第30話 神社での出会い①


 外はじめじめとした曇り空だった。


 神社への山道は薄暗く、歩いている僕たちの心に重い影を落としてくる。


 湿気と汗で張り付いた服を身体から引きはがしながら歩く。たったそれだけの行為がいつも以上に億劫に感じた。


 心なしか神社が近づくにつれてまるで人が住めない環境に近づいているような気がしてくる。


 元々遅かった歩みがさらに遅くなり、僕たちはノロノロと亀のように歩き続けた。


 この調子ではいつまでも到着しないかもしれない。そんな心配とは裏腹に、あの古びた神社はしっかりと見えて来た。


 山道の隙間から神社が顔を覗かせた瞬間に皆の足が自然に止まる。


 誰かが生唾を飲む音が聞こえた。


 全員が緊張していることは漂う空気が物語っている。


 まるで結界でも張ってあるかのように、僕たちはそこから一歩が踏み出せない。本当に結界でも張ってあればと思いたいくらいには神社に入るのが怖く感じた。


「行こう」


 恵里香が呟いた。


 その目はしっかりと神社を見据えている。覚悟は出来ているのだろう。


 僕は恵里香のその目に促されるようにして、気が付けば自分から一歩を踏み出していた。


 すぐに恵里香が付いてきて、神奈、一真も遅れながら歩き出したのが音で分かった。


 名前も分からない古びた神社は、ついこの前に来た時から何ら変わりはないように見えた。


 暗い山の中でそこだけに光が差す神々しい光景。相変わらず街路樹のように参道の脇に植えられた低木は存在感を放っていて、その奥にある小さな社殿は厳粛な空気を発して佇んでいる。


 そのまま参道を歩いて社殿に近づこうとした時、



 ――僕の腕にひんやりとした冷たいものが触れた。


 心臓が痛いほど鼓動し、思わず声を上げそうになる。


 けれど自分の腕を掴んでいる何かの正体が、後ろから伸びて来た恵里香の腕だという事が分かり、僕は口から出かかった悲鳴を懸命にのみ込んだ。


「え、恵里香? どうしたの?」

「何か聞こえない?」


 そう言われて落ち着きかけた心臓がまた鼓動を速める。


 耳をすませば恵里香の言う通り何か聞こえてきた。


 社殿の裏からだ。


 ザァー……ザァー……


 一定の感覚で、何かを引きずるような音がする。


 後ろを振り返る。一真と神奈もすでに気が付いていたようで、かなり後方で足を止めていた。


 誰も動けなかった。


 ザァー……ザァー……


 静かな空間に謎の音が一定のテンポで響いている。


 この奥にはいったい何がいるのだろう。僕は自らの頭脳が作り上げたおぞましい神様の姿を慌ててかき消した。


 少しの間膠着した時間が過ぎる。


 誰も音の発生源を見に行きたくない事くらい分かっている。当然だ。


 三人はとても笑えないような命の危険にさらされているし、僕と恵里香に至っては実際に怪我までしているのだ。


 自分たちに害を与えるような存在には誰だって近づきたくないだろう。


 僕だってそうだ。今すぐこのまま皆を連れて神社から抜け出したい。


 けれど、それでは何も分からないままだ。


 このまま皆の命の危機が続いて、耐えられなくなった精神が壊れるか、その前に命を落としてしまうかもしれない。


 大切な幼馴染たち。僕はもうそのうちの一人を失っている。


 これ以上は失いたくない。


 もしここには本当に神様がいて、その神様が僕の大切な人達を連れて行こうとしているなら、それは阻止しなければいけない。むしろ、もう連れて行かれた一人だって返して欲しいくらいだ。


 僕が見てくる。


 そう伝わったらいいなと思いながら三人に向けて頷く。


 結果、伝わっていなかったのか恵里香が付いてきた。


 正直心強かった僕はその存在に後を押されるようにして、ゆっくりと社殿の裏を覗き込んだ。


「……あ」



「ん? おや、珍しい。参拝しに来たのかい?」


 そこにいたのは、どう見てもただの人。人間。


 しかも、何も怖そうな要素がない穏やかそうな雰囲気のおじさんだった。

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