同士に見えなくもない。(本人達以外にはそのようにしか見えない)


 またかよ?!


 先週はその勘違いからとんでもないカミングアウトをして、マイナスなそのカミングアウトの結果彼氏になることはできたが、連チャンでこんな噂がたったんじゃ、友達兼恋人の恋人を取られかねない。


 梨花に会ったのは、もっとセキュリティのしっかりした住まいに転居するように沙綾に進言して欲しいと、沙綾に内緒でお願いしたかったからなのだが、それが昴との同棲(梨花的には同居)という話になったから、余計に沙綾に梨花と会った理由が言えなかった。黙っていればわからないと思っていたのだが、梨花の知名度を侮り過ぎていたのかもしれない。


 友人や同僚との付き合いが極端に少ない(皆無)沙綾が今回の噂を知っているかわからないが、以前の噂を知っていたことを考えると、知らないだろうなんて安易に考えない方が良いだろう。


「神崎さん……僕の彼女関係の知り合いだ」

「神崎? 」

「あぁ、モデルのリンカの名字だよ」

「あれ、もしかしてうちの社長の?」

「姪御さんだな」

「マジっすか?! そういや社長ってかなりのイケオジでしたもんね。言われたら納得っす。で、リンカの知り合いが浅野さんの彼女? 」

「あぁ。神崎さんは彼女の親戚なんだ。ちょっと彼女のことで相談があってお会いしただけで、この写真は多分神崎さんが彼女の子供の時の写真を見せてくれている時だと思う」

「じゃあ、彼女のこと話してのこの笑顔なんですか? 」

「まぁ、そうだな」

「デレデレじゃないすか」

「しょうがないだろ。初めて自分から好きになった相手なんだから」

「ちなみにお相手は? 」

「それはノーコメント」

「社外ですか? 社内ですか? 」

「恥ずかしがりな彼女で、付き合ってるのは絶対に内緒って言われてるんだよ」

「内緒ってことは、社内なんすね」

「だから、ノーコメント」


 もうこの話はお終いと、PCの待機画面を開いて企画書に取り組むフリをする。谷田部はしばらくしつこく聞いてきていたが、昴が口を割る気がないと悟ると、諦めて自分の仕事に戻って行った。


 谷田部に沙綾の存在を匂わせたのは、昴の策略だった。新しい噂で梨花との噂を上書きしようとしたのだ。谷田部自身もかなり口が軽いということもあるが、谷田部は女子社員と色んな意味で幅広く仲が良い。谷田部がその中の一人に昴のことを話せば、いっきに女子社員の間に噂は広がるだろう。


 そして、そんな昴の目論見は思った以上に功を奏し……奏し過ぎ、会社中で昴の彼女探しが一大ムーブメントになってしまった。


 浅野昴は結婚を考えている溺愛している彼女がいる。その彼女はモデルのリンカの親戚で、どうやらうちの社員らしい。


 その噂はその日のうちに会社に広がり、神崎姓の女子社員はいない(沙綾が昴の彼女かもという考えは誰の頭にも一ミリだって浮かばなかったようだ)ので母方関係の親戚なんだろうということで、リンカ似の美人が昴の噂の彼女では? と、数人の女子社員の名前が噂話と共に広がった。


 とにかく噂の上書きに成功した昴だったが、きちんと沙綾に会って話をした方がいいだろうと思い、昴が仕事が終わった後に『会いたい』というラインを送ったが、沙綾からは『お風呂に入って寝る準備もしたので無理』という素気無い返信が返ってきただけだった。


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