第9話 思い出巡り①


 学校を抜け出した僕たちは電車に乗り、一駅離れた自分たちのホームに戻って来ていた。


 外は快晴。梅雨明けが近いのかもしれない。


 この町は基本は住宅街だ。けれど少し離れるだけで川や山が広がっている自然が豊かな地区でもある。小さい頃の僕たちは五人でよく自然の中を駆け回っていた。


「んで、どこ行くよ?」

「う~ん、そうね……」


どこに行くか迷った僕たちは、結局はそれぞれが想い出に残っている場所全てを回ってみることで落ち着いた。


 そうして相談した結果、まず向かったのは河川敷だった。



「ここに来ると身体がうずくな」


小さい頃は翔也が好きだったキャッチボールをよくした場所で、たまに釣りもして遊んだ。今はボールもグローブもないけれど、翔也は肩がうずくのかグルグルとまわしている。


「今度はボールとグローブを持って来ようか」


そう提案すると翔也は見るからに嬉しそうな顔になった。


「楽しみだ。優人とキャッチボールを最後にしたのは小学生の時だからな」

「そうだね。中学からは翔也は野球部で、僕はテニス部に入ったから」

「あぁ、今でもお前を野球部にいれようとした時の事は忘れられん」

「あはは、僕も覚えてるよ。一真と翔也がテニスと野球の魅力をプレゼンして来た時は何事かと思ったよ」

「結局俺は一真に負けて優人はテニス部に入った。あれ以来、俺はここでキャッチボールをしていない」


そう言った翔也は広い河川敷を目を細めて眺めている。


 小さい頃の僕たちがキャッチボールをしていた頃の景色が翔也の目には見ているのかもしれない。


 僕も翔也と並んで河川敷を眺めてみた。


 小さい頃の翔也が懸命にボールを投げている姿が遠くに見えた気がした。


「優人と出会う前、俺にはキャッチボールを一緒にする相手がいなかったんだ。初めてお前とここでしたキャッチボールは俺の野球の原点だよ」


もちろんあの時のことは僕も覚えている。


 あの時勇気を出して話しかけなければ、今こうして翔也と一緒にいる事はなかったもかもしれない。


「またやろうよ」

「あぁ、約束だぞ」


拳を突き出してきた翔也に拳を突き返す。


「そろそろ行くか」

「……あれ?」

「ん、どうした優人?」

「あ、いや、なんでもないよ。行こう翔也!」


適当に返事をしつつも僕は内心少し焦っていた。


 グローブをどこにしまったのかまったく思い出せなかったからだ。


 自分に少しがっかりする。昔はあんなに大切にしていたものだというのに、今はもうそれがどこにあるのか分からなくなっているだなんてなんとも情けない。


 これではあんなに楽しみにしてくれた翔也に顔向けできない気がした。


 きっと部屋中の荷物をひっくり返して探せば見つかるはずだ。家に帰ったらまずグローブを探そうと決意して、僕は少し先を歩いている翔也の元まで走った。




 次に向かった場所は、小さい頃は虫取り少年だった一真に連れて行かれた雑木林だった。


「うおぉ懐かしい! あの木によくカブトムシがいたんだよなぁ」


草むらの向こうに見える木を指さして一真が声を上げた。


 カブトムシを捕まえるため、夜中あの木に罠を仕掛けに行ったことは僕も覚えている。当時は怖かったけど今となってはいい思い出だった。


 一真も昔を思い出したのか興奮しているようだ。高校生になっても好きなものはそうそう変わらないらしい。


「なんかいねぇかなぁ……木、蹴ってみるか」

「今捕まえても飼えないでしょ?」

「あぁ~確かになぁ。でもこの季節ならマジでいるかもしれないよなぁ」


一真と一緒になってあぜ道から林を眺めていると不意に制服の袖を掴まれた。


 振り返ると恵里香と神奈が一生懸命首を横に振っていた。


 少し足を踏み入れるだけで虫が飛び交いそうな草むらが嫌らしい。昔は二人とも気にしてなかったのに。


「もうここから先には絶対に行かないからね!」


神奈が悲鳴に似たような声で一真を牽制する。


「まぁ今制服だしな。流石にオレも行かねぇって」


少し意外だったけれど流石の一真も大人になったのかもしれない。


 腰まで背が伸びた草むらには入りたくなさそうな様子だ。


「カブトは好きだけどよ、クモとか芋虫はオレも苦手だしな。こんな草むら絶対奴らがいるから無理だ」

「あ~そうだったっけ、よく小さい頃は行けたね」

「な、オレもそう思うわ。でも優人なら今でも気にせず行けるだろ?」


一真からそう言われて草むらに顔を向ける。


 確かに小さい頃は気にせずに突っ込んで行ったはずのその草むらからは、今見ると思っていた以上に抵抗を感じた。


 女性陣や一真だけでなく、僕もまた大人になったのかもしれない。


「ん~僕も無理かも、カブトムシのためならあの頃は何でも平気だったんだろうね」

「だなぁ、子供にカブトの魅力は毒だな」

「まぁ僕は昔も一人では来れなかったから、一真が連れてきてくれて嬉しかったよ」


小さい頃の僕はお世辞にも活発な子供じゃなかった。


 そんな僕を一真はいろいろな場所に連れて行ってくれた。狭い世界に閉じこもっていた僕の世界を、一真がどんどん広げてくれた。


 あの頃から一真はいつも僕を引っ張ってくれている。本当にかけがえのない存在だ。


「ありがとうね」

「……夏休みになったらカブトムシ探しに来てみるか?」

「あはは、僕たちこの草むらを突破できるかな?」

「まぁ、そうだな……やっぱ止めとくか」


想い出に浸った僕たちは、その場を後にして次の場所にむかった。

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