第39話 訪れた何か②


「……オレが……かった……ゆ……てくれ」


 僕が必死になって念じている時だった。


 ガタガタと窓が揺れる騒音に混じって、一真の弱弱しい声が聞こえてきた。


 一真は目の焦点が合っていない。それでも口だけが絶えず動いていて、何かをしきりに呟いている。


「か、一真! しっかりして!」


 大声で呼びかけると一真は大声で泣きだしてしまった。


「許してくれ! 許してくれ優人! オレが悪かった! だからもう許してくれ!」

「な、何言ってるの! しっかりして一真!」


 錯乱してしまった一真を正気に戻そうと肩を思い切り揺さぶる。


 それでも泣きわめく一真は止まらなかった。


「オレだって自分がどうしてあんな事しちまったのか分からねぇんだ! 気が付いたらあんな事になってて、あいつらが勝手に盛り上がって、オレたちにもどうしようもなかったんだよ! 止められなかったんだ! 何度言っても聞かねぇんだ! 頼むよ許してくれ、オレが悪かった、こんな仕打ちはあんまりだ! 」

「落ち着いて、落ち着いてよ一真! 何言ってるのか全然分かんないよ!」


 僕も一真を正気に戻そうと声を張る。けれど一真には届かない。


「本当なんだ! 信じてくれ! 神奈も同じなんだ! 翔也も、翔也が何であんな事を言ったのかも分からねぇし! オレは本当はあんな事するつもりなかったんだ! 頼むよ優人、俺たち幼馴染だろ! もう許してくれよ!」

「さっきから何言ってるんだよ! いい加減正気に戻ってよ!」


 一真に取り乱されて僕ももう限界だった。


 どうすればいいのか考える前に手が動いて、一真の頬を思い切り叩いていた。


 叩いた掌にジンジンとした痛みが広がる。


 多分、一真はもっと痛いのだろう。


「……あ、オ、オレは」


 正気を取り戻してくれたのか、頬を抑え呆然としながらも一真の目は僕をしっかりととらえているようだった。


そして、気が付いた時には窓を揺さぶる音も止まっていた。




「落ち着いた?」

「ぁ、あぁ、悪かった」

「別にいいよ。僕もごめん……叩いちゃって」

「いやそれこそ気にすんなよ。オレがああなったのが悪いんだ」


 窓の揺れが止まってからしばらくたった後も、僕たち二人はその場で身を寄せ合って小さくなっていた。


 僕も一真もどちらも動こうとはしない。そんな気力もないからだ。


 ただ時間が経つにつれて心だけは落ち着いてきていた。


 ドアや窓の向こうに変な気配も感じない。


 神様が諦めてくれたのかもしれないと考えると少しは気が楽になった。


 それは一真も同じなのだろう。


 揺れている間はあんなにも取り乱して訳の分からない事を叫んでいたけれど、今はばつが悪そうに顔を背けたままだ。


 こちらを見ようとしないのは、普段強気な分取り乱したのが恥ずかしいのかもしれない。


 あの時の一真が言っていたことは何の脈絡もなく、本当に意味不明だった。


 なんなら神様ではなく僕に許しを請うていたくらいで、よほど取り乱していたのだろうという事がよく分かる。


 恵里香や神奈、翔也の事までなんやかんやと言っていた。


 やっぱり追い詰められた時は幼馴染の事が出てくるのだろうか。


 正気とは言えなかった一真があの時言っていた事に意味なんてないのだろうけれど、何を言おうとしていたのかは純粋に気になった。


「ねぇ一真、さっき僕とか皆のことなにか言ってたけど、あれってどういうことだったの?」


 その時僕は、本当にただの興味本位でそう聞いていた。なんならよく覚えていないとか、意味なんてないという適当な返事で納得していたと思う。


 ただ、一真は僕の言葉を聞いて固まってしまっていた。


 動揺しているのか瞳が揺れている。


 そんな一真の様子を見て、僕は聞いてはいけない事だったのかもしれないと、軽く口にしたことを後悔した。そして、それと同時に余計にあの時の言葉の意味が気になった。


 だって一真のその反応は、さっきの言葉がでたらめに口走っていただけでなく、ちゃんと意味があると言っているようなものだったからだ。


「一真?」

「いや、あれは……」


 誤魔化そうとしている一真を問い詰めようと、背けている顔の前に回り込もうとした時、また何かの音が耳朶を打った。


一真と同時に音の元へ振り向く。



 僕のスマホが振動していた。


 安堵しながらも近づくと、画面には恵里香からの着信が表示されている。


 恵里香か、とスマホに伸ばしかけた手を止める。


 日付をまたいだ深夜帯。恵里香が電話をかけてくる理由はなんだろうか。


 瞬間的に一番嫌な想像が頭の中を駆け巡り、一瞬だけ一真と目を合わせた後、僕は恵里香からの着信を取った。


「もしもし」

『……』

「もしもし、恵里香?」

『……ぁ……』

「恵里香? 恵里香⁉」


 向こう側からはかすかに乱れた息づかいが聞こえるだけ、確実に何かあったような雰囲気に思わず声も大きくなる。


 すっかりと落ち込んでいた一真も、我を忘れたように僕に近づいてきてた。


一真にも聞こえるようにスピーカーに切り替える。


 電話から聞こえてくる微かな息づかいが聞こえた瞬間、一真の表情が引きつった。


 電話をかけてきた恵里香からはまだ何も聞けていない。


 何も言ってくれないまま時間だけが立つこの状況に気をもまずにはいられなかった。


 無事な事だけでも確認したくて何度も呼びかけている。居ても立っても居られないかったのだろう一真も隣で声を張っていた。


「おい恵里香! なにがあったんだ⁉」

「恵里香? お願い、返事して!」




『……ぇ……たす、けて……』


最悪の想像が現実となって僕たちに襲い掛かってきた。

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