第38話 策謀
「これって、シャノンちゃんのお父さんは、本当のお父さんじゃないって事です……?」
アイリス女史が「しまった」という顔をして、次に隠すのも不自然だと思ったのか、紙を紐で留めただけの冊子を机の上に放り投げる。そして、それからのアイリス女史の行動は迅速であった。
「――出版元に抗議します」
どう見ても、誹謗中傷にしか思えないような、ある事ない事が書かれていたのだろうか?
気になったので、俺は放り出された冊子を手に取り、その内容に目を通す。
内容としては、『北部三剣、ロイド・リヒター卿には子供がおり、その子供がこの度アイドルになった。だが、貴族の第一子をアイドルにするだろうか?』という話であった。
一応、アイドルは危険とも隣合わせの職業という認識もあるので、『そんな危険な職業に貴族の子供、しかも、第一子を就かせる理由とは?』から始まり、『シャノンちゃんが実はリヒター卿の子供ではないのでは?』というトンデモ理論が展開されている。
しかも、その理論の裏付けとして、『シャノン・リヒターの母親は体が弱く、部屋に閉じこもりがちであり、存在自体が怪しまれていた点』や、『リヒター卿の髪色は金髪なのに、シャノン・リヒターは蒼髪である事から、本当の子供ではないのでは?』といった部分に触れているようだ。
記事では、『この事実を確認するにはシャノン・リヒターの母親を確認すれば良い』としているが、シャノンちゃんの母親はシャノンちゃんを『産むと同時に亡くなってしまっているので、彼女が本当にリヒター卿の実子かどうかは確認する方法がない』とさえ書いてしまっていた。
結論としては、シャノンちゃんは、『リヒター卿が世間体を気にして家に迎え入れた身寄りの無い子供で、リヒター卿が再婚するにあたり、存在が邪魔になってアイドル業界へと放逐されたのではないか』という事に落ち着いている。
……うん。剣神さん、ちょっとムカっときちゃったよ?
というか、ウチの事務所を取材した記事がどこにも掲載されていないんですが? 俺、頑張って答えたのに骨折り損ですか? そうですか。
そりゃ、こんなクソみたいな記事を載せられたら、アイリス女史も怒髪冠を衝くはずである。
抗議に行くっていうのなら、俺も行こうかな? 貴族を相手に喧嘩売っているようなものなんだから、俺がリヒター卿の代行で出版元を更地にしても問題ないでしょ?
というか、シャノンちゃんは後一週間で試合なんだぞ? そんな繊細な時期にこういう記事を出すとか、一体どういう神経をしているんだ? 貴族じゃなくて、プロデューサーとしても、かなりムカついているんだが?
俺やアイリス女史が怒りに身を焦がす中、ウィルグレイだけは一人冷静だったようだ。俺が記事を食い入るように読んでいる間に何かに気付いたのか、俺たちに声を掛ける。
「どうやら、乗り込む必要はねぇみてぇだぞ?」
ウィルグレイの言葉に視線を上げてみれば、そこには事務所の敷地の前に立つ二人の記者の姿があった。
★
「「大変、申し訳ございませんでした!」」
探偵姿とスーツ姿の女性二人がやってきたかと思ったら、いきなりの土下座である。
全く意味が分からないのだが?
とっちめてやろうと思っていたら、逆にとっちめられに来たのかと思ったら、急な土下座……展開がジェットコースター過ぎて理解が追いつかない。
とりあえず、事情を説明してみて、とコチラが促すのだが彼女たち二人は土下座の一点張り。これでは埒が明かない。
しかし、どうもこの二人、契約魔法で縛られていそうなんだよな……。
契約魔法というのは、相手の行動を制限する魔法で、その制限を破ろうものなら重い
その事をアイリス女史に告げると、記者としては口外出来ない情報を知る機会も多いので、雇用の時点でそういう契約を交わしている所も多いらしい――という回答が返ってきた。
流石、何でも知っているアイリス女史。
お婆ちゃんの知恵袋か?
それにしたって、このままでは埒が明かない。焦れたアイリス女史は、どこか期待した目を俺に向ける。
「契約魔法の解除は出来ます?」
「やめとけ。無理矢理やったら反動で死ぬぞ」
出来るけどね。普通に!
でも、それをやったら剣神だとバレそうで嫌。
そもそも、クガネとかいう女が探偵のような格好をしているのが悪い! どう考えてもコイツ真相に辿り着くタイプじゃん! 真相はいつもひとつとか言いそうじゃん!
仕方無いので、外堀から埋めていって事実を予想していく方向に転換。俺とアイリス女史が真実の予想をし、それに沿う形で幾つかの質問を行う。気分は連想ゲームでもやらされているかのようだ。
しかし、俺の質問は尽く空振るのにアイリス女史の質問は的を射たものが多い。むしろ、クガネよりもアイリス女史の方が探偵じゃないの? という活躍っぷりで大体の真相を暴き出すというね……。
何、この人、怖い。
「いえ、ある程度アイドル時代の仲間たちから警告のようなものを受けていましたので……」
その情報に対して照らし合わせて――つまり、事実確認を行っていただけらしい。けど、前情報を知らない人間からしてみれば、超能力者か何かと勘違いしちゃうよね。
そして、引き出した情報をまとめて、見えてきた真実だが……。
今回の件の首謀者は、恐らくクロイツプロ――。
アイドル業界大手でありながら万年二位の彼らは、A級アイドルを多数抱えるが未だにS級アイドルを輩出した事がない事で有名らしい。……で、その事が悲願なんだとか。
そんな折に財政難で息も絶え絶え、吹けば飛ぶような弱小事務所にS級アイドルが電撃移籍したという話が舞い込んできた。
これはもう、この事務所を空中分解させて、いち早くS級アイドルに救いの手を差し伸べれば、S級アイドルが簡単に手に入るんじゃね? と
その結果、アイドル系の雑誌社に圧力を掛けて、アイリス事務所の誹謗中傷の記事を掲載させた。
アイリス事務所としては、S級アイドル引き抜きの黒い噂に加えて、所属アイドルのスキャンダラスな記事という事で、普通は追い込まれて廃業、もしくは所属アイドルたちが見限って退所という流れ……になるはずだったのだが、記者二人が良心の呵責に耐え切れずに離反。この土下座攻勢というわけである。
ちなみに、シャノンちゃんの次の対戦相手がクロイツプロのアイドルらしく、それを含めての精神攻撃も含まれているとか。
更に、記事の内容的に貴族しか知らない事柄まで掲載されており、リヒター卿を恨む貴族の誰かを巻き込んで、リヒター卿の評判を貶めようという狙いまであるようだ。
まさに、一石二鳥どころか、一石三鳥を狙ってきたクロイツプロ。噂に違わぬ黒い運営である。
「つまり、これは根も葉もないデタラメ記事だったってわけだ?」
俺は冊子をパンパンとしながらそう尋ねる。
そもそも、貴族に喧嘩を売るような記事を貴族の後ろ盾もなく気軽に書けるわけがないんだよな。どんだけ強気だよって話になるし。
今回の件は、貴族間の面倒臭い争いとアイドル業界のドロドロとしたものが合わさって出来た事実無根の記事だったというわけだ。そんなどうでも良い事でウチのアイドルにストレスを与えるんじゃないよ、全く。
「…………」
……あれ? 返事が返ってこない。
まさか……。
「その……。シャノンさんの話はリヒター領の中では知らぬ者がいない程、有名な話らしく……。貴族社会の中でもまことしやかに囁かれている噂話だとかで、決して事実無根というわけでは……」
根も葉もあるんかい!
「しゃ、シャノンちゃん、大丈夫です!?」
見やれば、シャノンちゃんの顔色が青を通り越して真っ白になっている。それだけ、俺たちにも知られたくなかった話だったってことか……?
「おい、大丈夫か、本当に? 顔色悪いぞ?」
「……全然大丈夫。でも、体調が優れないから本日は訓練をお休みします。ごめんなさい、プロデューサー」
そう言ってシャノンちゃんは、テントの中へと戻っていく。
……いや、待て待て待て。
「シャノンさんが……喋った!?」
「シャノンが喋ったんだぞ!?」
「シャノンちゃんが喋ったです!?」
「……お姉ちゃんが喋った」
「アイツ喋れたのかよ!?」
みんな、酷い!
「いや、めちゃめちゃ動揺してるじゃん、シャノンちゃん……」
試合まで一週間のこの状況で、俺たちは最大の試練を迎えたのかもしれなかった。
★
シャノンちゃんは訓練を休む事になったわけだが、他のアイドルたちは無駄に休ませるわけにもいかない。むしろ、休ませると色々と考え込んでしまうので、今日はとことん絞ってやろうと考えたのだが、どうもいつもと違って全員に覇気がない。訓練の最中だというのにどこか上の空といった感じだ。
……皆、シャノンちゃんの事を考えているんだろうな。
かくいう俺も、考えないわけではないし……。
何と言うか、空気が重い……。
「その……。そんなに血の繋がりって大事なことなんだぞ……?」
力の無い斧の一振りを木に突き立てた後で、ムン女史がそう口を開く。
誰に聞いたというわけでもあるまい。
その証拠にムン女史は斧を振りかぶりながら、一人で言葉を続ける。
「ムンは本当のお父さんには捨てられたんだぞ。けど、叔父さんが拾ってくれて……叔父さんは本当に良くしてくれたんだぞ。馬鹿なムンに色々と教えてくれたり、遊んでくれたり……。それこそ、本当のお父さん以上にお父さんをしてくれたんだぞ……」
多分、ムン女史が父親に捨てられたのも、そんな話が関係しているのだろう。何となくもの悲しさを覚えてしまう。
「血が繋がってなくても、本当の親子のようには過ごせるんだぞ。だから、シャノンが落ち込む必要なんて全然ないんだぞ……!」
カァンと乾いた音が北の森の中に響く。その斧の勢いは先程よりも大分マシになってきている。言葉を吐き出す事で、気持ち的に楽になったのだろうか?
「そうです! ノアにも血の繋がったお姉ちゃんがいるですけど、このお姉ちゃんがまたとんでもないお姉ちゃんなのです! ノアはそのお姉ちゃんのせいで沢山迷惑被ってきたですから、血が繋がっていたとしても良い事ばかりじゃないです! むしろ迷惑掛けられる事もあるですよ!」
ノアちゃんもムン女史の言葉に釣られるようにして斧を振るう。気持ちの良い乾いた音が俺たちの耳朶を打つ。こちらの音は、普段よりも力が入っているように感じられる。
「だから、シャノンちゃんが悲しむ必要なんてないんです!」
「でも……、家族に捨てられるのは悲しい」
無理矢理調子を上げていたムン女史とノアちゃんの言葉を遮ったのはニーナちゃんだ。彼女の言葉にはどこか心に響く重みがあった。
もしかしたら、彼女にもあまり話したくはないような複雑な家庭環境があったのかもしれない。しかも、あまり幸福ではない方向で、だ。
ニーナちゃんの雰囲気を感じ取ったのか、ムン女史もノアちゃんも押し黙る。
だが、先に口を開いたのはノアちゃんだ。魔物の大群の中で揉まれた鋼の精神は、例え気まずい状況であろうともポジティブな思考をもたらす。だから、延々と押し黙るという事はない。
「シャノンちゃんが家族に捨てられたって言うのなら……ノアが家族になってやるですよ!」
ノアちゃんが斧を振り下ろす。その勢いは今日一番の勢いであった。
珍しいな。ノアちゃんがこんな感情任せに斧を振るうなんて……それだけ、本気という事か。
少しだけ、いつもの軌跡から外れた斧は鈍い音を辺りに響かせる。力任せに振るわれた斧は木に軽く食い込み、ノアちゃんは手が痺れたのか、その手を離して軽く振っていた。これもまた珍しい光景である。……まぁ、ムン女史には日常だが。
「ムンムン先輩だってお姉ちゃんになればいいし、ニーナちゃんだって妹になればいいです! ししょーはお父さんで、所長はお母さんです! みんな、みんな家族になれば良いです! そうすれば寂しくなんてないはずです! みんなでシャノンちゃんを励ませば良いです!」
「そ、そうだぞ! ムンたちは同じ事務所のアイドルだぞ! 辛い時も、苦しい時も、嬉しい時も全部一緒に過ごすんだぞ!」
何か、桃園の誓いみたいな事言ってる。
だが、まぁ、ここで言う言葉ではないかな?
俺は軽く手を叩いて、みんなの注目を集める。
「そういうのは、シャノンちゃんの目の前で言ってやるんだ。その方がきっと気持ちも伝わって彼女も喜んでくれるだろうしな。……じゃあ、さっさと本日分の訓練を終わらせるぞ! このままだと、いつまで経っても帰れないからな!」
「「押忍!」」
俺の言葉にムン女史とノアちゃんが目の色を変える中、何故かトントンと肩を叩かれる。
俺が振り返ると、凄く寂しそうな目をしたウィルグレイが立っていた。
「俺、呼ばれてねぇんだけど……?」
いや、知らんがな。
「じゃあ、叔父さんとかで良いんじゃないか?」
「俺も家族の一員になりてぇんだけど……?」
いや、知らんがな。
「……大丈夫。ウィルグレイプロデューサーは、私のお父さんになる」
拗ねるウィルグレイに対して、どうやらニーナちゃんがフォローしてくれた模様。
でも、それだとお父さんが俺とウィルグレイの二人にならないか?
「……ディオスプロデューサーはお爺さん」
たまに、この子、物事の核心を突くねぇ……。
俺がニーナちゃんの言葉に感心しきりの中、訓練は遅くまで続くのであった。
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